2-2.シャワータイム
「集落全員、だいたい回復したみたいで安心した」
「あんたのおかげさ、アユミチ。アユミチ様かねぇ」
「やめてくださいよババ様。呼び捨てて下さい」
「旦那はマジで神様のお使いだ。王蠍ぶっ潰して灰息病も斑徂症も治しちまうなんざ……俺ぁほんと、神様だと思ってますぜ」
「やめろってムンジィ」
症状が比較的軽かった者は二日目には普通に歩けるようになっていた。症状はまだ残っていたが、それも軽くなり。
かなり進行していたトバやアスパーサの外見も、五日目には目に見えて回復している。
このままなら遠からず完治しそうだと一安心。
「集落三十七人のうち、一人が幼児。十歳前後が三人。後は大人か」
ババ様のような老人はいない。この世界の平均寿命的に長寿は少ないのだろうし、高齢者は病気にかかってから死ぬまでも早いと思われる。
十五を過ぎれば大人扱い。日本で言えば元服の年。
レーマ様の基準とも合うのでそれはそれでいい。
実際には、戸籍などがちゃんとしているわけではないので、貧民の年齢は特に適当だそうだ。だいたい十歳、みたいな。
親が先に死んでしまった子供など、外見でおよそ判断するしかない。
「メッソ、ケントロ、コーダ、か」
レーマ様の希望年齢に適合する三人の子供たち。みんな男の子だ。幼児は女の子でプレヴラと呼ばれていた。
男女の比率から見て、女の子の方が斑徂症に弱いとかそういう理由があるのかもしれない。
◆ ◇ ◆
「兄ちゃん、目ぇ開けていい?」
「もうちょっと待て、メッソ」
寝泊まりしている丸太小屋の陰で、裸でぎゅっと身を硬く縮めているメッソが弱々しい声をあげる。
アユミチはその後ろに立って、さわさわと――頭を洗っているわけだが。
レーマ様からもらったシャワーの出るリストバンドを使い、病気がだいぶよくなってきた子供たちを洗った。
入浴の習慣がない。
貧民は水浴びなどしないらしい。薄汚れて臭い。髪もぼさぼさに荒れている。
みな素材は悪くない――言ってしまえば、顔形は日本の男児の平均的外見より整っているとさえ思う。
病状が治まってきたので、全員に水浴びをするよう指示した。
湧き水から続く小川でもいいが、男の子たちはイサヤを含めてアユミチが洗うことにした。
さっぱりするだけでも印象がかなり変わるものだ。
「かゆくないか? メッソ」
「うん、かゆいのはもうない、けど……」
「ちょっと我慢してくれ。お前の爪だと頭洗うのに血だらけになるぞ」
痩せすぎのコーダ、洟垂れのケントロより見栄えのいいメッソだが、爪が長く尖っている。
爪切りもないのでアユミチ手ずから洗っているのだ。
他の子供たちはアユミチの周囲で自分でシャワーを浴びていた。リストバンドはアユミチ周囲三メートルくらいに水を降らせてくれる。
さながら、プールの出入り通路途中に設置されたシャワーゾーンのような光景。個室など贅沢なものはない。
「終わったらジュース、やくそくっ」
「わかってるって。ほら」
左手首のリストバンドを握り、ぎゅっと力を込めるとざばぁぁっと強めのシャワーが降り注ぎ、それから止まった。
先に洗って干しておいた手拭いで体を拭くのもそこそこに、さっさと服を着始める。
アユミチがまだ下着もつけてないうちから、早く早くと自分の椀を手に順番待ち。
雛鳥に餌を与える親の気分はこんなものか。
「父ちゃん生きてたらパチンコで森兎を狩ってくれたんだけど」
「罠でも獲れるよ。前、村でやったことある」
「やってみようぜコーダ」
「アユミチ兄ちゃんに肉で恩返しだ」
元気なケントロとおとなしめのコーダ。メッソもイサヤもとりあえず仲が良くて助かる。
もっと肉を食えと言ってやりたいのはアユミチの方だ。
ちゃんと食事をして健康な体を作ってほしい。レーマ様に気に入ってもらうというだけではなく、なんとなく親心的な。
慕われているから好意的に感じるのだと思う。
別にアユミチは子供好きではない。以前なら男児などみんなクソガキだと見ていたはず。
笑顔を向けられれば笑顔が浮かぶ。好意は好意を呼びやすい。
――このくらいの年齢だったか?
ふと何か思い出しかけ、胸の奥に苦いものが広がる。
顔をしかめて、子供たちが不安そうな顔を浮かべたのを見て笑ってごまかした。
「慌てなくてもなくならないから。順番に、な」
レーマ様からもらった酒瓶、ビストニダの恵みの所有者はアユミチで、アユミチ以外には蓋を開けられない。
アユミチはただ軽く蓋を押し込むだけで開閉できるのだが、他の者に渡しても閉めることはできても開けられなかった。
これも含めて神の使徒。
木を削って作った粗末な椀にリンゴジュース的なものを注ぐと、みんな嬉しそうに飲み干すのだ。
子供たちだけでなく大人も、遠慮がちにアユミチに求めてくる。
なんだか悪い薬をさばいている気分にもなる。
「ああ、吾輩の商会ならアユミチ君のもたらす奇跡で巨万の富を築いてあげられただろうに」
イーペンは元下級貴族だとか商会主だとか色々な肩書を名乗る髭面エセ紳士だ。
ビストニダの恵みを、国王に献上するに値するとか褒めそやしてせびりに来る。
「このイーペンにかつての栄光さえあれば、いくらでも王都の貴い方に引き合わせてやりたかった。実に無念、我が身を呪わずにいられんよ」
病気になって追放されたから、彼の財産は従兄弟たちに奪われたのだとか。
「いずれ王都に行くことがあれば、その時はぜひ吾輩を頼ってくれたまえ。まあ灰息病で追放された身ゆえ、素直に入れてもらえるかはわからんがね」
とにかくまあ胡散臭い。
いくつもの屋敷を持ち、貴族様とも交流があったなどと語るイーペンの話は半分も信じていない。
病気でぜえぜえ言ってる時はわからなかったが、こういう性格の人間もいる。イーペンはまだいい方だ。
悪い見本として、元気になったとたんに荒々しい地が出て、アユミチから酒瓶を奪おうとした奴もいた。
アユミチが反撃するまでもなく、ムンジィが叩きのめして追い出した。
ムンジィ、意外と強いのかもしれない。衛兵を殺したとか言っていたし。
◆ ◇ ◆
アユミチ自身も、少しだけ自分が強くなったと実感している。
突き攻撃。
酒瓶騒動の時、咄嗟に突き飛ばした反応は自分で思った以上に鋭くなめらかだった。
別に鍛えた覚えはなかったのだが。
『一年間、毎日やったでしょ。命がけの一振り』
「それだけで?」
『アユミチが元々暮らしてた世界が、どれだけ闘争に飢えた殺伐世界なのか知らないけど』
ここと比べればぬるま湯の世界だったはずだ。
すいっと顔の前まで飛んだノクサは、軽く肩をすくめながら指を立て、
『普通の人は、命がけで力振り絞って武器を振るなんて滅多にしないのよ。普通』
命がけの渾身の一撃。
バズモズに襲われた時は必死で、全力で突き出したのは覚えている。
あの一瞬で364回繰り返した突きが体に馴染んでいるらしい。
『素振りとも違う。死と隣り合わせの実戦で364回も繰り返したんだから。少しは身に着くでしょ』
「死にたくないって夢中だっただけなんだよ」
『追い詰められててよかったね。って……あぁ、警告文だわ』
ノクサと話しながら森に踏み入っていったら、何か文字が刻み込まれている木を見つけた。
トバから聞いた目的地の情報をも合致する。
集落から外れたところに人がいる。
『美人さん、いるといいね』
「そういう目的じゃないんだけど、怪物がいるよりそっちが嬉しい」
アユミチは決して、闘争に飢えた殺伐とした世界を望んでいるわけではないので。
◆ ◇ ◆




