2-26.うらない
トバとコーダの他に住民九人が死んだ。うち三人は裏切り者だが。
他にも骨折などの重傷者が数名。
アスパーサを守ってエギルに奇襲しようとした男たちの中にも、腕を半ばまで切られた者がいる。
とりあえず止血して命は助かった。けれど日常生活に支障が残る怪我。
治癒魔法が必要だ。
元気な男とムンジィに頼み、東の集落に陽灯小司ジルボンを呼びに行ってもらった。
アユミチは残る。
逃げた野盗がまだ近くに潜んでいるのかもしれない。
コーダを殺した奴なのか違うのか、それはわからないが。
「ケントロに、コーダまで……」
行方不明のケントロの生存も絶望的で、続けてコーダも失った。
集落を守る為に戦ったトバや他の罪のない住民たちも悼むが、幼い子供が意味もなく殺されるのは特にアユミチの心に苦いものを思い出させる。
レーマ様の為、というだけでもなくて。
日本でも時折、幼い子供の理不尽な死が報じられる。
幼い子供の死は、ニュースの中にあるだけの別世界の出来事ではない。
アユミチはそれを知っている。
いつも同じ帰り道のひとつ下の子が、忘れ物を取りに帰ると学校に戻り、途中事故にあった。免許停止中の違法な運転手によって。
面倒くさがって一緒に行かなかったことを覚えている。忘れられない。
そうだ。アユミチはずっと後悔してきた。自分のせいではなくても、ずっと。
この世界で、アユミチが助けられた命なのに。
ずっと苦しんできた病気が治ったって、笑っていたのに。
ぎり、と。奥歯が軋む。
縊り殺されて――絞め殺されていた。
十になるかならないかの子供にそんなことをする必要があるか。
アユミチにはまるで理解できない。想像できない。許せない。
「あまり自分を責めるものじゃないわよ、センセイ」
カヨウたちをババ様の丸太小屋に押し込んで三日。
ほぼずっと見張りのように歩き回り、座り込んでいたアユミチに溜息交じりにアスパーサが声をかけた。
ファニアは、アユミチと同様に子供を守れなかった自責で子供たちにつきっきりだ。
ゼラは眠っている。
彼女には土の魔法で集落の周りに堀と壁を作ってもらっていた。
かなり疲れるらしく、十メートルほどやると寝てしまう。
それでもアユミチの頼みだからやってくれる。色々と変な思い込みはあるけれど、実際にとても助かる。
野盗どもから武器や道具を回収して、死体は虚穴の霧の中に放り込んだ。
その周辺でコーダの亡骸を見つけた。
噂に聞くヘレボルゼという魔獣のしわざも考えたが、死体が残っているのはおかしい。
捕虜として縛り上げていた男は、住民の怒りが再燃して殴り殺された。
ファニアもアユミチも止めなかった。その男がやったわけではなくても、その一党がやったのは違いない。
住んでいた場所を荒らされ、元気になりかけていた子供を無残に殺された。恨みをぶつける対象としてそこにいた不運。
皮肉な話だが、襲われたことでコミュニティとしてのまとまりが生まれる。
俺たちの村を守るんだ、というような意識。
人がまとまる為には敵が必要だという話は事実らしい。
「あまり動揺していないんだな、アスパーサ」
「みっともなくうろたえて見せた方が好みならそうしてもいいわ」
「……ごめん。ひどい言い方をした」
「別にいいのよ、センセイ」
集落の端。丸太を削って作られたベンチでアユミチの隣に当たり前のように寄り添って座る。
アスパーサの長い黒髪がアユミチの肩にかかった。当たり前のように距離が近い。
香水などないのにいい匂いがする。
燻製に使う桜チップみたいな香り。
「あたしは見えてたんだから」
「……なに?」
「占いに出ていたの。何か悪いことが迫るって、ね」
アスパーサの言葉を頭の中で回して、回して、回してから彼女の顔を見て。
「――」
口を開きかけたが言葉が出てこない。
「はっきりと何が起きるかわかってたわけじゃないわ。悪いこと。病気が再発するか、餌が減ったヘレボルゼが暴れるのかも。外からわざわざ捨て森に襲撃にくるなんて考えもしなかったの」
「……そうか」
「不安を広げるのもよくないでしょ。とりあえず自分の身は守らせてもらったけど」
アスパーサの小屋は事前に補強されていた。
彼女の取り巻きの三人の男――ユィッヒ、スタン、マノウズ達によって。
悪い何かが起きることを予見して備えていたアスパーサだが、それを他の住民には伝えなかった。
占い。予知。漠然とした話だったから言わなかったという言い分は理解できる。
「ユィッヒ達が仕掛けてくれたからイサヤを助けられた。あなたを責めるつもりなんてない」
「勘は悪くない方なの。わかるでしょ、センセ」
嫣然と笑うアスパーサの胸中はわからない。
彼女の真意がどこにあるのか見当もつかないが、占いで予見したことをアユミチに明かすメリットはなさそうだ。
信用を得る為に手の内を晒しただけなのだろうか。
「マノウズは大丈夫か?」
「痛み止め飲んで寝てるわよ。熱はどうしようもないかしら」
野盗に斬りつけられた傷口に化膿を防ぐ薬草を塗り、森のキノコを煎じた薬で苦痛をごまかしているらしい。
スタンはムンジィと一緒にジルボンを呼びに行った。
野盗の残党がまだ潜んでいるかもしれない。一人にならないように頼んだ。
「信用してるんだな、彼らのこと」
「占いと別のあたしの力ね。この魔眼」
「そんなことをカヨウも言ってたっけ」
アスパーサは魔眼持ちだとか。
灰色の瞳。
見てみてもアユミチにはわからない。ただ綺麗だなと思うだけで。
すうっと、その灰色が細まった。
「やっぱりセンセイには効かないみたいだわ」
「ってちょっと!」
うっかり覗き込んでしまったが、心を操られたりするのかと不安になって立ち上がる。
「何をしようと……」
「嘘がつけなくなるだけよ。そんなに警戒しないでいいじゃないの」
「……いい趣味とは言えないな」
「女だもの。身を守るのに使ったらいけないかしら?」
「……俺には効かないのか?」
「理由はわからないわ。ああ、これは嘘ね」
ふふっと笑ってからアスパーサも立ち上がり、アユミチの耳元に顔を寄せて囁いた。
「レーマ・ルジアの使徒だから。でしょ、センセイ?」
「……」
だから、と言われてもわからないけれど。
わからないけれど。
「どうしてそう……それも占いに出ていたのか?」
これまで口にしたことのない女神の名前。
他の人たちとの会話でもレーマ様の名前が出てくることはなかった。エクピキや他の神様の名前はあっても。
神話に詳しければ、消去法やあてずっぽうで言っただけなのかもしれない。
「名を失われた女神なんて他に考えられないもの。だぁれも知らないでしょうね」
「その誰も知らない女神様をなんで知っている?」
「偶然、魔眼持ちに生まれたわけじゃないのよねぇ。こういう血筋で、神話の時代から続いてきたんだから」
魔眼持ちの占い師。
普通の血筋ではなく、古い時代から何かしらの言い伝えを残しているという意味なのだろう。
世間では失われた女神――おそらくエクピキ信者などが抹消したレーマ様のことを知っている。
何のために?
「捨て森でレーマ・ルジアの使徒に出会うのがあたしの運命だったってこと」
「それも占い?」
「まさか本当になるなんて思わなくて、笑っちゃったもの」
アスパーサは最初からアユミチの言葉を受け入れていたが、事情を聞けば納得だ。
彼女は知っていた。
半信半疑だったのだろうが、実際に神の使いを名乗るアユミチが現れた。
逆の立場ならアユミチも笑ってしまうだろう。運命とやらに。
「センセイに協力してレーマ・ルジアをあるべき場所に。それがあたしの御先祖サマの悲願ってところかしら」
「……魔眼の効果を、嘘なしで教えてもらえる?」
「もちろんいいわ、センセイにならあたしのぜぇんぶ教えてアゲル」
人の内心を隠さず話してしまう魔眼。白日瞳。
使えるのは一日一度。いっぺんに二人まで。異性に限る。
数分間、なんとなく嘘偽りが言えなくなって素直に話してしまう効果。曖昧な表現だがアスパーサにもそれ以上説明しようがないとのこと。
住民たちに使って、暴力的な野心を持たない男を選別したそうだ。
アスパーサの下を訪れる男は少なくなかった。彼女が小屋ひとつを私室にしても文句が出ない理由でもある。なんというか、男同士の暗黙の了解。
ユィッヒ、スタン、マノウズは生まれ変わって真人間として生きたいと本心から思っていた。
そういう経緯だったらしい。
能力の説明にも嘘はなさそうだ。
アスパーサは本当にアユミチの協力者らしい。だから最初から友好的だったのか。
「なんか身構えちゃってたけど、敵とかじゃないんだ」
「あははっ、あたしがセンセイの敵だなんてそんなはずないでしょお。困る顔が楽しくてやってただけよ」
「からかってたのか。っとに……カヨウのことも」
「カヨウ……あの子には、そうね。嫉妬かしら?」
肩をすくめて、いつもより幼く見える笑い方をした。
素の表情で、少しだけ寂しそうに。
「あたしも若い生娘だったら、センセイに愛してもらえたのかしらって、ね」
「カヨウはそういうんじゃない」
「それはセンセイの見方よ。盛りを過ぎた使い古しじゃセンセイのお気に入りにはなれないわ」
そんな言い方をして、肩をはだけて豊かな胸から鎖骨を見せつける。
誘うように。
自嘲するように。
「アスパーサは綺麗だと思うよ。ほら、みんな知ってるはずだろ。今の俺は女神様のもんだって」
「嘘つきね……嫌いじゃないけど」
手を伸ばして、開いた襟を戻す。
目の毒だ。
彼女には妖艶で淫靡な魅力がある。
「悪だくみはしているのよ、あたし」
「なにを?」
「こういう言い方したら、憐れんでセンセイが抱いてくれるかしらって」
「はあ……」
なんと答えたらいいのかわからず、やれやれと首を振った。
美人からオーケーサインを出してもらえて嬉しくないことはないが、これでアユミチがアスパーサの小屋にこそこそ出入りしていたらどんな目で見られるか。
集落は小さく筒抜けだ。
家族が隣の部屋にいる状況で初エッチに挑む勇気があるかどうか。そんな状況。
とりあえず今は無理だともう一度首を振る。
「そのうち、アスパーサが嫌じゃなければ……その時は俺からお願いするよ」
「あら、楽しみね」
断ってしまうのがもったいない気がして保留してみた。
へたれだ。
「おお、見つけましたぞアユミチ君」
「イーペンさん、何かあったんですか?」
やや胡散臭い元大商人を自称するイーペンが現れ、アユミチはアスパーサから一歩離れた。
「件の薬を作ってみましたのでな。ご覧いただこうかと」
「ああ、できたんですね」
襲撃の最中、イーペンが立て籠もった小屋は難を逃れていた。
木窓から覗き込んできた敵に対して、イーペンが所持していた薬を拭きつけたからと聞いて、どんなものか気になった。
砕いた骨に強い匂いを放つ草の汁を染み込ませて煎った粉。それを動物の腸袋に小分けに詰めたもの。
緊急時に敵の顔に吹き付けると、くしゃみと涙がとまらなくなるそうだ。
催涙スプレーのような護身用具。
イーペンが持っていた三つを使い切ったところで、面倒だと判断した野盗が後回しにしたらしい。
まともに顔にヒットしなかったけれど、一時的に追い払う効果はあった。
子供に持たせるのに便利そう。間違っても危険が少ない。
「問題は、どう試すかですな」
捕虜が生きていれば実験台くらいの役には立ったか。
生かしておいたらよかったな。
そんな思考をする自分が、すっかりこの世界に慣れてきたと苦く笑った。
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