(3)初めての市場
キノコでいっぱいになったカゴを抱えて小屋へ帰ると、エルナは採れた黒真珠を半分だけ袋に移した。
希少なキノコなので、あまりたくさん持って行くと不審がられると思ったからだ。さっそく市場へ売りに行こうというのである。
「 ポムはどうしよう?」
床の上にちょこんと座っているポムを見下ろしてつぶやく。
市場に連れて行けば目立つだろうし、かといってここに置いていくのも心配だ。エルナはしばらく考えた後、思いついて自分のリュックを持ってくる。
「ポム、ここに入れる?」
「キュイ!」
リュックの口を広げて聞くと、ポムは何の躊躇もなくそこに飛び込んだ。しばらくごそごそ動いてコロンと丸まる。いい感じにおさまる体勢を見つけたようだ。
「町に着いたら、顔を出しちゃだめよ」
ポムにそう言い聞かせると、エルナはカップの水にイグニッションのスパイスを一振りし、一息に飲み干した。
「うわ、辛っ!」
急いで追加の水をカップに注ぎ、口に残る辛味とともに胃に流し込んだ。
少々雑だが、手っ取り早くイグニッションを摂るにはこれが一番いいのだ。屋敷でジャネットにこき使われるうちに考えついたやり方である。
そしてエルナはリュックを背負い、黒真珠を入れた袋を手に持って市場へと向かった。
ブルック伯爵領は国内でも特に穀物がよく育つところで、王都の食糧の供給地として栄えている。町の所々に小さな市場がいくつもあり、その周囲には店舗が集まって賑わっていた。
しかし、貴族令嬢であるエルナは市場で買い物をしたことがない。貴族の家では通常、出入りの商人が注文に応じて品物を持ってくるからだ。
(昔、お母さまと一緒に見学した市場に行ってみよう)
様々な経験を積ませるため、母はエルナを連れて何度か市場を訪れていた。恐らくあそこが一番近いだろう。
「さあ、頑張って歩くわよ」
エルナは気合を入れ、リュックを背負って歩き出した。
ひとりで市場に向かうという初めての経験に、彼女は少し緊張していた。
だが、背中に感じるポムの温もりが、気持ちを落ち着かせてくれる。まるで「大丈夫だよ」と励ましてくれているようだ。
森を出て、市街地へ続く街道に出る。
初めのうちは平屋の民家がポツポツと見えていた街道は、歩くうちにだんだんと店舗が多くなってきた。建物も、二階建てや三階建てが多くなる。
昔の記憶を頼りに、にぎやかな方へと進んでいくと、やがて大きな広場が目前に見えてきた。
目指す市場に着いたのだ。一番近いとはいえ、ここまで一時間もかかってしまった。
(ふう、やっぱりイグニッションで体力強化しておいてよかったわ)
でなければ、途中でバテてしまったに違いない。
エルナは様子をみるために、市場をぐるっと見て回ることにした。
広場には、数々の露店がところ狭しと並んでいる。赤、青、緑と、市場を華やかに彩るのは、それぞれの店が日よけのために広げた屋根代わりの布だ。
店頭に並ぶのは、色とりどりの野菜や菓子、服、雑貨、アクセサリーなど、ここへ来れば何でも揃いそうだ。
エルナは圧倒されながら、その間の通路を進む。
「へい、らっしゃーい!」
「安いよ!安いよ!」
「お客さん、質の良さではうちが一番ですよ」
たくさんの人が行き交い、客引きや商談する人々の声があちらこちらから聞こえていた。辺りにはパンを焼く香りが漂い、向こうからは肉を焼く屋台の香ばしい煙が流れてくる。
長いあいだ屋敷に引きこもっていたエルナには、何もかもが新鮮だ。
だが、背中のポムがモゾモゾ動き出したのを感じて、彼女は少し焦る。匂いや音に反応したのかもしれない。
「ポム、お利口にしていて」
エルナは小声で話しかけた。
赤ん坊にするように、背中に手を回して、リュックの底をポンポンする。しばらくそうしていると、ポムはまた静かになった。
(キノコを売るなら、野菜を扱っている店よね)
エルナはホッとして、本来の目的へと意識を向けた。
(あの店が良さそう!)
エルナは何度も行ったり来たりして、40歳前後の女将が仕切る店に目をつけた。
屋根になっている布は、可愛らしい赤と白のストライプ。店に並ぶ野菜はどれも新鮮で、質の良い物が並んでいる。
女将は商家の女性らしいがっしりとした体格で、ニコニコしていて人が好さそうだ。
「あの、すみません」
エルナは何度か迷ったあと、ようやく勇気を出して女将に話しかけた。
「はい、いらっしゃい」
女将はエルナを見て、「あら?」と首をかしげた。
平民にしては、品の良い整った顔立ちをしている。 髪もハニーブロンドで貴族の娘のようにしか見えなかったが、それにしては着ているものが少々くたびれていた。
そもそもご令嬢が、こんなところに買い物に来るはずがない。
「あの、キノコを買っていただけないかと思いまして」
エルナは黒真珠を入れた袋をおずおずと差し出しながら言った。
「では見せていただきますね」
相手がきちんとした言葉で話しかけてきたので、女将も丁寧に答えた。
だが、娘が差し出した袋の中身を見て、目を丸くする。今年は不作の黒真珠が、それも粒ぞろいの品ばかりが、たくさん入っていたのだ。
「こんなにたくさんかい!?」
女将は思わず普段の言葉遣いに戻って言った。
相手の驚いた顔を見てエルナは焦る。これでも半分にしたのだが、今年はそんなに不作なのだろうか?
「え?ええ、あの」
「こんなにたくさん、どこで取って来たんだ?」とか聞かれたら困る。どう答えたら良いのだろうと思って、エルナはうろたえた。
その顔を女将はジッと見つめる。
そして安心させるように、エルナに微笑みかけた。
「よろしゅうございますよ。うちで全部買い取らせていただきます」
気品のある容姿といい、この娘さんには何か事情があるのだろうと察したのだ。
「あ、ありがとうございます!」
エルナもほっとして笑顔を返す。
そして、代金として手渡された銀貨に、今度はエルナが目を丸くした。手のひらに乗った銀貨は三枚あった。
使用人も含めた伯爵家の一日あたりの食費は銀貨一枚の予算だ。それで庶民なら一週間は食べられると聞いたことがあるから、かなりの額だと言える。
「今年はキノコが不作なんですよ。黒真珠以外のキノコでも、採れたらうちで買い取らせていただきますんで、またお願いしますね」
「はい、ありがとうございます!」
エルナは丁寧に頭を下げると、店を後にした。
(やった!これならお肉だって買えるわ!)
ポムに美味しいものを食べさせてあげられる。
生まれて初めて自分でお金を稼いだ高揚感に頬を赤くしながら、エルナは何を買って帰ろうかと思いを巡らせた。




