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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
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2-29.共に貧しく


 どうして畑に行くの?

 エクピキの祭司様に御礼を用意する為だよ。


 どうして畑より奥に行くの?

 ケントロが残してくれた罠に兎がかかってるかもしれないからだよ。



 ねえ、どうしてババ様はケントロが仕掛けた罠の場所を知っているの?


 ああ、それは返事を用意していなかったねぇ。



  ◆   ◇   ◆



「コニーさん!」


 ババ様の小屋には、イサヤとメッソ、プレヴラ母子がいたはず。

 どこに行ったのか嫌な予感がして、心当たりの畑まで走った。

 カヨウのことはアスパーサとゼラに頼んだ。途中、見回りしていたムンジィにも周辺を走らせた。


 畑に出たが誰もいない。

 あてずっぽうで進もうとしたアユミチに、ノクサが示した。

 霧が濃い、虚穴に近い方向はあっちだと。


 しばらく走ったところで、血を流して倒れているプレヴラの母コニーを見つけた。隣でプレヴラも泣いている。



「アユミチ様……申し訳ありません、私は……」

「謝ることなんてない。傷口を縛ります」


 左太腿に深い傷。

 出血が多い。歩けそうにない。

 痛みで軽いパニックになっているのか、話すべきことが優先されない。


「ババ様たちはどこに?」

「っ!」


 ぎゅうっと、タオル代わりにしている長い手拭いで足の傷を縛った。

 とにかく出血を止めなければ命に係わる。

 縛り上げた痛みにコニーは歯を食いしばって、悲痛な声を上げた。


「ババ様に! ババ様に斬られたんです、アユミチ様!」

「あ……あ」


 悲鳴として耳を抜けた言葉が頭に帰ってきて、意味を理解するのが遅れた。

 はっと顔を上げてコニーを見れば、涙を流しながら何度も頷く。


 ババ様に斬られた。

 左の太腿。後ろから、身長の低い相手が斬りつけたように思える。



「イサヤたちを引きずってこの奥に……アユミチ様、申しわけ……」

「コニーさんのせいじゃない。あぁ……ああ、くそっ!」


 混乱する。

 混乱するけれど、理解もできる。

 ババ様なら……あの婆なら、ケントロもコーダも殺す機会があった。一番近くにいた。



「どうしてそんな……こんなバカなこと……」

「メッソが聞いたら……なんでケントロの罠を知っているのかって聞いたら急に……笑って」

「うぁぁっ、ひっうぅぅえぇぇっ……」


 思い出したのか大きく泣き出すプレヴラ。

 ずっと身近にいた大人が急に暴力を振るうのを見たのなら、さぞ怖かっただろう。


 捨て森の集落の長。長く死病の人々を見送ってきた老婆。

 捨て森の集落は主に斑徂症と灰息病の患者が多い。そのどちらも感染して生き延びるような人間は非常に少ない。

 老婆はその稀有な生き残りで、ずっと昔に完治していた。見た目よりきっと体力があったのだ。

 田舎のばあさんが下手な若者より腕力が強かったりするように。



「プレヴラ、俺が戻るまでお母さんを見ていてくれ」

「ひっく、ん……うん、ううぇっ……」


 今ここでこれ以上できることはない。応急手当もそこそこに立ち上がり、また走った。

 捨て森の奥、虚穴(うろあな)へと。



  ◆   ◇   ◆



 タッドは明るいいい子だった。

 だけど寂しがりやだった。


 母ちゃんは一緒に行けなかった。

 代わりに、タッドのお友達を送るからね。

 あんたが寂しくないように、たくさん、たくさんお友達を送ってやるからね。


 捨て森に訪れる人間はなくならない。

 多い時もあれば少ない時もある。

 年に何度かは子供もいる。


 女の子はいらない。タッドは男の子同士で遊ぶのが大好きだった。

 たくさん友達が増えればタッドも喜ぶだろう。

 母ちゃんにはこんなことしかしてやれないけど。



 死にゆく子供に言い聞かせた。

 先に死んだ親に会えるかはわからない。

 でも、タッドが待ってるから。仲良くしてやっておくれ。

 そう言って、タッドが消えたのと同じ虚穴に連れて行った。

 死んで物言わなくなってからより、お喋りが出来る方がタッドも喜ぶだろう。


 二十年以上過ぎて、送った子供たちはもう数えきれない。

 中には、死にたくない、怖いと逃げ出そうとした子供もいたけれど。

 病気の子供の足で逃げ切れるわけもない。

 ちゃんと捕まえて虚穴に放り込んだ。

 ちゃんと、残さず、放り込んできた。




 治る?

 死病が治る?

 神様が治して下さる?


 なんだいそりゃ。

 そんなのあるはずがないだろう。

 あっていいはずがないだろう。


 ホラ話を持ってきた連中をトバは追い払おうとした。

 それを(いさ)めた。

 治せるもんなら治してみな。

 あんたが連れてきたその子供も、タッドのいい友達になりそうだ。



 本当に治っちまうなんてあんまりじゃあないかい。

 誰もかれも嘘みたいにけろりと治っちまうなんて、そいつはあんまりじゃあないかい。


 タッドは苦しんだのに。

 死ぬほど苦しんで死んだのに、こんなのが許されるはずがない。神様が許すはずがない。

 他の死んだ子供たちも許しゃしないだろうよ。




 ――兄ちゃんの為に兎を獲ってやろうと思って、つい。


 ああ、兎罠かい。

 タッドも好きだったねぇ。



 ――婆ちゃん静かに。ここで隠れてて。


 ああ、かくれんぼかい。

 あんたの口も塞いでやろうねぇ。



 タッドのいない村で、なんで楽しそうにお友達と笑って遊べるんだい。

 逃げるなんていけないよ。

 死の運命から逃げるなんて、お天道様が許さないだろうよ。




 せめて今いる子供たちだけでも、タッドの待ってる虚穴に送ってやらなけりゃ。

 女戦士の目は邪魔だね。

 生き残った子供たちを守るのが生きがいみたいに気を張っちまって。


「あんたはやっぱりいいところの娘さんなんだね」


 あんたはいい暮らしをしてきたんだろう。

 こんな場所でええ恰好するなんざ場違いなんだよ。

 治癒魔法を受けて出ていけばいいのさ。


「あんたはまだ若いんだ。やり直せるなら後悔しないようにするんだね」


 こんな婆とは違うんだ。

 貧民には貧民の決まりがあるんだよ。

 失うならみんな平等に。

 そうじゃなきゃずるいだろう。喧嘩になるだろう。




「なんで……どうしてこんなことを……」


 あんたもきっと甘ったるい神様の世界で生まれてきたんだろうね。

 どうして、だって?

 だってあんた、タッドのことは助けてくれなかったんじゃないか。


 タッドを助けてやれるのはこの婆だけ。母親だからわかるんだよ。

 あの子は今もお友達を待ってるのさ。



  ◆   ◇   ◆


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