1-18.無償の変
アユミチさんはきっとわかっていない。
当たり前みたいにやっていることがすごくおかしいってわかっていない。
見ず知らずの女の人の為に泣いて、何の見返りもないのにお墓を作ってあげるなんておかしい。
死病にかかった貧民の子供に奇跡の薬を与えて、優しく気遣う言葉をかけてくれるなんておかしい。
普通じゃない。
普通じゃないのに、アユミチさんはそれが普通だって思っている。
この人はおかしいし怪しいし、危うい。
一緒にいるムンジィというおじさんもそう感じているみたい。
イサヤのお母さんが泣いている私を拾ってくれたのは、イサヤの為だ。
苦しくて泣いてしまうイサヤが強がれるように。少しでも気がまぎれるように。
道中で何かあった時、同行者がいれば危険が分散する。
若い女で逃げ足が遅いなら、そちらが捕まっている間に自分たちは逃げられるかもしれない。
そういう打算もあったと思う。別に悪いことじゃない。
ノノさんはイサヤを助ける為に私を拾った。
アユミチさんは違う。理由がわからない。
あんまり強そうじゃないのに、どうしてか自信があるみたいに捨て森に行くって言う。
何かやらなきゃいけないことがそこにあるみたいに。
捨て森なんて何もかも失った人が行きつく場所。何もないのに。
本当に神様の使いなのかもしれない。
そうじゃなきゃ納得できない。
だから一緒に行くことにした。帰る家もないし、他にどうすればいいのかわからない。
きっとイサヤもムンジィさんも同じ。
出会って数日も経たないと言うのに、忌まわしい捨て森で先頭に立ってアユミチさんの道を拓くムンジィさん。
役に立ちたいんだと思う。
町から追い出された病人だけの集落に、いきなり助けになりたいなんて言っても困惑されるに決まっている。
なんのために? どうやって? 命がけの冗談だとしたら気味が悪い。
アユミチさんに得があるって説明できれば相手も理解できたと思うけど。
イサヤが一生懸命訴えた。自分が助けられたって。
役に立ちたい。
役に立たなきゃ捨てられちゃう。
またひもじくて惨めな気持ちになりたくない。怖い。怖い。
だから私も一緒に説明した。
アユミチさんは、わけがわからないし怪しいし気味が悪いけど、本当に病気を治せるんだって。
たぶん門番のトバさんは余計に混乱したんだと思う。
目的がわからない。事実とは信じられない。
だけど自分が病気にかかるかもしれない捨て森に来て、病気っぽい子供を並べて病気を治させろって要求する。
意味がわからない。
うまく説明できないのは、私もアユミチさんのことがわからないから。
普通じゃない。
だから神様のお使いなのかもしれない。本当に。
なんの見返りもなく人を助けたいって思っている、本当にただ善い人。おかしな人。
門番さんもおばあさんも困ったみたい。
とりあえず門番さんが、自分が実験に付き合うって言ったら……
――あたしが試されてアゲルわ。神様のお使いさん。
長い黒髪に灰色の瞳のお姉さんが声をあげた。
甘ったるい声。人を引きずり込むような瞳。なにか、どうしてか、すごくイヤな感じがする。
瞳の中に何かの文字が見えた。
この人、魔眼持ちだ。
たまに不思議な力を持つ人が産まれてくる。魔法とかとは違う特殊な力。
力を使う時に瞳に文字が出ると聞いたことがあった。見たのは初めてだけど。
近づいてくる彼女――アスパーサさんの力がどんなものかわからない。
でも、なんだか怖い。
怖いって思ったらアユミチさんが私の肩に手を置いて、当たり前みたいに前に立ってくれた。
庇ってくれた。
また守ってくれた。何の役にも立たない私を。
――よくまあアスパーサの前に平気な顔で立てるもんさ。
お婆さんが呆れたみたいに、諦めたみたいに、集落の全員で試すって言ったのは理由がある。
アスパーサの魔眼【夢夜の吐露】は、相手を素直にしちゃうんだって後で聞いた。普段なら言わないような胸の内を言葉にしちゃう。
異性限定で、使えるのは一日に一度だけ。
病気になる前のアスパーサはその魔眼で嫌われたり、自分のお仕事に役立てたりしていたと言っていた。どんなお仕事なのかは教えてくれなかった。気分の悪そうな話で聞こうとも思わなかったけど。
素直になって本心を話しちゃうなんて怖い。
そんなアスパーサの前でもアユミチさんの言うことは変わらなかった。
本物で、本物のバカ。
本気で助けたいって思ってるだけ?
普通じゃない。おかしい。狂ってる?
アユミチさんの気持ちを疑っていた自分が恥ずかしい。
きっと私、病気が治ったらアユミチさんにエッチなことされちゃうんだって思ってた。ごめんなさい。
カヨウは反省しました。
これからは本当にアユミチさんの役に立てるように頑張るから。だから捨てないで。
アユミチさんはお仕えする女神様に身を捧げているんだって聞いて、納得したのとがっかりしたのが半分ずつ。
女神様相手じゃ勝てっこない。
せめて邪魔にならないようにいっぱい頑張るから、カヨウをお傍に置いて下さい。アユミチさん。
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