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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
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2-18.馬鹿な二人


「確かにゼンボのところで見た顔だな」


 捨て森に来る人間はいる。

 病に冒され町を追い出されて、他に行くあてもなく。

 子供を叱る時の決まり文句でもある。悪い子は捨て森に追い出すぞ、と。

 トバは悪い男だったから捨て森に流れ着いたのだろう。


「おめえにゃ感謝してんだ、トバ。悪いようにはしねえ」

「ノッド……」


 木を切ったり枝を払ったりに使っている石斧を一度握りしめ、息を吐いて下ろした。


 いつも通りの巡回。

 捨て森に流れ着いた人間を集落に案内する為に。

 いつもとは違う。

 捨て森で死ぬ為ではなく、命をやり直す為の案内。


 人の気配を感じたと思ったら、足取りのしっかりした男が二人トバを見つけた。

 声を掛けられてから、左右の茂みにも潜む気配に気づいた。囲まれている。

 想定外の人数だ。



「なんのつもりだ、ノッド」

「わかんだろ。あの薬師をぶっ殺して酒瓶をもらうってわけさ」

「アユミチならいない。ここを出て行った」

「そいつはもう知ってんのさ」


 へっと笑ったのはノッドの隣の男。

 こいつはエギルだ。昔、トバがゼンボという悪党の下で働いていた頃に見たことがある。


 西港町から王都に向かう隊商(キャラバン)を襲撃した時に手を組んだ。

 野盗殺しを吹聴する警備団を雇っていた隊商で、その警備団の連中が酒場で声高に息巻いていたのが鼻についたからだったと思う。

 ゼンボの名前も挙げて、ビビって手出ししてこないと言っていたから。

 誰かからそんな話を聞いて、じゃあやってやろうと。近くの野盗が珍しく協力して襲撃したことがあった。


 そのゼンボは数年前にバズモズに殺され、一党は散り散りになった。

 バズモズの汚い棍棒を受けた時だったのだろう。トバは斑徂症に感染した。

 体中に絶え間なく走る(うず)きと痛み。捨て森の霧がなければ眠ることさえ難しい。

 悪い子は捨て森に。まさに言われた通りだ。



「東の方の連中を見に行ったってな。可愛がってるガキを置いてったから戻ってくるってのも知ってるぜ」


 アユミチの動向を隠そうか迷ったのだが、既に知っているらしい。

 先に集落の誰かと接触していたか。

 おそらく偵察に()けた手下もいるのだろう。

 数日前から様子のおかしい三人組がいた。先に情報は集めている。その上での襲撃。



「その酒瓶も薬師しか使えないって聞いた。本当のところどうだか確かめるまで殺すわけにもいかねえ」

「本当だ」

「ならご協力をお願いしねえとな。神様のお使いに」

「お前もこっちにつくだろ、トバ」


 集落を襲い、可愛がっている子供――イサヤとカヨウを捕らえ、アユミチの身柄を確保する。

 アユミチが子供を見捨てる可能性もゼロではないが、彼は甘い。見捨てるにしても即断できない。

 意外と腕の立つ護衛のムンジィでも、三人以上の敵を同時に相手にできるまでの達人ではない。

 達人というならファニアだが、それとて十人以上の武装した集団相手では勝ち目は薄い。


 状況は悪い。集落を守る側にとっては。

 他に戦えそうな者は集落内の三人組。それが敵と通じているのではどうしようもない。



「考えてる時間はねえ。今日中にここの連中の首根っこ押さえる」

「トバ、おめえは善い奴(・・・)だ。オレぁお前に世話してもらったからな、兄弟」


 ノッドのようなクズでも、弱り切っている時に恵んでもらったメシのことくらいは覚えているらしい。

 誰かに親切にされた経験などなかったのだろう。


「これであんたにつかねえバカはいないだろう、エギル」


 笑ってしまった。

 集落は詰んだ。アユミチが戻って何か奇跡的な力を発揮することがあっても、それはエギルの襲撃の後になる。

 捨て森の東への行き来の日数と、多いと聞いている東側の人口。アユミチの性分を考えれば今日明日に戻ってくることはないとトバは見込んでいた。

 急いで戻らなければならない理由(・・)などないのだから。



「俺が集落の裏側に回る。少し奥に畑みたいな場所がある、そっちに誰かいるかもしれない。逃がさない方がいいだろう」

「言っただろエギル。トバは使えるってよぉ」

「そのようだ。三人連れてけ」


 信用されていない。当たり前の話だが。

 後ろに野盗三人を連れて集落裏手に、はやる気持ちを抑えて迂回した。



  ◆   ◇   ◆



「トバ……」

「立て」


 血走った目でトバが言う。

 歯ぎしりしながら、憎々し気に。


「はやく立て。次が来る」


 左の肩口に刺さって折れた矢に、斜めに大きく斬りつけられた右脇腹。

 殴られたのか、頬は青黒く陥没して。


 満身創痍のトバが、ファニアの横で石斧を投げつけた。野盗の射手の一人に。

 構えかけていた射手は避け切れず、(そむ)けた横顔に思い切り石斧がぶつかって倒れる。刺さりはしなかったが砕けた音はした。



「カヨウたちは森の外に逃がした」

「……そうか。感謝する」


 望んでいた言葉を聞けて立ち上がる力が湧いた。

 襲撃を先に知ったトバは一人で戦ったのだ。

 カヨウはババ様たちと一緒に集落の裏手にいたはず。トバは子供たちを逃がすことを優先した。

 敵と戦い子供たちを助け、深手を負いながらここに戻ってきた。一緒に逃げればよかったものを。


「トバ、お前は誇り高い男だ」

「裏切りやがったなトバぁ!」


 叫んだ男はノッドだ。体格には恵まれているが頭は悪い。

 ファニアは即座に理解する。

 三人組だけでなくトバにも襲撃に(くみ)するよう持ち掛けたのだろう。

 了承する(てい)で裏側に回り、まず子供たちを逃がした。


 いや、違うのか。

 トバが集落から巡回に出る時、同じ頃に畑の方に向かったのはファニアとプレヴラたちだった。

 トバはまずファニアに伝えようとしたのかもしれない。

 入れ替わりでカヨウたちがいたから、結果としてこうなった。



「お前ごとき卑劣漢が何を言う、下衆め!」

「……」


 言い返さないトバの代わりに吐き捨てながら、飛んできた矢を切り払った。

 何度も同じ手でやられたりはしない。小屋を飛び出した直後と違い、ある程度周囲が見えている。


「ちっ! お前ら囲め!」


 飛び道具では(らち)が明かないと見て、ファニアに矢を当てたリーダーらしい男が指示を出す。

 集団はやはり十人超。

 弓持ちは半数以下。他も何かしら武器を手に、固く閉ざされたアスパーサの丸太小屋の戸を蹴っている者もいた。

 死体になっている住民と、地面に転がり頭を抱えている住民もいる。


 今ほどトバの石斧を受けて気絶した射手と、飛び出した時にファニアが斬りつけた野盗は血を吐いて死にかけ。

 裏切り者三人組のうちの一人は白目をむいていた。脇腹を殴った相手だ。

 みぞおちに掌底を叩き込んだ男は両膝を着いて悶絶している。無力化できている。

 それでもまだ十人以上の敵が、リーダーの指示を受けてトバとファニアを囲む。迫ってくる。



「くっ」


 出てきた丸太小屋を背にして曲刀を構えた。

 粗悪な、手入れもちゃんとされていない(さび)の浮いた曲刀。拾ったものだと聞いている。

 貧相な装備でもアユミチからもらった刃。何の不満があろうか。


「俺の顔つぶしやがって、あぁ!」


 迫ってくる集団の中から真っ先に飛び出してきた。

 ノッドが手にするのもどこで拾ったのか知れない簡素な槍。


「トバ!」

「いい」


 庇ってやりたいが、ファニアの方にも別の男どもが襲い掛かってきた。

 敵の背中が盾になって矢は飛んでこないが、代わりに刃が二つ。野盗の剣技など何でもないがファニアの手はそちらで塞がる。



「死ねやトバぁ!」

「ああ」


 トバは、自分の顔に向けて突き出された槍を左手で払いのけ、突っ込んできたノッドの鼻面に右拳を叩き込んだ。


「ぶぇっぐそぁ!」


 続けて左の拳をノッドの左ほおに――


「べふぇ」

「ぐう、ぶ……」


 殴られながらノッドの顔が卑しく歪んだ。

 一度払いのけられた槍を、トバの腹に突き刺した感触で(わら)う。



「トバ! くっ」


 ファニアに切りかかってきた敵の一人を切り返し、けれど浅く逃げられる。

 他の連中を牽制しながらちらりと、トバの噛みしめた唇から血が溢れるのを見た。


「ぐふぇへ……死ねや馬鹿が」


 腹に突き刺した槍を握り、下劣な笑い顔を浮かべるノッドに、


「そう、だな」


 トバの笑顔など、集落の誰も見た記憶がないと後で聞く。

 笑い返した。


「救いようのない馬鹿だ……俺も」


 すうっと、なんでもないように伸ばした手で。


「だから、死ね」

「ば」


 猛禽の爪のように、一瞬で。

 腹を槍で貫かれたままノッドの首の筋を掴み、抉り、引き裂いた。


「トバ!」


 噴き上がった血しぶきが、ファニアの周りに群がる敵の足をわずかだが下げさせた。



  ◆   ◇   ◆


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