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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
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2-14.見えぬ展望


 初日に大サソリ。二日目に巨漢バズモズと戦い三日目は墓掘り。四日目に捨て森の西集落に着いて五日間は看病の日々。

 その後ゼラを見つけ、ケントロが消えて捜索。捨て森の東まで歩いて、また看病に追われた。


 手早く済ませたかったが東の集落の方が人数が多く、また五日間かかってしまった。この世界にきて既に半月以上過ぎている。

 病状は一度改善すればその後は放っておいても悪化する様子はない。



「捨て森の西と東で家の造りが違ったな」

「古いですが大工道具が一揃いありやしたからね。身寄りのない大工でも昔いたんじゃねえかと」


 人数が多いのには理由があった。

 普通に歩いて森の西側に着くのは、禁域側か西港町ディサイから歩いた場合くらい。

 東側は王都イオドキッサや内陸農村部から辿り着く場所。当然人も多い。

 他の地域で出た死病の者は、隔離されて焼かれるか塩樽に詰め込まれ海に流されるとか。強い塩で病魔は浄められるらしい。


 東の集落にも子供はいた。病状は改善してきているが連れ歩くにはもう少し時間が必要だ。

 レーマ様との約束の期日も気になってくる頃合い。

 神域に戻る時間も考えると、やはり西の集落の子供を誰か連れていく必要があるだろう。



 西に回るというアユミチを、ジルボン陽灯小司(ようとうしょうし)――エクピキの指を与えられる最も位階の低い聖職者――は強く引き留めた。

 引き留めたというのは控えめな言い方。

 実際には金切り声で駄々をこねた。五十近いデブったハゲが駄々をこねる姿はこの上なく見苦しかったが、そう見られるものでもない。

 すごいな、と妙な感想を抱きつつ、


 ――ジルボン師にはこの集落の長として務めてほしい。捨て森で苦しむ他の人たちにも神の奇跡を与えて、ジルボン師を頼るように伝えるので。


 アユミチの言葉を受けてずいぶんと気をよくしたのか、麻呂に任せるのでおじゃると太った腹を張って引き受けてくれた。



「あの腐れ坊主、アユミチの旦那の奇跡をてめえの手柄みたいに」

「そのふてぶてしさがあるから雑多な集団をまとめられるのかもしれない。俺にはやっぱり無理そうだ」

「はぁ……ま、旦那があんなんだったらって思ったらぞっとしやすがね」


 やたらと自信満々に断言するジルボンは、胡散臭いがとりあえず人を動かす力はある。

 エクピキの司祭みたいな立場も人々にとっては信頼の根拠にはなるようだ。


「意外と信仰とか考え方も柔軟みたいで助かったよ」

「ああ、そいつぁ違いやすぜ」


 アユミチの言葉に首を振り、軽く手も振った。


「ありゃあ恨んでいるんでさ。自分を追い出した連中や救ってくれなかった神様を」

「……」

「高貴なワシがなんでこんな目に遭うんじゃーって、そんな感じでしょうよ。だからエクピキじゃないアユミチの旦那の女神様が救ってくれたって感謝したってわけで」



 先に信仰心が揺らいでいたから、他の神の救いの手を認められたのか。

 似てない口真似つきでの説明を聞いて理解する。

 エクピキは助けてくれなかったが禁域の女神は助けてくれた。ジルボンにとって価値があるのは自分を救ってくれる方だ。

 信仰より実益。

 エクピキ教団の陽灯小司の肩書は利用価値があるからそのまま使うとして。


「損得勘定が優先か」

「見習い扱いの陽分司(ようぶんし)になって、変態の相手したり集めた金を十数年、何十年と上納してやっと陽灯小司になれるって噂ですぜ。一応聖書の暗唱なんかもしやすが」


 聖職者というよりヤクザみたいな社会構造だった。

 下積みを重ねて、治癒魔法を使える指を与えられるらしい。

 性格も性癖も歪む。



「貴族連中は権力争い。教団は金の亡者。腕に自信がありゃ海軍に入るのが一番まっとうな道って言いますが、上官は選べねえ」

「悪い上官に当たるとどんな?」

「戦死できりゃ御の字。手足が腐るまでこき使われて捨てられた奴もいれば、脱走兵の見せしめに千切れるまで船首に吊るされてる奴も」

「反乱されないか、それ」

「その辺をうまくやるのが船長なんでさ。マストに吊るすと臓物なんかが落ちてきて不評なんだって聞きやした」

「その補足はいらねえよ」


 地球でもかつての奴隷船などはひどかったと聞く。百人乗せて三割死ぬとか。

 船長が見せしめの処罰をして統率を取るのもわかる。

 人権意識などない世界なのだからおかしくもない。


「それでも海軍がマシなのか」

「腕がよけりゃ成り上がれるんで。奴隷から数年で海将になった奴もいるって……」



 野蛮な別世界に溜息が出る。

 夢見たような理想の転生人生からはだいぶ遠い。

 まあ事故死から転生させてもらった身で、順風満帆なバラ色人生を望むのは虫のいい話だ。


 レーマ様との約束では、ここを愛らしいショタが育つような優しい世界に変えるということだった。

 実際には、この国どころか捨て森の集落すらどう変えていけばいいのか覚束(おぼつか)ない。

 ただ子供を拾ってレーマ様のところに送っていても対症療法にしかならない。


 アユミチは平和な時代の日本で生まれ育ち、その記憶のままこの世界にきた。

 性格が豹変するような二面性があったわけではなく、急に頭がよくなるようなこともなかった。

 革新的な改革案など持ち合わせておらず、ただ現状確認とその場しのぎで時間が過ぎていく。

 千年の寿命をもらったのは正解だったのだろう。気の長い話だが。



「もう少しマシな国に変えていけるといいんだけどな」

「旦那ならきっとでき――」

「アユミチさん!」


 切迫した叫び声が会話を止めた。

 捨て森東の出入り口までもう少しという辺りで、少年の悲鳴に近い叫び声が響いた。



「なん……どうしたメッソ? 一人でどうして」

「はぁ、はあ……ぼく、アユミチさんを呼びに……村が、襲われて……はぁ、へぁ……っ」


 荒い呼吸。

 集落から森を出るまで歩いて二時間ほどかかる。その距離を子供の足で駆けてきたのか。



「ムンジィ、メッソを頼む」

「あぁ、そりゃあ……わかりやした。危なけりゃ旦那もすぐ戻ってくださいよ!」


 危険なのはわかりきっている。

 集落が襲われて、アユミチが駆け付けたところで何ができるのか。

 走り出してから頭に浮かんでくる余計な考えを無視して、ただ駆けた。



  ◆   ◇   ◆


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