11-6:織田信長:投票結果発表
自殺病は病気の苦しみから逃避できないのもヤバい。
不治の病にかかっていても、一時的な享楽に逃避するくらいはできる。
酒に溺れたり、性の快楽に耽溺したり。
しかし、自殺病患者にはそれすら許されない。
ステージが進んで幻痛が酷くなると、患者は痛みに耐えるのに精一杯になってしまう。耐え切れなくなれば“死んだ方がマシ”となって自ら死を選ぶような状況でギリギリ踏み止まっているのだ。凄まじいまでの忍耐を発揮している。
そこで酒など飲んでしまったら。
酒がもたらす酔いは、忍耐に綻びを生む。
幻痛に耐え、生に踏み止まっていた患者が、酔いのままに自殺してしまった例が数えきれないほどあるらしい。
マジでヤバい。
そして性的な快楽。
これは……まあ、うん。
想像できる限りの激痛を想像してみて、それを必死に我慢しているとも想像してみる。その状態でエロ動画を見て、勃つかって話だ。無理だろ。
オナる事すら不可能とする自殺病、ヤバ過ぎる。
その上、終末医療の最後の砦とさえ言われる完全没入型VRの仮想世界へ避難するのも難しい。VR機器は体からの感覚信号は遮断してくれるけれど、自殺病は脳そのものに原因があるらしく、仮想世界にいても幻痛からは逃れられない。原因不明だからどういう事になっているのかも判らないなりに、いくらかの軽減はあるらしい。でも幻痛のレベルが上がれば機器が異常脳波を検出して強制ログアウトされてしまう。医療協会が行っている重篤患者用のセーフ機構解除が効果を発揮するらしいが、ステージが進むと脳波が安定せずに、そもそもログイン自体できなくなるというのだから……もう救いようが無いくらいにヤバいではないか。
ヤバいヤバいと言っている俺とヒデヨシに、モトヤスは暗澹たる顔を向けた。
「ステージが進むほどにヤバくなるのは言うまでもない。けど、もっとヤバいっつーか、可哀そうなのは実は罹り始め、ステージ0なんだよなぁ」
「0?」
「うん。幻痛が全身に回って常時発生するのがステージ1なんだ。つまり、0だと部分的な幻痛が間を置いて断続的に発生する」
「それが可哀そうってのはなんでだ? いや、後々ヤバくなっていくんだから間違いなく可哀そうなんだろうけど……」
「お前らはさ、ある日いきなり腹が凄え痛くなったらどうするよ? 高校の、授業中って想定でな?」
「高校? 隣のクラスの奴の話か? そりゃ……保健室に行くだろ」
「痛さによっては救急車か」
「そうなるよな? 保健室にしたって、痛がりようによっては養護教諭が救急車呼ぶよな? んで病院に担ぎ込まれて診察を受ける。でも、体には何も異常は無い。そして時間が経てばいつの間にか痛くなくなる」
「ふん?」
「で、それが繰り返される。痛む個所はランダムに変わるけどな。これ、周りからはどう見えると思う?」
「どうって……」
授業中に、いきなり腹が痛いと騒ぎ始めた奴がいる。
あまりの痛がりように救急車が呼ばれ、そいつは病院に連れて行かれた。
しかし診察の結果は“異常無し”。
そしてなんら処置を施していないのに、本人は「あれ? 痛くなくなった」と言う。
日を置いて、痛いと訴える箇所は変われども、同様の事が繰り返されたら?
「……人騒がせな仮病野郎、か」
「隣のクラスの奴はまさにそういう扱いをされた。居た堪れなくなって不登校気味にもなったようだな」
「いやでも、それ無理もないんじゃないか?」
「ああ、そいつが自殺病だって前提で話を聞けば周りの奴らは酷いと思うけどさ、そうじゃなければそうなって当たり前だって」
俺とヒデヨシが口々に言えば、モトヤスも「そうなんだけどな」と頷く。
そもそも痛いや苦しいは自己申告だ。
他人の痛みは誰にも判らない。
外から見て判る怪我をしていれば、過去に自分が負った事のある怪我の痛みと比較して想像する事はできる。でも自殺病患者は痛みの元になる怪我をしていない。
医師の診断で内にある病気が特定されれば、その病気の持つ一般的なイメージから痛みを想像する事はできる。でも自殺病患者は痛みの元になる病気に罹っていない。
怪我も病気もなく、ただ痛みだけを訴える。
可哀そうだが、これじゃあ仮病と思われるのが当たり前だ。
「医者だって困るよな。どんだけ精密な検査をしたって異常はなんにも見つからないんだから、異常無しと告げるしかない。だからまあ……何年か前までは仮病や詐病扱いだったから、そういう扱いのまま自殺しちゃった人が何人もいたんじゃないかと思う」
幻痛に苦しめられ、それに耐えながら、周囲からは仮病野郎と蔑まれる。
痛みよりも、その状況に絶望して死を選んだ人もいたんじゃないか?
いやまて?
「その何年か前に何があったんだ? “まで”ってことはそこで状況が変わったんだよな?」
「ああ。症状が具体的に確認されて、仮病や詐病ではないと証明された」
「どうやって? 他人の痛みなんて誰にも判らないだろ」
「いいや、今はもう他人の痛みが判るんだ。さっき話題になったろ。餓死のペナルティ。あれさ」
「あ? ああ!」
「完全没入型VRで味覚を再現するために、感覚信号を採取する技術は随分前からあったんだ。どこかの機器メーカーがそれを応用して、痛覚の信号を採取できるようにした。それで初めて自殺病患者が真実痛みを感じていると証明されたんだ」
「なるほどなぁ……」
「そこから発展して自殺病以外にも症状が確認された病気がいくつかあったらしい」
そっちは詳しくないんで説明はできないけどな、とモトヤスは締め括った。
ふう。
モトヤスがこういう話をできるのは意外だったな。
しかし……外から見ても内を診ても異常が無く、脳を原因として異常な感覚だけが発生する病気か……。
確かに自分の健康に感謝したくなるような話だった。
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数日間、“山麓の村”は弛緩したような空気に包まれていた。
運営は承認投票の結果を近日中に発表するとしていた。
繰り返しになるが、承認投票の内容はまともなプレイヤーなら意見の割れ様のないものばかりだったから、近日中に攻略環境がガラリと変わるのは確定している。ポータルの限定的解禁だけでも、三階層分の労力が省かれることとなる。それが決まっているのに一階層ずつ踏破していく手間をわざわざかけるか? いくら賞金レースの最中とはいえ、そこまではできない。他のパーティーが我武者羅に攻略を進めるようなら釣られたかも知れないし、それを警戒して動向を探る為に“山麓の村”からは離れられなかったが、レース開始後初めての休暇とばかりに日がな酒場でまったりと過ごしていた。他所のパーティーには“海辺”ステージまで引き返して海水浴を堪能してきた猛者もいるらしい。
そして、今日、ついに来た。
“山麓の村”、プレイヤーの数と同じだけ運営メールの着信音が奏でられる。
一斉にメニュー画面を開くプレイヤー達。
今回の運営メールは創造神名義ながら普通の封筒アイコンだった。
中身もいたって普通な事務的なメール画面。
『先日行われた承認投票の結果をお知らせします。賛成過半の項目は採用となり、ゲーム内時間、本日24:00をもって適用されます』
そのような前文に続いて、承認が諮られた各項目の結果が並んでいるのだが。
判り切った結果をただ確認するだけのつもりで流し見て。
「は? はああああ!?」
「なんだこれ、ふざけてんのか!?」
「どういうことだよ!? 運営、おい、運営出てこい!」
“山麓の村”はプレイヤーの悲鳴と怒号に満たされていた。
間違いなく、後続がいる“浜辺の集落”もこうなっているだろう。
メールには十一の項目について投票の結果が示されている。
その内の十は俺も知っている内容だし、投票結果は予想した通りだった。
しかし十一個目のこれは……なんなんだ?
『プレイヤー様からの要望にありました、ゲームフィールドでの痛覚再現率を100パーセントにして欲しいという件は、賛成過半により採用されました』
こんなの俺は知らない。
賛成した覚えが無い。
一方その頃の城太郎。
「雄二さん!? なにやってくれちゃってんの!?」




