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法失き世界の人の道  作者: 大洲やとこ
第一幕 凡人の歩幅で
19/56

1-19.鬼巫と五色 ※鬼巫パート


 ※少し鬼巫(おにみこ)様パートが入ります。





 トローメ王国は、南西部の禁域を除けば水と緑の多い国だ。

 南半分は海に接していて、海路での交易で栄えている。

 北半分は左右の山脈が隣国との境界となっていた。明確な国境線などが引かれているわけではないが。


 左右山脈の間から南下すれば、トローメ北部最大の都市北府ヴォラスに当たる。当然守りは堅い。

 山越えでの侵略も過去にあったが、通れる場所が狭く大軍の運用ができない。

 いくつかの連絡拠点と関所となる砦を構え、外敵に対しては十分に備えていた。




 緑の山々の間を抜ける道は広いものではない。

 主要な街道であればともかく、不仲な国同士の境であれば誰も整備などするはずもない。

 トローメ王国北西部国境。

 山中に築かれた砦に向かう細道は、不意に現れた隣国ホスバルドル奇襲部隊の吶喊(とっかん)で揺れるようだった。



コッキノ()キュアナ()! 下がれ!」

「ういっす!」

「お願いします鬼巫(アハラマ)様!」


 砦に続く山道を一気呵成に詰め寄ってきた数百の敵軍。

 それに正面から立ち向かっていた二人の声音に喜色が混じる。


 キュアナの氷魔法が敵軍の足を止め、コッキノの炎を放つ拳が敵を押し返した。

 鬼巫アハラマの盾としての役割を果たした二人が命令を聞いて左右に飛び退く。役目を果たした満足感で口の端に笑みを浮かべながら。



  ◆   ◇   ◆



 押し戻されたとはいえ一時的なもの。数百のホスバルドル軍勢は止まらない。

 不意打ちで敵国の砦を落とす寸前まで来たのだ。あと一歩。

 陽動作戦により砦の守備兵はほとんどいない。救援に駆けつけたのも若い女が数名だけ。

 魔法を使うのは厄介だが、数百の人間を相手にどこまでも戦えるものではない。英雄でもなければ。


 一騎当千の英雄というならば軍を指揮する隊長がそれだ。

 ホスバルドルのメタウ将軍。

 この奇襲は捨て石ではない。勝ち目のある、価値のある作戦だとホスバルドル兵たちは信じている。


 たとえ敵がトローメ北部の守護者鬼巫アハラマの噂と合致しても、メタウ将軍に勝てるはずがない。

 鬼巫もその側近の美女も、まとめて倒してしまえばいい。運が良ければ好き放題になぶってやれる機会が自分にも巡ってくるかもしれない。

 功名心と性欲に沸いた集団は、隣の仲間に負けじとさらに勢いを増して突撃した。



  ◆   ◇   ◆



 ここの砦を抜かれればトローメ王国北の要衝ヴォラスの側面に繋がる。

 北府ヴォラスは王国北部最大の町であると同時に鬼巫アハラマ支持者の多い地盤だ。

 山間に作った堅牢な砦を隣国ホスバルドルに落とされては、北部地域一帯を不安定にさせてしまう。

 そこには鬼巫の生まれ育った里も存在する。


「次から次へと、後先を考えぬ嫌がらせをするものじゃな。黄帯派(きおびは)の賊臣どもめ」


 少女は小さく舌打ちをしながら、山道の左右の木々に飛び込んだ美しい配下の姿を確認した。

 ぎりぎりで間に合ったが、無理をさせた。



 北街道から北府ヴォラスに攻め寄せた連合軍を討てと命を受けた。

 思えば、一癖も二癖もあるトローメ貴族院の連中が、素直にアハラマを北部に派遣したのがおかしかった。

 鬼巫アハラマへの大衆人気を多くの貴族は嫌っている。ことあるごとに足を引っ張ろうとする。


 大国トローメの海賊行為への報復として北西ホスバルドルと東ベゼロイタの連合軍が攻めてきた。

 他国からの侵略に即応するのは当然だ。内部でいがみ合っている場合ではないと判断したのだろうなどと、甘い。

 連合軍と正面から向き合っていて、側面の奇襲に対応が遅れた。

 周辺砦の戦力を北府ヴォラスに集結させてまで敵に隙を作るなど、反逆行為だ。



 全て鬼巫アハラマへの嫌がらせの為に。

 それで国が滅びたら元も子もないだろうに。

 別の手を残しつつ、滅びたなら金だけ持って他国に逃げ延びる算段か。クズどもが。


「妾の花弁、散らすは(やす)いと(あなど)られたか」

「ラハ様、準備完了ですよ」

「羽虫を駆除します」

「うむ」


 先行したコッキノ()キュアナ()が遅滞させてくれた。

 アハラマの眼前でクロロテッサ()レフカース()が奥の手の準備を終える。

 この非常事態を前に、両手と唇を重ねていた二人の美女はアハラマに向けて頷き、両隣に立った。



 迫る敵軍勢を見据え、三人で揃えて手を打つ。


「――」


 無音の拍手。

 真っ直ぐに伸ばした指。右手の甲を左手の平に当てる。けれど音は立てない。


「「鬼座す左に緑声、白息や右。天に在りては大雲(たいうん)衣褄(いづま)のすれるも苛のごとし。鉤裂(かぎざ)舞鬼(まいおに)裳裾(もすそ)!」」


 あと数歩まで迫っていたホスバルドルの兵士たちは、何が起きたのかわからなかっただろう。

 見えぬ無数の風の刃が自分たちの体を、果物を切るように切り裂いたことなど。


 空から吹き付けた突風は数百、数千の刃となって彼らを飲み込み、腕を、首を、胴を切り刻んだ。

 細い山道を埋め尽くしていた軍勢が、一瞬で血溜まりに変わった。

 これが鬼巫アハラマの力。人類最高峰の魔法使い三人での合わせ技。連魔法。


 血の川に様変わりした山道に、呻く声もある。

 運よく――あるいは運悪く生き延びた者。

 仲間の体が盾になったか、鉄製の防具が致命傷から守ったか。

 肌の露出している箇所は鋭い刃物でなで斬りにされたようで出血はひどい。一瞬で絶命できた者の方が幸いだっただろう。



「走ってきてこれは……はぁ、疲れましたぁ」

「鬼巫様を(わずら)わせる下衆が……」


 ヴォラス北街道から西部の山間まで馬で駆け、一息つく間もなく力を振り絞る連魔法を放った。

 クロロテッサははふぅと息を吐き、レフカースは汗をにじませながら苦々し気に死体の山を睨む。


「レフカさん、彼らもお仕事をしていただけですよぉ」

「この羽虫ではありません。黄帯派のげ――」

「離れよ!」



 血溜まりの中から、血しぶきをあげて血の塊が飛び出した。

 鬼巫アハラマに向けて血塗れの死体が、まさに風のような勢いで襲い掛かってきた。


「っ!」


 鬼巫の命令は絶対。

 まき散らされた赤い血が目に入らぬよう袖で防ぎながら、クロロテッサとレフカースが飛び退く。


「小細工を」


 突っ込んできた血まみれのそれを、アハラマは胸元から抜いた花扇で払いのける。

 疲労した中で大魔法を使い、油断した一瞬の間隙に必殺の一撃。

 少し前までなら避けられなかったかもしれない。

 育てていた花が、状況は違うが敵の血を受けて手折られた苦い記憶があったから、血溜まりに不吉を感じた。注意を向けた。

 あれは今、この時鬼巫を守ったのだと思う。


「っ!? 軽い」


 花扇で打ち払った塊は、勢いだけはすさまじかったが、その速度のわりに力がない。空っぽの死体だけの。

 兵士の死体の山を利用して鬼巫を討つ為の仕掛けをした強者。それとはまるで見合わない。



「とった」


 最初にまき散らされた血しぶきの中に、その男はまぎれていた。

 ホスバルドルの英雄メタウ将軍。

 アハラマの足元、その小さな影の中に低く構えた姿勢で、花扇を振り上げたアハラマに必殺の一撃を放つ。

 鬼巫の一撃よりなお速い剣を振りぬいた。



  ◆   ◇   ◆


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