2-11.讃えよ、笑えよ
『あの指、切り落としたのノクサだもの。覚えているわ』
ようやく一人になれたアユミチに、あっけらかんとノクサが言う。
手の平の真ん中に穴――ヘソのような穴から覗く別人の指。
太陽神の指だというそれはノクサが切ったらしい。
『あいつがノクサのおっぱい触ったの。ノクサは悪くないでしょ』
「おっぱい……?」
当事者片方だけの言い分なので悪い悪くないは判断しにくいが、とりあえず疑わしい。
ノクサにおっぱいはない。非常に平らな体型で、そもそも手のひらサイズの妖精なのに。
『ノクサだって力がいっぱいの時はもっと大きかったのよ』
「胸も大きかったのか」
『ばかねアユミチ。ノクサの完成された美しさはこのままに決まってるじゃない』
ない胸を張るノクサ。
綺麗なのは本当だが、やはりおっぱいを触られたという表現は誤解を招く。
ノクサにおっぱいと呼べるだけのものはない。
ない。
「ゼラを後ろ姿だけで美人さんって言ってたっけな」
『美人さんだったでしょ』
ゼラもかなり痩身だった。ノクサの美的感覚に合っていたのだろう。
面白いから治してあげなさいよ。
笑いが止まらないノクサに促され、病の聖職者ジルボンにビストニダの恵みを飲ませた。こっそりと親指から血を垂らすのはすっかり慣れた。
ひったくるように受け取り、一気に飲み干したジルボンが、
――うまいっ! これこそ神の酒でおじゃる!
森中に響きそうな大声で喝采しておかわりをせがんだ。
あんまりうるさかったのでもう一杯注いで、ジルボンの声に誘われた村人たちが次々にアユミチの下に群がった。
ムンジィが剣をちらつかせ脅して列に並ばせなければ大変だったろう。
起き上がるのもつらい人もいるだろうと尋ねると、ジルボンが率先して案内してくれた。
神の恵みを施す行為に使命感のようなものを刺激されたのかもしれない。
エクピキではなく禁域の名もなき神だと言ったら、わりと素直にそれを受け入れて声高に告げて回る。
――失われし禁域の女神が病に苦しむ者にこの者を遣わしたのでおじゃる。
太陽神エクピキの神官みたいな立場だと思うのだが、太陽神と呼ぶ以上は他にも神がいることに抵抗はない思想なのだろう。
扇動や教導など経験のないアユミチよりよほどうまく喋ってアユミチを持ち上げる。
西の集落の倍以上の住民全員に飲ませることができた。
――あぁ、死ぬ前にこんなうまいものを飲めてよかった。
既に手遅れの人も数名。
彼ら彼女らにとっては死に水、末後の酒となった。
「えらい太陽神なのにノクサに切られたって? 特別な力はないって言ってただろ」
『別に特別な力がなくても、アユミチだって他人の指くらい切れるでしょ』
「刃物があればそうだな」
『今の大きさじゃ無理だけど、昔のノクサは陽光も切れるくらい強かったのよ。見直した?』
「今は?」
『うーん、バッタの足くらいなら切れるかも。ノクサよりちっちゃいやつね』
陽光を切るという表現がいまいちわかりにくいが、とにかく強かったのだろうとなんとなく理解する。
今はバッタとタイマンできる程度。蝶々なのだから妥当な感じだ。
とりあえず今アユミチがノクサの体を弄り回しても指を切り落とされることはないと思っていいのか。
『アユミチが触りたいなら、いいよ』
「今の大きさだとお人形を脱がせてる背徳感でキツい」
『ノクサは人形じゃないからいいじゃない』
「その自分をお前に観察されてるのがよけいにつらいんだよ」
くすくす笑うノクサだが、先ほどのエクピキに対する高笑いというかメスガキ笑いを忘れられない。
いつかアユミチの変態行為をこうして笑い話にされる可能性もある。
あなたの先祖のアユミチね。ちっちゃいノクサのおまたに鼻息あらくしてたのよ、とか。
笑えない。
『指をなくしたエクピキが力を落としてレーマに殺されたんだから、ノクサが殺しちゃったみたいで笑っちゃった』
「お前、それジルボン様に聞かれたらぶっ潰されるんじゃないか」
『レーマの使徒のアユミチもね』
あちらからすれば邪教徒どころか神敵だ。
『ま、大丈夫でしょ。黒蝶は不吉って伝わっていてもノクサの名前は知らないみたいだし』
「信仰してる神様を殺した主犯格なのに?」
『だからよ。最高のはずのエクピキがどうやって殺されたなんて伝えたくなくて隠蔽したんだわ。レーマのことも』
「なるほど」
ぺたんこおっぱいを触って死亡。
そんな話を信徒が伝えるわけもない。そもそもエクピキ自身がなぜ指を失くしたのか言わなかったことも考えられる。
PCに変なウイルスが入っていますけど何かしましたか?
何にもしていない。普通のことしかしてない。
こんな感じ。
恥部だから隠蔽された神話の一部。失われた神話。
『ノクサが切り落とした薬指の方だけ残っているんだもの。急にあれ見せられたら笑っちゃうでしょ』
「ヘソみたいな穴から出てた指が神様の指なのか」
『株分けみたいなもので本体じゃないわ。本物はきっと聖地とかにあるんじゃない』
「なんで人間に寄生しているんだと思う?」
『復活したいからよ。それが惨めったらしくておかしいの』
くすっと笑ってから、ふわりとアユミチの目の前に飛んできて両手を合わせた。
上目遣いにアユミチを見上げて、
『お願い。人間の役に立つからもっと信仰して。エクピキの名前を讃えて。死の穴から這い出る力を蓄えるまで、人間様の為に働きます。怪我を治して体をすっごくヨくしてあげますからエクピキを好きに使ってくださいご主人様』
哀願する表情で言って、言い終わってから我慢できずに噴き出す。
『昔の威張り腐ってたエクピキを知ってるからもうおかしくって。いきりカスのクズ美形』
「イケメンだったのか」
『自分がモテて当然って顔で、ノクサあいつ大っ嫌いだったの』
レーマが殺してくれてせいせいしたわ、と。
嫌いだった相手が今じゃ惨めな物乞いレベル。下僕だったはずの人間に寄生して生き永らえている。喋ることもできない有り様で。
情けない姿を見て笑い出してしまったノクサの気持ちはわかった。
エクピキ教団の治癒魔法という特殊能力についてもなんとなく。
「致命的なミスをする前に、お前が知ってる神様関係のいざこざを教えておいてくれ。どこで地雷踏むかわからなくて怖いわ。あとそれと……」
『それと?』
「一応聞いておくけど、ノクサ」
ノクサはアユミチの事情を知る唯一の存在で、気兼ねなく話ができるパートナー。
他の人間とは違う安心感みたいなものがある。
「お前、その……大きくなったりできるの?」
『あら、アユミチってばエッチさん』
一応、聞いてみたかっただけ。
『なれるよ。アユミチのおへそを越えるのに数百年くらい時間がかかるけど』
「あ、そ」
特殊な能力を持たない人や妖精が成長するには時間が必要だ。
裏技みたいなものがないか聞いてみたが、残念ながら神の助力的なものがなければ無理そうだった。
そしてこの世界の神様はみんな滅びたかエクピキ的な残り方。
大きくなったノクサといちゃらぶは、数百年くらい後までできそうにないことがわかった。
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