2-3.伝染
ケントロは貧しい小作人の家に生まれた。
コーダもメッソも、たぶんイサヤたちも似たようなものだろう。
貧しい家に生まれれば、ひもじい毎日が当たり前。
作った作物は地主に収めて、もらえるのは最低限にも足りない食料。
税で納めなくていいもの。根菜の葉っぱの方だったり、葉物野菜の根っこだったり。そんなものを食べて腹を満たす。
たまに収穫から隠したイモを家族で分け合って生きてきた。
それだって、他の小作人に見つかれば奪い合い。
地主に言いつけるのはお互いに損しかないからしないけれど。
「何も気にしなくていい。お前たちは好きなだけ食え」
死病患者の捨て森で、腹いっぱい食べていいなんて言われると思わなかった。
ケントロだけじゃない。コーダもメッソも、本当にいいのかと大人の顔色を窺ってしまう。
「アユミチから唯一の頼まれごとだ。お前たちが笑って過ごせるようにしてくれ、と」
「言ってる奴がこんな仏頂面じゃガキどもも笑えねえよ。なあ?」
ぶっきらぼうなトバの物言いを、へへっと笑って同意を求めるムンジィ。
「アユミチ兄ちゃんが笑えって言うならそうするよ、俺」
「ボクも」
「そういうことじゃないと思いますけど」
アユミチの言うことなら何でも聞く。
ケントロの返事に同調したコーダに、澄まし顔のカヨウが溜め息を吐いた。
「なんだよ、カヨウ?」
「アユミチさんは、命令だから笑えって言ってるんじゃないでしょう」
ちょっと年上のカヨウは、自分ばっかりがアユミチのことをわかっているみたいな顔をする。
ケントロからすれば面白くない。
「子供に元気でいてほしいって、アユミチさんはそう思っているんです。自分の家族じゃないのに」
「そんなのわかってる」
家族でもないのに。
ケントロの父は灰息病にかかって死に、村人たちに家ごと焼かれた。
症状の出始めだったケントロと母は村から追い出され、母は捨て森に着いてすぐに死んだ。
メッソは最初から一人だったし、コーダの父親は心を病んで自分から虚穴に向かって消えた。
身寄りのないケントロたちに、アユミチは妙に優しい。
実の親にだって、そんな気遣いをされたことがないくらい。
たった数日の間に、もうかけがえのない相手になってしまった。
だけどアユミチにとっては家族でもないただの子供。
「なんであんなに優しいんだろう」
「人買いは、最初だけは優しいって聞いたことがあるけど」
コーダの疑問にメッソが変なことを言って、首を振った。
「アユミチさんはそんなんじゃないし」
「あったり前だろ」
食事を腹に詰め込んだイサヤがメッソを軽くにらみ、ふんっと鼻を鳴らす。
「アユミチ兄ちゃんは俺の母ちゃんの為に墓掘って祈ってくれた。母ちゃん、安心して黄帯の空に行けたんだ」
「……」
人買いがそんなことをするわけがない。
アユミチは本当にお話の中の聖人みたいだ。
エクピキ教の偉い人に見送られた人は、星の流れる道に迷わず行けるって聞いたことがある。
イサヤの母はアユミチのような神様の使いに見送られて、きっと迷わず黄帯に上がれただろう。
「子供が元気な村はいい村だと言う。アユミチはきっとそういう村で生まれ育ったのだろう」
「貴族って感じとも違うし、そうかもしれねえ」
「アユミチさんの故郷……みたいに、ここを元気にしたいんでしょうか?」
「だったら俺、もっと元気になる」
その日食べる物にも困るような村ではなくて、誰も飢えずに笑って過ごせる村。
アユミチはそういう場所を作りたいのか。
「僕たち、アユミチお兄ちゃんに何もできないのに」
コーダが困ったような声でうめくと、カヨウがむっと口を尖らせた。
カヨウはアユミチがいない時にはこんな感じだ。アユミチの前だと態度が違うのは仕方がない。
「できないからやらないなら、ずっとできないままですよ」
「兄ちゃんは俺がたくさん食べると嬉しいって。だから俺、いっぱい食うんだ」
アユミチの為に料理を練習しているカヨウと、その料理を残らず食べているイサヤ。
ケントロたちにもたくさん食べて元気になってくれと言っていた。
とりあえず今のケントロたちには、食べて元気になることが一番の恩返しらしい。
「俺も、アユミチ兄ちゃんにごちそう作ってやる」
父に教えてもらった罠のやり方なら、山や森であり合わせのもので仕掛けられる。
小動物なら捕まえられる。
「あなたが?」
「へへっ、カヨウよりうまいもの作って兄ちゃんを喜ばせてやるぜ」
「ふうん」
じろ、と睨まれた。
泥芋や緑杏ばかりの汁をすするアユミチの顔は、平気な風でいてちょっと寂しそうなのだ。
それこそカヨウにはそんな顔を見せないけど。
きっとアユミチはもっと美味しいものが食べたいはず。
「兄ちゃんが俺たちに元気で笑えって言うなら、俺は兄ちゃんに喜んでもらうのが一番嬉しいもん」
「僕も手伝うよ」
「僕だって」
コーダもメッソも気持ちは同じだ。
罠の作り方を教えてやって、でも仕掛けに一番いい場所は秘密にしておこう。
一番にケントロの獲物でアユミチに喜んでもらいたいから。
「何をするにしても俺たちの目の届かないところに勝手に行くな」
「そうだぜガキども。迷子にでもなられたら旦那がどんな顔するか」
むっとした顔のカヨウにイサヤが渋い顔をしている横で、トバとムンジィは苦笑いしながら止めることはなかった。
みんな、最初からこんなに優しかったわけじゃない。
きっとこれは、アユミチの優しさが伝染したんだ。病気じゃない、いい気持ちが。
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