11-4:織田信長:承認投票
11-4~6は、プロローグ以来一年ぶり、織田信長視点となります。
第四十一階層、“山岳”ステージの拠点となる“山麓の村”はざわついていた。
全プレイヤーに対して送られた運営メールによって、『エクスプローラーズ』の製作と運営の最高責任者、病気の発作によって登場が遅れていた阿部雄二がとうとうログインして来たと知らされたのだ。
普段は過疎化激しいゲーム内掲示板も、『創造神、ついに降臨!』と大変に賑わった。
創造神、阿部雄二。
完全没入型VRでダイブする仮想世界は、作り物でありながら事実そこに一つの世界が存在するのだと錯覚させるだけのリアリティがある。また、いくつかのタイトルのクレジットには『Y・Abe』と表記され、これを少しばかり強引に『ヤーヴェ』と読み替えると、とある宗教の創造神の名のいくつかある読み方の一つに合致する。これをして、阿部雄二にはいくつもの世界を作り上げた“創造神”という異名が冠せられるようになったのだ。
難病を発症して一時期業界から身を退き、しかし再度登場したと思ったらあれよと言う間に『エクスプローラーズ1stステージ』をリリースし、仮想世界の時間加速技術DPS・kantanの構想を発表した。さすがは創造神だと界隈を騒がせたものである。
「創造神が来たからにはちょっとはマシになるんじゃないか」
そんな囁きがあちこちから聞こえてくる。
俺もそれには同感だ。
正直言って今の『エクスプローラーズ』は厳しい。加速実験用の特殊バージョンだからと追加されたいくつかの仕様が攻略を阻んでいるのだ。これについては運営に要望として出しているのだが、細かな問題については要望の有無に関わらず迅速に対応してくれるくせに、肝心な部分では妙に腰が重くて放置されている。それもこれも運営の最高責任者、創造神阿部雄二が不在だからなのだろうと噂されていた。大きな問題だからこそ、創造神の裁可無しには手を付けられないのだろうと。
そしてついに創造神は降臨し、運営からは『対応を先送りしていた要望について、検討を開始しています。また運営側での変更を含め、近日中に承認を仰ぐ予定ですので、いましばらくお待ちください』と発表された。
承認というのは、いつの頃からかMMOのタイトルで採用されたユーザー満足度向上のための仕組みだ。ゲームをプレイしたユーザーは『ここはこうして欲しい、あそこはこのように変えて欲しい』と運営に要望を出す。多くは感じた不満点を挙げ、それを解消しようというものだ。
しかし、多くのユーザーがプレイしていれば感じる不満も千差万別となる。
あるユーザーの不満を解消した結果に対して、今度は別のユーザーが不満を感じ、「元に戻してくれ」と要望を出すケースも多いのだ。
一例として挙げるなら、武器の強さ問題だろうか。
どのゲームにも様々な武器が登場して、そのそれぞれに“強さ”が設定されている。個別の武器についてもそうだし、同種の武器を纏めた系統についてもそうだ。理想としては、異なる系統であっても同ランクに位置する武器であれば、どれを使っても同じくらいの強さになるのが望ましい。
しかし全てがそう上手くいくものではない。
あるゲームでは『双剣』が他に比べて強過ぎて、パーティーの募集は双剣装備一択に染まってしまった。また、あるゲームでは『太刀』が弱すぎて地雷武器認定され、これを装備していると誰もパーティーを組んでくれない状況になってしまった。
これらに不満を感じたプレイヤーから『双剣を弱体化してくれ』とか『太刀を強化してくれ』と要望が出る。ゲームバランスを取りたい運営は、もちろんこの要望に対応していくのだが、その結果にもやはり不満は出てしまう。
双剣が強過ぎるからと下方修正された場合。
双剣が強いなら、その強い武器を前提とした効率の良い戦闘方法が既に確立されているのに、下方修正によっていきなりそれが通用しなくなってしまう。違う戦法を模索しなければならないじゃないか、どうしてくれる! との不満が出た。
太刀が弱いからと上方修正した場合。
上方修正は概ね歓迎されるのだが、一部のマゾプレイをしていたプレイヤーが不満を漏らした。要は「弱い武器を使っているのに強い俺凄い」をしていたのに、武器そのものが強くなってしまったら意味が無いじゃないか、と言うのだ。ここまでくると難癖でしかないが、プラスの修正をしてもどこからか不満は出るのだと示す好例だろう。
修正に対する不満を受けての再修正。その後にまた再修正、再修正、と繰り返し、最終的に丁度良い塩梅に落ち着かせるのが運営の腕の見せ所ではあった。が、落ち着くまでの期間、不満は燻り続ける事となり、「こりゃ駄目だ」と引退してしまうプレイヤーだって確実にいる。
だから運営としては落ち着くまでの期間をできるだけ短縮したい。
そこで採用されたのが“承認制度”。
『双剣が強過ぎるとの指摘があり、下方修正を検討している』などと予めアナウンスし、ユーザーから賛否の意見を募る。賛成多数であれば承認されたとして採用し、反対多数であれば採用を保留して別案を検討する。最少回数の修正で落ち着かせるのだ。
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翌日の昼、パーティーメンバーと共に“山麓の村”の食堂で昼飯を食っているところに承認メールが届いた。昨日の今日だ。さすが創造神、仕事が早い。
さっそくメニューウインドウを開いて。
「なんだこのアイコン。無駄に煌びやかだな」
承認メールを示すアイコンを一目見て、思わずそう言っていた。
他のメールは一般的な封筒アイコンなのに、今回の承認メールだけは金色の箱型だった。担ぐための棒が両側面に付いている。
「これはあれだ、聖櫃だ」
ヒデヨシがしたり顔で言う。
「アーク? “失われた”?」
「そういやあの映画のアークはこんな感じだったな」
モトヤスが口にした“失われた”で思い出した。近年リメイクされた往年の名作映画にそういうタイトルの作品があり、その中に登場した聖櫃と呼ばれる古代の宗教的遺物がまさにこういう金色の箱だった。
「神からの言葉が刻まれた石板を収めた箱がアークだっけ?」
「確かそんな内容だったな」
「だからこのアイコンなのか。創造神、芸が細かい」
宗教的逸話によれば、石板に言葉を刻んだ神こそが『ヤーヴェ』とも呼ばれる創造神となっている。阿部雄二が自分の異名になぞらえて、承認メールをこんなデザインにしたのなら洒落が効いている。
「て、ことは」
やっぱりだ。
アーク型アイコンをタップして開封すると、現れたのは無味乾燥なメール本文などではなく、重厚感のある石板の画像だった。迫力たっぷりに画面一杯を埋め尽し、上下は見切れてしまっている。左右は浮彫の装飾が仰々しく施され、記されている文字も石に刻み付けたかの如き独特のフォントが用いられていた。
「凝ってるなぁ……これ一晩でやったのか?」
「創造神の事だから素材は予め用意しておいたんだろ。それよりも内容を確かめようぜ」
宗教的故事に倣っているのか、石板には十の項目が並んでいる。
一番下には石材的に表現された“承認”のボタン。このボタンを押すと十項目全てに纏めて賛成したことになってしまうから注意が必要。項目を個別にタップすればより詳しい内容が表示されるので、きちんと読んだ上で「これは受け入れられない」となったら「反対」にチェックを入れる。すると石板画面ではその項目が塗り潰されたような反転表示になり、“承認”ボタンを押しても投票から除外されるようになるのだ。
「反対ならチェックだぞ。間違えるなよ」
「OKOK大丈夫だ」
この形式、承認を諮る項目が多い場合には良く使われるのだが、反対ならチェックを入れるのか、賛成ならチェックを入れるのかは作品によってまちまちだ。うっかりすると正反対の意見で投票してしまったりするので、どちらなのかはよくよく確かめなければならない。
十の項目を読み終えて、反対の項目にはしっかりとチェックを入れた。
ヒデヨシ達の石板を覗き込んでみると、三人とも賛否は完全に一致していた。
まあ、そうなるよな。
と、言う訳で“承認”ボタンをポチリ。
『あなたの投票が確定されます。間違いはございませんか? 今一度確認のうえ、間違いが無ければ“OK”を、訂正を行うなら“戻る”を押してください』
無い無い。間違いなんて無いよ。
“OK”をポチリ。
『あなたの投票が確定されます。本当に間違いはございませんか? 今一度確認のうえ、間違いが無ければ“OK”を、訂正を行うなら“戻る”を押してください』
念入りだな。
だから、間違いは無いって。
“OK”っと。
『あなたの投票が確定されます。本当に間違いはございませんか? 最後に今一度確認のうえ、間違いが無ければ“OK”を、訂正を行うなら“戻る”を押してください』
くどい!
間違いなんてある訳ないだろ!
“OK”だ!
『投票ありがとうございました。あなたの投票は確定され、以後変更はできませんのでご了承ください。集計結果は後日運営メールにてお知らせします』
やっと終わった。
随分としつこかったな。
現実の宗教とは無関係の架空の宗教です。




