1-21.花の弔い ※鬼巫パート
「部下だけ死なせて逃げ帰ったなどと言われずに済んだじゃろう」
死体を一瞥し、花扇を一振りして穢れを振り払った。
持ち手に提げられた五つの花玉が揺れ、香りを巻く。血の臭いを掻き消す。
「御手を煩わせなくともわたくしにお命じ下されば」
「妾のすることに不服があるか、レフカース」
「……いいえ」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないですかぁ」
ねえ、と。
跪くレフカースを庇うクロロテッサに、ふんとアハラマは口を尖らせた。
「腹いせじゃ。あるいは手向けじゃな。六枚目のことがなければ不意をつかれていたかもしれぬ」
「……」
「ファニアちゃんのこと思い出してたんですかぁ。お別れの挨拶もしなかったのに」
「斑徂症に罹った者がアハラマ様に会えようはずがない」
今度はレフカースがアハラマを擁護するように。
クロロテッサはアハラマの幼少期からの世話役で、幼い頃の呼び名でアハラマを呼ぶ。
花札の中で最もアハラマに遠慮がない。
「アー様のをまともにもらって形が残ってるなんてすごいじゃん。あー、グロ」
「生かしておく必要はありませんでしたけど、できれば顔は残しておいてほしかったです。鬼巫様」
コッキノとキュアナも死体を見てそれぞれの反応を見せる。
「なんじゃ、好みであったか」
「まさか。好みはアハラマ様です。キュアナの身は鬼巫様のもの」
「何か理由があったか」
「有名な敵将というのもありますが。せっかくですから首を黄帯派の方々への贈り物にすれば、今後の関係の慰みになるかと思いましたので」
「うぇ、キュアナえっぐ」
なるほど、と頷くアハラマの背中にするっと入り込むマベラ。
黒髪の彼女はアハラマとよく似ている。似せている。鬼巫の影として育てられた五色の黒。
影に潜み、気配を殺して常にアハラマの死角を守っている。
コッキノが一度役割を代わってみたいと言ったが、寝相の悪さで却下されたことがあった。
赤のコッキノ。青のキュアナ。緑のクロロテッサ。白のレフカース。黒のマベラ。
鬼巫を守る選ばれし花札。鬼巫の里の女たち。
里以外でも、鬼巫自身が花を選ぶこともある。六人目。
広く五色として有名なのと、黒の花札が影役で表に出ないので五人目と思われているだけ。
その六枚目の花弁は失ってしまったが。
「そういう使い道もあったか」
「彼らの豪奢な食卓に並べてもよかったかと。お料理の蓋を開けたらあらまあ、と」
「やめやめ、キュアナの発想怖いんだよぅ」
「食えぬ豚どもが肥え太っている姿は醜いだけですからね。少しは痩せさせてあげたいでしょう」
溜息交じりのキュアナと、腹の辺りを押さえて渋面になるコッキノ。
食卓に並べるのはともかく、肝を冷えさせるくらいの仕返しはしてもよかったかとアハラマも考える。
先代から鬼巫を継いで数年経つが、嫌がらせが度を過ぎてきている。
「こやつ、知っておったな。花札の欠けを」
「都の密偵が報告しているかと」
「それだけで攻勢に出たとは思えません。十中八九……いえ、まず間違いなく貴族院黄帯派からの情報でしょう」
レフカースの推定をキュアナが補足して溜息をつく。
国外より国内の敵の方が多い。
実際の数ならもちろん国外の方が多いに決まっているが、関わる頻度がまるで違う。
「先代様も貴族院で便宜を図って下さっていますが、あれは奴らの庭。毒沼をかぐようなものですから」
「砦の狼煙を知らせてくれた子は先代様のこと大好きって感じでしたねぇ」
「妾も少しでも助けになればと思ってはおるが、なんともな」
鬼巫アハラマが活躍すればするほど敵意も増す。
幼い国王に腐敗した貴族を制御することはできない。先王が海で死んだ為に幼くして即位し、今はまだ十を少し過ぎた程度。
上が腐って割りを食うのは現場ばかり。あるいは国民たちか。
「またおかずが減るのはやだなぁ」
「すまぬなコッキノ。実権のない名誉職ばかりで」
「愚か者! アハラマ様に頭を下げさせるなど恥を知りなさい!」
「いやごめんってばレフカ。頭は下げてないじゃん」
「あなた……」
「レフカースもすまぬな。先ほどのは妾の八つ当たりじゃ」
「あ、や……その……」
「レフカが主様に謝らせた」
ぼそりと、それだけ言う為に顔を出したマベラにギラりと鋭い目を向けてから、アラハマに向けて大きく首を振り直して、
「滅相もございません。アハラマ様の御心が安らぐのであればこのレフカース。どのような責め苦も喜んで頂戴いたします」
「差し当っては先の連魔法の色直しじゃな。急いでいたゆえ符ではなく妾の身を用いた」
鬼巫と花札は魔法を使う際に符を用いる。
杖を使う魔法使いもいれば、血や髪の毛などを用いる者もいるが、鬼巫に伝わるのは符だ。
急に連魔法、合わせ歌を使うことになった為、符ではなくアハラマの身を代わりとした。絵描きで言えばきゃんばすだ。
体の中心、ヘソの周りや心臓周りなどにわずかなむず痒さがあった。服を脱げばアハラマの肌にクロロテッサとレフカースの歌字が刻まれているはず。
放っておいてもそのうち消えるが、できれば吸い出してほしい。
疲れを癒すのも合わせて、皆で寝所で。
「あっはらま様のっ……はい、謹んで……」
「今日はみんなで砦にお泊りですねぇ」
「北府に回されていた守備兵も、数日中にはこちらに戻れるでしょう」
「死体はキュアちゃんの魔法で流れちゃったから、後で兵士さんたちに使えそうなものだけ拾ってきてもらいましょうか」
「あー、あたしこいつの刀だけ拾ってくる。あれ売ったらごはんいっぱい食べられる?」
「きちんとした武具店で売れば。下町で売ってもまた二束三文ですよ」
白い顔を朱に染めるレフカースをよそに、のんびりとした花札たちの会話。
死体に用事はないが、武器や装具は利用できる。
敵の衣類なども、潜入する際には役に立つ。無駄にすることもない。
「今日はこんなところじゃな」
アハラマの吐いた息は、自分が思った以上に深くなってしまった。
今日のところは。
いつも、いつも。愚にもつかないことで振り回されているばかり。
この国は腐っている。他国も大差ないと聞く。この世界は腐りきっている。
いつになったら終わるのか。
「……」
ふと南を見やった。見えるわけもないが、南の空を。
アハラマの手からむしり取られた花のつぼみは、今頃その空の下で死を迎えているのだろう。
詫びるつもりなどないが、悔いがないとも言えない。
「妾が、いずれ……」
この国を、世界を変える。
道義の欠片もない醜悪な蛆虫が貪る世界を変革し、あるべき道に正す。
先代が、さらにその先代から受け継いできた悲願。
それを成す為の道筋もわからず、今はこうして振り回されているだけだが。
「まだ足りぬが、いずれ必ず」
トローメ北部は南部より立場が弱い。経済力が弱い。鬼巫人気は高くても国全土への影響力が弱い。
南部でも何か伝手があれば、トローメ全体に影響を及ぼすことも叶うかもしれない。
だからこそ、貴族院やエクピキ教団黄帯派が鬼巫の台頭を許すわけもない。南部には入り込めない。
「落ちた蕾に咲けと祈っても詮無きこと」
南部出身の、中央とほぼ関りのない家の娘だった。生まれ育った隠れ里の者以外で、アハラマが初めて手を伸ばした女。
アハラマが拾ったりしなければ、あれが奸計にはめられることもなかったか。
哀れな娘の為に一度だけ、花扇を広げて南に向けて大きく扇いだ。
別れも弔いもしてやれなかった六枚目の花札に届くように。
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