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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
20/56

1-20.花舞い ※鬼巫パート



 振りぬいた。

 大岩をも断つ一閃を振りぬき、トローメの鬼巫を両断する。


「む?」


 完全に捉えたはずの未来の絵に、体がついてこなかった。

 鬼巫アハラマの足元、完全に意識の死角から抜き放つ抜刀術が、放たれない。

 メタウより先にアハラマの影に潜んでいた何かが、メタウの刀の柄尻を押さえていた。


「だめ」

「五色、欠けておらんのか!」


 まだもう一枚、手札を伏せていた。

 鬼巫の五色(ごしき)の花札。一枚欠けたと聞いていたはずが、情報が間違っていたのか。



 ホスバルドルとトローメの不仲は地政学的な理由で避けられない。

 北を峻険な山脈という盾に守られ、南は外洋に突き出した形のトローメは、ホスバルドルにとって非常に邪魔なお隣さんだ。同じく国境を接している東のベゼロイタとは違う。

 歴代の鬼巫は北部の守りを。海には不沈艦【叉波王(ざはおう)】を備え、海路の要衝として栄えていた。


 惨めなのだ。

 強大な隣国と比べ、ホスバルドルの民は惨めさを感じている。

 貧民の暮らしに大差があるわけではないが、その貧民でさえホスバルドルよりトローメの方が格上だと感じ、一方は慰めに、他方では不平不満になっている。


 トローメ支配層はうまくやっているものだ。

 自国の貧民に、他国はもっと悲惨だと教え込んで不満を散らしている。

 支配者階級で比べればトローメの方がはるかに豊かで、その財力で大層な宮殿や劇場を建築していた。

 それを見た旅人がまた他国で言うのだ。トローメは素晴らしい国だとかなんだとか。



 ホスバルドルの上流民としては面白くない。

 面白くないし、大衆の不満が支配者に向けられるのも面倒だ。

 だというのに過去の戦で満足いくような戦果を挙げられたことはほぼない。戦費の無駄ばかり。

 それでも、邪悪なトローメと戦っている正義のホスバルドルという図式の為に、対立姿勢は崩さない。

 放っておけばトローメが信仰する太陽神エクピキの教義に染まっていくかもしれない。


 強い神に従うのは勝ち馬を選ぶようなもの。

 民に見放されてはホスバルドルの国体が保てない。太陽神はランプシーこそが頂点。

 同じくランプシーを信仰するベゼロイタと同盟を結び、トローメに対抗してきた。


 豊かな国には腐りもある。

 代々鬼巫の大衆人気は、北部に限ればトローメ国王を上回るほど。

 それを貴族連中が嫌うのも自然で、エクピキ教団の黄帯派と呼ばれる一部と繋がり鬼巫と対立していた。


 人気者でも敗れれば人気は陰る。

 砦を落とすことはできなくとも鬼巫やその側近たる花札を倒せば、鬼巫の名声を貶めることも可能。


 最近、五色の花札と呼ばれる側近の一人が流行り病で死んだそうだ。

 気落ちしているか苛立っているか。

 仕掛けるのなら手を貸すとトローメの方から打診があった。メタウの懐には届いていないが、おそらく金も動いたのだろう。


 花札の件が事実と間諜の報告と照らし合わせ、こうして仕掛けたのだが。

 話が違うのか、あるいは即時で補充されていたか。




「邪魔立てを!」

「マベラ! 十分じゃ!」


 メタウは国で五指に入るほどの強者だった。

 下段からの抜刀を、さらに下から手が伸びてきて止められるとは思わなかったが、それと気づけば強引に振り払うこともできる。

 ただ遅れた。鬼巫を切るには致命的な遅れ。

 ならばせめてその花びらでもと切り替えたが、まるで影と本体が分かれるように左右に跳んで離れた。


「ちっ」


 遅れた一閃が空を切る。

 空振り、というだけではない。

 先に離れていた二人、クロロテッサが投げた匕首(ヒシュ)を打ち払い、レフカースが伸ばした白帯を切り裂く――切り裂けない。


「紙か!」

「香らずの六花(りっか)()みたる紙衾(かみふすま)。寝苦しきほど織りて重なれ。狂式(くるしき)四斤(しきん)



 切れなかった白紙が、ぱたぱたと意思を持っているかのように刀に巻き付く。

 メタウの愛刀の先に巻き付いたかと思うと、


「ぬぉっ!?」


 凄まじい重量を感じて刀を落としてしまった。

 何が四斤(4kg)か。その数十倍の重さ。

 そうと知っていればメタウの握力なら持ち上げることも可能だったが、不意に刀身にそれだけの荷重がかかれば話は別だ。指の間から零れた刀を拾いあげる猶予はない。



「ボクのアー様にぃ!」


 武器を取り落としたメタウに向けて樹木の中から飛びかかってくるのは、最初に部隊の足止めに立ち塞がった赤髪。コッキノとか言ったか。

 樹木より高く跳び、炎をまとわせた拳を叩きつけてくる。

 愛刀があればまんまと両断だが落としてしまった。

 予備を抜く暇はない。武闘家を手刀で切り裂くのはさすがに無理か。


「はぁぁっ!」


 気合と共に突っ込んでくるが、メタウはホスバルドル屈指の英雄だ。

 そんな目立つ攻撃だけに気を取られるほど甘くはない。



「天降る岳に流るるは、()(たれ)(とき)呱々(ここ)の声のごとし。溢れよ滂沱(ぼうだ)の激流」

「そうだろう!」


 兵士の死体で埋め尽くされた細い山道に濁流が溢れた。

 水の魔法。もう一人の青の方だ。

 片方が気を引いたところでの足止めの魔法は見事な連携。メタウでなければ足を取られていた。


 激流に飲まれる前に、飛びかかってくる赤より下に飛び出した。

 炎の拳を潜り抜けながら水流を跳び越える。

 二人の攻撃を避けつつ逃げを打つ。逃げると決めた。

 それぞれが超一流の使い手で鬼巫の側近。戦場を引っ張りまわして疲労はあるだろうが、この布陣をメタウ一人で崩せるはずもない。



「手札を見せてもらった。次は――」

「呆けるなたわけが」

「っ!?」


 着地と同時にすぐ耳元で声がした。

 追いつかれた。一瞬でなぜ。

 強烈な踏み切りをしたのならその気配を聞き逃すはずなどない。


「な――げふぅっ!」


 花扇がメタウの左わき腹を打ち、鍛え上げられた筋肉の内側の骨まで響いた。

 体をひん曲げて転がるメタウと、そのまま横を過ぎていく鬼巫アハラマ。

 その小さな体を乗せていた緑の葉が、ぱしゃりと水を撥ねた。

 葉っぱに乗って?


「次などくれてやると誰が言ったか、阿呆」


 長細く大きな蓮の葉に乗り、水流に乗って一瞬で追いついた。

 メタウが振り向くことができれば、影に潜んでいた花札の黒――マベラがアハラマを押し出した後の姿を確認できただろう。

 アハラマがひらりと舞い降りると、蓮の葉はするりと緑色の札に変化してから塵にとなった。



「ぐ、ふ……俺は……」


 背後から脇腹をえぐられ、呼吸が満足にできない。

 腹を押さえうずくまるメタウをアハラマは悠然と見下ろす。手の届く場所だがこの状態では倒す手段がない。

 敗北を認めた。


「投降する……俺の負けだ」

「ぬしが宣するまでもなく明らかであろう。降ると言うか」


 どうあがいても死ぬ状況で、無駄な抵抗をすることもない。

 幸いメタウは上級将校だ。鬼巫側にとっても利用価値がある。


「なんでも話す。この作戦の出所もだいたい……」

「いらぬ」


 ばっさりと、あっさりと。

 何を言われたのか理解が遅れた。

 遅れなければ、もう数秒は寿命が延びていたかもしれない。その程度だが。



「潰れよ」


 アハラマの手にする花扇は鋭いものではない。色とりどりの札を重ねたようなもの。

 ただ、その硬さが鋼よりも硬く重いものであることは先に受けた腹への一撃でメタウは知っている。


 聞き返そうと上げた間抜けな顔を顎から打ち上げられ、宙に浮く間もなく返す一撃で叩き落された。

 べしゃり、と。



「あぁ、ラハ様ったら」


 潰れた頭に最後に入ってきたのは、鬼巫を非難するような緑の声。

 どいつもこいつも最高にいい女だったな、と。


 花扇が通り抜けた二本の線が(わだち)に似て。メタウが最期笑っていたとしても、轢き殺されたような死体の表情は誰にもわからなかっただろう。



  ◆   ◇   ◆


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