2-12.神格汚染
世界の始まる前は、何も区別のない何かがただあるだけだった。
色も形も性質も定まらないただ何かが雑然と存在するだけの場所。
神々は言葉を用いてそれらに意味を与え、世界の形を作った。
世界の箱を作り、そこに多種の生き物が産まれるように定義しない言葉も撒き散らす。
勝手に結びつき変化する生命の中で、神に憧れ近づきたいと願うものが、次第に神と似た姿に変化していった。人間の始まり。
ポスフォス、エクピキ、レーマルジア、アニラービー、フォティゾ、スカーア、ランプシー。
創世の中心となった彼ら彼女らは人々から愛され、繁栄の時代を築く。
時代が進むにつれて、レーマルジアの横暴について各神々に苦情が寄せられる。
神の庇護下で秩序を保っていた時代から、次第に他者を疎み排斥するような社会に移り変わっていく。
ノクサの言い分では、神に従うことに疑問を持たなければ争いは生まれなかっただろうと。
レーマルジアはその力を削ぐために、名をレーマ・ルジアと分けられた。
アニラービーが慰めにという名目で処女しか乗せない天馬を贈った。挑発に怒ったレーマはアニラービーを殺して、二頭の天馬に食わせたと言う。
秩序は失われた。
世界の生き物はそれぞれ信じる神の陣営に分かれて長く争った。
レーマ・ルジアの力は削がれ、ポスフォスとエクピキが二大勢力。
日食の日にエクピキがポスフォスを滅ぼして、そのエクピキはレーマ・ルジアに殺された。
残ったフォティゾとランプシーは手を結び、他の弱い神々や半神たちと共に二度と争いが起こらぬよう宴を開いた。
三日三晩の宴の間、地下から響くスカーアの歌声を聞き続けた彼らは夕刻に皆死んだ。スカーアもまた力尽きた。
世界から神々が消え去り、人が主役となる時代の幕が開けた。
◆ ◇ ◆
「ちょっと待って、レーマ様死んでなくない?」
『死んでないわよ。だから会ったんでしょ?』
神々が消えた世界のはずが、レーマ・ルジアの死は描かれていない。
地球の神話でも末路があいまいな神様はいた。
だがここは、もっと現実的に神が実在した世界のはず。
レーマ様も物質界で死んだから神域だけでしか活動できないのだと、なんとなく思い込んでいた。
「いの一番に殺されそうな立ち位置なのに……」
『単純に強かったのよ、あれ。万全のエクピキとかポスフォスなら勝てたはずだけど、その頃はいつでも殺せるレーマよりお互いの方が危険だったから』
「最初は仲間だったのに?」
『寿命がないせいで感情があいまいなのよね、たいていの神って。人間の感情の影響をすっごく受けちゃっていたの』
創造主が創造物の影響で変わる。
そんなことがあるのだろうか。
『何もないのがつまらないから世界を創ったのよ。たぶん』
「そんな理由で?」
『アユミチだって、つまらない人生を生きたいって思わないでしょ。世界をつくれちゃうくらいの力があったら』
「それはまあ。そうなのか」
『白い布に色が染みていくみたいに変わっていったの。レーマもそうよ』
最初から仲が悪かったりワガママだったわけじゃない。
環境が人格を形成するという。この場合神格が正しいか。
人間たちの言葉や感情が神格を歪め、変えていった。
「死にかけの老婆が歌う呪いの歌を、三日三晩聞かされたら死ぬ。あれ本当だったんだ」
『あら? どうして知っているの?』
「読んだんだよ。神殺しの魔導書に書いてあった。レーマ様の宝箱にあって……」
『へえ』
無知なはずのアユミチが知っていたことに、ノクサは人差し指を下唇に当てて首を傾げる。
可愛い。
どんな仕種をしても可愛いこの妖精は、その最後の宴の場にはいなかったようだ。
話からして当時から存在していたのは確かだけれど。
『……とりあえずレーマがこっちから神域に追放された経緯は知らないの。その頃はノクサも封印されちゃってたし』
「神域の存在もあやふやなんだけど」
『魂の浄化装置よ。浄水場? 死んだ魂が通って再利用される通路みたいな場所』
ノクサの言葉はアユミチの脳内で日本語と関連付け、紐づけされていく。
魂の循環の話が水道事業のように。
『汚い水が蒸発して雲になって、また降ってくる時にはただの水でしょ。塊の構成は変わっちゃうから同じ霊魂じゃないけど』
「それで外が雲海なんだ」
『神域からこっちは立ち入り禁止指定。だけど、外に出るのはこっちの世界で管理できる話じゃない。だから別世界のアユミチに会えたのね』
浄水場の管理室に幽閉された神様がレーマ様なのか。
この世界に来る扉は閉ざされていて、けれど他の世界に出ていくことはできる。
しかし他の世界にはそちらを管理している神様がいて、レーマ様の自由になるわけじゃない。
「今さらだけどなんとなくわかった。ありがとうノクサ」
『ううん、ノクサの方がありがとうかな。アユミチ』
ノクサの微笑みがとても可愛くて、何がありがとうだったのかを聞くことはなかった。
◆ ◇ ◆




