5-7:Mじゃなかった
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「真理恵さん、一応の確認だけれど、Mというのは被虐趣味のMで合ってる?」
「合っていますが……驚きませんね?」
「そりゃあまあ、アレを見た後なら」
俺が真顔で返したからだろうか、真理恵さんは不満そうだ。
しかし真理恵さんがMなんてのは今さら過ぎる話だろう。
屍食花の蔦に恥ずかしいポーズで拘束されてビシバシ鞭打ちの如く打擲されながらアハンウフンと大喜びしている変態がM以外のなんだと言うのか。まさか攻めと守りのどちらかと言えばMなんです、なんていうボケではあるまいと思って本当に一応の確認として問い掛けただけだ。
あくまでも平然としている俺の態度に「いえ、私はMだと思っていたのですけれど……」と思わせ振りなタメを入れつつ前言を否定してくる。
なんだ? Mじゃなかったとでも言うのか?
アレでMじゃなかったら何なんだ?
「城太郎さんには先ほどの痴態を見られていますし、包み隠さずお話しますが……どうやら私は……ドMだったようです」
「……」
「べ、別にふざけている訳ではありませんよ?」
「……」
「本当ですよ?」
俺は、どうやら相当に冷たい目をしていたらしい。
多分、人に向けてはいけないくらいに。
慌てて取り繕う真理恵さんが、しかし感じ入ったようにブルリと身を震わせたのを俺は見逃さない。やっぱりM……いや、自己申告に従うならドMか。
「そういう蔑みの目で見られるのも良いです」
「判った。真理恵さんがドMなのは判ったから、パーティー解散の経緯を話してくれ」
「ひとまず私が自分をMだと思っていた、という前提で聞いてください。私は一人でこの実験に参加しました。こうしたゲームには不慣れだったもので、スタートの後、他の皆さんが次々にパーティーを組んでいるのを見て慌ててしまったのです。どこかに私を入れてくれそうな人達がいないかと探し始めた矢先にMを求める声が聞こえてきたのです」
「は? Mを求める声? そんなのが……」
「聞こえてきたのです」
「あ、はい。続きをどうぞ」
賞金レースのスタートダッシュを決めようというタイミングでMを求める声なんてと思ったが、重ねてきっぱりと言われてしまえば続きを聞くしかない。そして続きを聞けば「なるほどそういう事か」と納得させられた。
事情はこうだ。
真理恵さんが注目した連中は以前から他のゲームでパーティーを組んでおり、仲間内での役割分担もほぼ固まっていたらしい。ところが痛覚が再現されるこの『エクスプローラーズ』では敵の攻撃を受けやすい前衛の負担が大きい。この点で先々不和が生じるのを避けるために前衛後衛を持ち回りで交代しながら受け持つようにした。
これは判る話だ。
特に盾職ともなれば敵の攻撃を一手に引き受けるのが役目になる。
同じゲームをしているのに一人だけ痛い思いしなければならないとしたら、どうしたって不満は溜まっていくだろう。いつか仲間との関係がギクシャクし始め、そのまま解散などとなればレースからの脱落は避けられない。持ち回り制で多少効率が落ちたとしても解散の危機を未然に防ぐ方を選んだという訳だ。
そして、その措置に納得しながらも従来前衛を担っていた奴に向けられた言葉が「お前がMなら良かったのに」だったのも理解できる。いくら納得してたって痛いのは嫌だろうから。しかしその言葉を、Mを自認する真理恵さんが聞きつけてしまった。
「彼等なら私を受け入れてくれると思ったのです」
マイノリティの自覚はありますから、と真理恵さん。
「私がMだと告白して前衛を希望していると伝えたらとても喜んでくれて、即決でパーティーに入れてくれました」
……まあ、その流れならそうなるだろうな。
痛いのは嫌だと話している所に、痛いのは引き受けますと申し出られれば正に渡りに船。受け入れない理由が無い。“彼等”ということは全員男だろうに、女性に痛い思いを押し付けるような判断をしたのは、需要と供給が完全に合致したからだとしても「なんだかなぁ」と思わないでもない。
「あ、誤解の無いようにお願いします。彼らも私一人を肉盾にするつもりはなくて、そもそものローテーションはそのままにして、そこに前衛を希望している私が固定で入る形になりました。前衛の負担を二人で分担できるだけでもありがたい、と」
「お、おう」
「ゲームに不慣れな私が足を引っ張ってしまっても親切に色々と教えてくれたり、最初の頃は上手くいっていたのです。ですが、私と彼らの間で、Mの認識に食い違いがあると次第に感じるようになりました。例えば……五階に狼の群がいましたね? それまで一頭で出てきた狼は簡単に倒せました。雑魚です。でも群になった狼は違いました」
「あそこは最初の関門だよな。順調に進んできて初めて死に戻りするのがあの辺らしい」
「私が食い違いをはっきり意識したのがあそこです。私は前衛で固定でしたので、交代しながらの他の方よりも『挑発』のレベルが上がっていました。私が『挑発』を使うと、全ての狼が私に群がってきて、支えきれずに引き倒されてしまったのですが……そこを他の皆さんが一斉に攻撃して速やかに倒してしまったのです」
「ん? 倒してしまった?」
盾職がヘイトを稼いで攻撃を引き受け、その間に他のメンバーが安全に攻撃して敵を倒す。ゲームに不慣れで余り上手くない真理恵さんが引き倒されてしまったり、スキルレベルの差でもう一人の盾職が機能不全になっているのに目を瞑れば極めて普通なのだが。何故に真理恵さんは否定的なのか。
「酷い、と思いました」
「酷い? どこが?」
「普段は歯牙にもかけない下等な獣に、よってたかってこの肉体を蹂躙されるというのはとても美味しい状況なのです。もちろん狼を倒さなければゲームが進まないのは判っています。ただ……倒すのなら私が思う様に嬲り貪り尽され、ボロ雑巾のように打ち捨てられてからでも良かったのではないか、と……彼等は私がMだと知っていたのですから」
「えー……」
「その後もそういった些細な食い違いは積み重なっていきます。そして十階のフェンリルです。大きくて逞しい獣が私に覆い被さり、太く長い牙を私の体に打ち込んできました。肉を掻き分けるように押し入ってくる牙がもたらす痛みに私が打ち震えていると、どこからともなく回復薬が飛んできてせっかくの痛みを消してしまうのです。……いえ、判っているのですよ? これがゲームで、ダメージを受けた私が死に戻らないように回復させたのだと。でも……もう少し浸らせてくれても、と思わずにはいられません」
「……」
「この森で屍食花に遭遇し、私はコレだ! と思いました。あの蔦にギチギチと拘束され、身動きできなくされてからの体の芯に、お腹の奥に響くような鞭打ち……はあ……今はもう感じられないのが残念なくらいです。それなのに、やはりすぐに倒されてしまって」
「ところどころに生々しい表現を挟むのは止めてくれないかな」
「おや? お気に召しませんか?」
「なんかムズムズしてくる」
なんというか……目の前で官能小説を音読されているような感じだ。それを口にしているのが一見して変態には見えない清楚系お嬢様な外見の真理恵さんなのだから居た堪れない気分になってくる。例のエッチができる設定変更は不慮の事故を避けるためにマイルーム以外ではOFFにしておいた先見の明を誇りたい。おかげで前屈みにならずに済んでいる。
「そうですか……まあ、そういった次第で私の中に不満が積もっていきました。不満からの不和を避けるためにと交代制にしていたパーティーです。私の不満も汲んでくれるのではと思い相談をしたのですが……」
「!? 今のをそのまま言ったのか!?」
「多少表現は違ったと思いますが概ねは」
「……それで、どうなったんだ」
「引かれました。ドン引き、というのでしょうか」
「そりゃあ引かれるわ」
「それとその時に、それはMじゃない、ドMだ、とも言われましたね」
「ああ、そこで繋がるのか」
Mだと思っていたがそうじゃない、ドMだったってやつだ。
進んで前衛を引き受けるという程度のMだと思っていた相手からこんなカミングアウトをされたらさぞや驚いた事だろう。俺は名前も知らない彼らに同情するよ。
「賞金レースに参加して先を急ぎたい彼らと、じっくり楽しみたい私とで意見が決定的に別れた瞬間でした。彼等も歩み寄りと言いますか、妥協案のようなものを提示してくれたのですけれど、私の欲求不満を解消できるものではなく……」
「パーティーから脱退した、と」
「はい」
そのまま放り出さずに妥協案を出してパーティー存続を図るとは……ある意味尊敬に値する。それを蹴って脱退した真理恵さんが筋金入りということになるか。
で、一人になった真理恵さんは誰憚ることなくモンスターで遊ぶようになった、と。
「それなら今の状況は真理恵さんが望んだとおりじゃないか」
「いえ、そろそろ飽きてきました。マンネリです。新しい刺激を求めて次のステージに進みたいのです」
「臆面も無くそれを言うのか……」
「そのゴミを見るかのような視線も堪りません」
おっと……また人に向けてはいけないような目で真理恵さんを見ていたらしい。気を付けよう。




