2-27.薄暗い悔恨
「死ぬならこんな婆からだろうに」
やるせない様子のババ様のぼやきをファニアが聞くのは何度目になるのか。
しわがれた声で深く溜息を吐いては、自分を責めるように両目を覆う。
コーダを死なせた。ケントロも守れなかった。
預かっていた孫を失った老婆のよう。
イサヤとメッソはアユミチと一緒に、イーペンの臭粉作りを手伝いに行った。
カヨウは女たちと共に炊事に。集落の中心部の竈でやっているから危険はないだろう。アユミチの目も届く範囲。
いつまでも閉じ込めておけない。
子供たちを外に出したがらないアユミチに提言したのはイーペンだ。
大ほら吹きのような男だが、そんな性格だからか皆が遠慮して言えないことをずけずけと言う。
結果、集落で一番大きな建物にババ様だけが残り、一人にするのがためらわれてファニアも残った。
薄暗い小屋の中で、ずっと顔を伏せたままのババ様。
自責から自死を選ぶのではないかと不安になった。
「ババ様のせいじゃない」
慰めではない。ただの事実。
襲撃者は人質として子供を狙っていたのだ。ババ様は端から目的ではない。
老婆の足腰でならず者と戦えるわけもなく、どうしようもなかった。
「私のせいだ」
誰のせいと言うのならファニアのせいだ。
他の誰が言わなくても自分が一番よくわかっている。
「私は武器を持って戦えた。アユミチ殿に託されていたのに……」
子供たちの守りを任され、武器を渡された。
ファニアはアユミチに頼られたことが嬉しくて、また自信もあった。
住民の男たちが不埒な考えを起こしても制圧できると思った。
危険な獣が襲ってきても対処できると考えた。だから請け負ったのに。
「大勢が相手だったのさ。あんた一人じゃどうにもならないよ」
「……」
事態が想定を超えていたのは間違いない。
武装集団の襲撃まで予見しなかったのは事実で、見通しが甘かったと言われても仕方がない。
それ以上に。
(本来の、万全の状態だったなら……)
口には出せない。今さら言ってもただの言い訳で、死者に言い訳は届かない。
ただ、アユミチの期待に応えられなかった自分を許せない。
正直なところ、コーダ個人のことについて悲しんでいるかと言われれば、ファニアにとってはそれほどではない。
この国のどこでも、他の国でも、もっと悲惨な死に方をしている子供が多くいる。
たまたまここでいくらか一緒に過ごしただけのコーダの死を、身内のように悲しむわけではない。
野盗に対する怒りはあるが、義憤的なラインを越えるまでではなかった。
アユミチはひどく落ち込んでいた。
彼はきっと平和で豊かな土地で生まれ育ったのだろう。
甘い。優しい。
そんなアユミチの助けになりたい。次があるのなら。
「右足の腱を切られ、半分ほど動かない」
「……」
「普段は隠している。普通に歩くように見せているが踏ん張りがきかない。右の踏み足に力が入らない」
戦士にとって足は何より重要だ。
目を失っても耳でそれ以上の働きを見せる戦士もいる。
片腕をなくしても、その腕に武器を括りつけて異常な戦果を挙げる者もいる。
生まれつき足が弱い人間が戦いに向くはずがない。
足は替えが効かない。
長い修練で身に着けた体術は両足を踏みしめてのもの。急に変えられるわけがない。
弱みを見せないように取り繕ってみたところで、あくまで上辺だけ。
左足と上半身だけでどうにかなるのは素人相手までだ。
「本当なら……私が自分の身を惜しまなければ、この傷は治せていた。エクピキの治癒を受けていればよかった」
「治癒魔法を受けられるなんて、あんたはやっぱりいいところの娘さんなんだね」
「そうだな、普通なら機会すらないか……」
――絶対に嫌だ。私の身は鬼巫様に捧げた。あんな下衆の同類に触れさせたりしない。
最初の陽灯司……陽灯中司だったか。
その男に交換条件を持ち掛けられ、頭に血が上って剣に手をかけた。
治してやるからその前に股を開け。要約すればそんな話だ。
同僚に、次はそんなことは言わせないから治癒を受けろと諭されたが、嫌悪感から受け入れられなかった。
しばらく頭を冷やせと待機を命じられ、その結果がこんな有様。
恥ずかしくて、悔しくて。わざわざ捨て森の西側まで歩いたくらい。
東側は王都を向いている。惨めなファニアの死に様が、鬼巫の耳に入るのを恐れた。
「治せる手段があったのに、私は……」
「ババがここに来たのはもう二十年も前のことさ」
ファニアが身の上を話したからなのだろう。
ババ様の方も自分の事情を語り始める。
捨て森に流れ着く経緯なんて楽しい過去とは思えない。だから誰も進んで聞き出そうなどとしない。
「八つの子供と一緒に、ね」
「……」
「母ちゃん苦しい。死にたくない、助けて母ちゃんって……あの子が死んだ時、あたしゃ死ねなかった……」
死病から回復することは非常に稀だ。
偶然、ババ様は生き残り、子供は死んだ。
不思議な話ではない。
「自分の子供を虚穴に運んだんだよ。そのまんま自分も入ろうとして……情けない話だねぇ。気が付いたら霧の中に置いたあの子はいなくなっていて、死にぞこないの婆だけ残ってさ」
「……」
答えようがない。
ババ様の後悔も苦悩も、自分を責める気持ちも。
想像や理解はできるけれど、当人ではないファニアが何を言っても上っ面。
「元気な子だったのに……こんな婆の子供じゃなけりゃ、もっと」
考えても仕方ないことだが、考えずにいられない。
ファニアが後悔する以上にババ様は長く後悔してきた。
同じように後悔を続けることになると、そんな訓戒のつもりで話してくれたのか。
「……ムンジィが陽灯司を連れてきたら、この足を治してもらうように頼む」
「そうがいい」
我を張って、何もできなかった。
甘くて優しいアユミチの為にできることがある。
プライドも何も捨てて、頭を下げて頼もう。
王都にいた時にはできなかった。
「あんたはまだ若いんだ。やり直せるなら後悔しないようにするんだね」
「あぁ」
偉そうなことなど言えない。
けれど、もう少し自信を取り戻せたら伝えよう。
病気が治っても捨て森を離れられなかった母の愛は、きっと子供の魂を慰めたことだろうと。
母親になったこともないファニアが言っても説得力がないか。
ふと、アユミチと一緒に赤子を抱く未来を想像してしまって、節操のない妄想に恥ずかしくなって顔を伏せた。
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