11-5:織田信長:ヤバい病気
“承認”ボタンが“承認済み”に変化した石板を前に、三人で顔を見合わせた。
投票を確定する前に確認が入るのは普通の事だ。念を押して二度目があるのも、まあ珍しいという程ではない。しかし三度となると、少なくとも俺は初めてだ。
「なんだったんだろうな? そんなに念を入れて確認するような内容じゃないと思うんだが……」
そう言ってモトヤスが首を捻っている。
先にも言ったとおり、投票メールで注意すべき点は賛成と反対のどちらにチェックを入れるのか、それを勘違いしないことだ。そこさえ間違えなければ、後はそれぞれの項目に対する個人の賛否なので、急な心変わりでもない限りそうそう訂正する必要は生じない。
そして今回の投票内容は、心変わりなどある筈の無いものばかりだった。
例えば『ポータルの限定的解禁』。
現在、階層ごとに設置されているポータルは帰還時にしか使用できず、往きは一層ずつ踏破していかなければならない。四十五階層の中ボスに挑戦するには、“山麓の村”から延々と五階層分を歩くのだ。もちろん途中で雑魚モンスターとの戦闘もある。中ボスに挑むのだと意気込んでいる時に、レベル補正のせいで殆ど実入りの期待できない低層のモンスターと戦うのは煩わしいことこの上無い。どうしてこんな仕様にしているのかと常々不満に思っていて、ポータル解禁を要望として上げていたのだ。
今回は限定的解禁との事で、下一桁が三、六、九の階層へのポータルが解禁される。ケチらずに踏破済みの全階層を解禁してくれとも思うが、限定的とは言え解禁されるなら助かるのは間違いない。迷うことなく“賛成”だ。反対する奴なんかいないだろう。
例えば『ボス戦中継機能の追加』。
録画機能は無く、リアルタイムの中継のみとなるが、他のパーティーのボス戦を安全な場所から観戦できるようになる。但し、配信者側と視聴者側の間で視聴契約を結ぶ必要があり、一回ごとに視聴料も払わなければならない。これだけなら協力関係になるパーティー同士で相互に契約すれば視聴料が行ったり来たりするだけなのに、嫌らしい事に配信者側は“配信料”として通貨を消費する事になる。無制限に行えばプレイヤー全体の通貨保有量はじわじわと減っていく仕組みだ。
とは言え、他のパーティーの戦闘風景を見て研究すれば攻略が捗る。
不要であれば端から契約しなければ良いし、途中で不要になれば契約停止も自由なのだから、機能追加に反対する理由は無い。
こんな具合に、他も賛成と反対が分かれる余地が無いようなものばかりで、特に『餓死のデスペナルティをグレードアップ』という運営側からの提案、これ誰が賛成するんだ?
「創造神の病気がステージ進行して発作が強くなったから、それを再現している餓死ペナルティも相応なものにグレードアップしたいって……」
「これに賛成する奴はいないよなぁ」
「いやまて、あの人ならもしかして」
「……真理恵さんか?」
「あー、あの人なら有り得るのか? Mってのがどこまでガチなのか判らないけど……」
「あの時の肉奴隷って本気だったと思うか? もし本気だったとしたら惜しい事をしたような気が」
「言うな。本気だったとしても俺達には無理だ」
「三人でってのはなぁ……男女の仲が原因でパーティー崩壊なんてのは御免だし」
「VR風俗で済ませておくのが一番だよな」
……話が逸れたが、餓死ペナルティのグレードアップだって全員一致で反対だ。
堅実にプレイしていれば食費くらい簡単に稼げるから俺達が餓死する事はまずないとは言え、万一を考えればわざわざペナルティを重くするなんて選択は有り得ない。肝心の『痛覚再現の緩和・撤廃』は除外しているくせに餓死ペナルティをぶっこんで来るなんて、いくらマイナーな自分の病気を知って欲しいからって、創造神も目が曇っているんじゃなかろうか。
「そういや創造神の病気、なんていったっけ? “自殺病”だったか?」
なんとなくの呟きに「それは非公式の略称だ」とモトヤス。
「正式には“自死誘発性幻激痛症候群”、肉体的には何の異常も無いのに、激しい痛みを……幻痛を感じ続けるそうだ。しかも発作を起こすと幻痛のレベルが跳ね上がるらしい」
「お前がそういうのに詳しいのは意外だな」
「高校の頃に隣のクラスの奴がこれに罹ったらしくてさ。ちょっとした騒ぎになって、んで、気になったから調べたんだ」
「自殺病が略称で、正式には自死誘発性? 物騒な名前だな」
話に乗ってきたヒデヨシにモトヤスは「実際物騒だぜ。死病だからな」と返す。
「脳に問題があるんじゃないかって推測はされているけど、今のところ原因は判っていないし、だから治療法も無い。おまけに薬物による鎮痛も効かないのナイナイ尽くしだ。頼みの綱の仮想世界への避難も制限付きらしい。この病気に罹ると、幻痛から逃れるのは不可能と言われている」
「うひゃ……」
「で、ステージが進むと幻痛はどんどん酷くなっていく。患者は幻痛に耐えるしかない。耐えられなくなったら……“死んだ方がマシ”って事になる」
「それで“自死誘発性”なのか……」
「餓死のペナルティはステージ2を再現してるんだったかな? 進行したって事は創造神のステージは3か。ステージ3の生存率は確か50%くらいだった筈」
「半分は“死んだ方がマシ”か。創造神大丈夫なのか?」
「耐えきるか、死を選択するか……耐えきったとしても次のステージがあるからなぁ……生存率はどんどん下がるぞ?」
ゾッとするような話だ。
“自殺病”なんて物騒な略称ですら、病気の本質の物騒さには遠く及んでいない気がする。
「な、なあ、それで、最終的な生存率ってどのくらいなんだ?」
「最終的って言い方が相応しいのかは判らないけど……確認できているのはステージ6までで、ステージ5以降の生存者は一人だけだ」
「一人? 何パーセントじゃなくて、一人、なのか?」
「母数が判ればパーセントも出るんだろうけど、もうその一人は例外になってて、ステージ4までで致死率百パーセントってことになってるらしい」
「じゃあお前の隣のクラスだった奴って……」
「死んでるだろうなぁ。どうにか大学進学までは漕ぎ着けたらしいけど、いつの間にかいなくなってたそうだし、成人式には来なくて同窓会の報せにも返事は無かったってことだから……俺は直接の知り合いじゃないから知らんけど」
「ヤバい病気なんだな」
語彙が乏しい俺にはもうヤバいとしか表現できない。
「ああ、ヤバいよ。事例を調べれば調べるほどヤバい。自分の健康に感謝したくなるくらいヤバい」
そうしてモトヤスが語った事例は確かにヤバいものばかりだった。
ステージ1の頃は、全身に幻痛を感じつつ、それでも耐えるのはまだそれほど難しくないらしい。平均的な忍耐力があれば活動に支障をきたさない程度。にも関わらず、大半の患者は外出を控えるようになる。これは、皮肉にも症状としては正反対な無痛症患者と同じ理由だ。無痛症患者は痛みを感じないが故に日常に潜む危険に鈍感になる傾向があり、また、例えば不注意でどこかにぶつかったり引っ掛けたりして怪我をしても気付けない。すぐに治療すれば簡単に治るような怪我を放置してしまい、重症化を招いてしまうこともある。故に無痛症患者は外出を控えるようになるのだが、自殺病患者は逆、“常に全身が幻痛に苛まれているため、怪我をしてもどこが痛いのかを個別に認識できない”から外出を控えるようになる。
ヤバい。