5-8:死に至る病?
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話を聞けば真理恵さんが賞金レースに参加しているプレイヤーとパーティーを組むのは無理なのだと判る。被虐欲求を満たすために彼女が満足するまでモンスターを倒せなければ雑魚戦ですら長時間化するし、痛みを堪能するために回復を嫌うのでは死亡率が高くなる。素早く戦闘を終えて少しでも先に進みたいだろう他のメンバーと決定的に折り合えない。パーティー離脱はなるべくようにしてなったとしか言えなかった。
そして現状の真理恵さんは単純に「飽きた」のではなく、成長してしまったスキルとステータスが邪魔をして、得られる刺激が乏しくなってしまった状態だ。エクスプローラーズのスキルとステータスはプレイヤーの行動と必要に応じて成長する。攻撃行動と防御行動で武器と防具の熟練度が上がり、死亡や苦戦がステータスアップ系のスキル熟練度になる。真理恵さんのプレイスタイルは……と言うとなんだかエッチな響きだが、良く考えるまでもなく実際にエッチだったな。そのエッチなプレイスタイルも実態を無視すれば『多大なダメージを受けながら長時間戦い続け、死に戻り直前にようやくモンスターを倒した』と表現できる。なんと立派な大苦戦である事か。
装備を外した“裸”状態であってもVITが成長するにつれて素の防御力が上がっていく。同じ攻撃を受けてもダメージは徐々に減っていくのだ。そしてHPが増加すれば同じダメージでも受ける痛みが小さくなる。10のダメージは最大HPが20なら半殺し相当になるが、最大HP20000なら掠り傷にしかならない。
当初はモンスターに”責め殺して貰って”いたらしく、その後、死に戻りはステータスが上がり易いと気付いてHPが尽きる直前でモンスターを倒すスタイルに切り替えた。――「死に戻る瞬間が最高なのに泣く泣く我慢しています。セルフ寸止めです」――変態が何か言っているが、取り敢えず流して話を進めると、死に戻りと大苦戦の連続で真理恵さんのステータスはかなり成長している。当人は「成長してしまった」と真っ当なプレイヤーが聞いたら目を剥きそうなコメントをしているが……屍食花の拘束から簡単に脱してのけたSTRの高さから推して、VITとHPも相当なものになっているだろう。
欲求を満たすために大苦戦すればするほど満足が遠ざかっていく悪循環。
真理恵さんが陥っているのがそれだ。
「難儀だな」
「ご理解いただけたようでなによりです。そういう次第ですので城太郎さん、どうか私を次のステージに連れて行ってください」
「……いや、待てよ? ボスに勝てなくて先に進めないってことは、ボスの攻撃は痛いんじゃないの?」
「痛いのは痛いのですが……一撃ごとに吹き飛ばすような大雑把な攻撃ばかりで、落ち着いて楽しめないのですよね」
「落ち着いて、ねえ」
「吹き飛ばされては走って戻りでは醒めてしまいますよ。その点で屍食花は理想的でした」
「そういうもんですか」
「そういうものなのです。それに、一人では撤退できませんから死に戻る事になってステータス成長が加速してしまいますし」
闇雲に突っ込むような真似はしないようだ。
と言うよりも、必要に迫られたからかゲームに不慣れと言いつつちゃんと成長システムを理解しているし、打てる手は打っている。その全てが”如何に気持ち良く自慰をするか”に掛かっているのが何とも言えないが……。
「このままでは何のために実験に参加したのか判らなくなってしまいます。どうかお願いします」
「何のためにって……まさかそのため!?」
「はい。痛覚が再現されるサーバーは希少なのです。富士山近郊の街にある再現率百パーセントのサーバーは少々特殊で、管理している組織の関係者しか利用できません。そこ以外ではここの五十パーセントが最高です。しかも加速実験のおかげで何年も過ごせます。これはもう参加するしかないではないですか」
「そういう同意を求められてもなぁ……」
「想像してみてください。私のような者が現実の世界で欲求を満たそうとしたらどうなるのか、と」
「現実で? あれを? うわ、ヤバいな……」
モンスターに責められて死に戻りする瞬間が良いとまで言う真理恵さんだ。その被虐欲求を現実の世界で満足させるならと考えると、直視に耐えないスプラッタな惨状が現出しそうである。現実世界にはダメージを帳消しにしてくれるような便利な回復薬は無いし、死んだらそれまでで死に戻りも無い。
「私のコレは病名の無い致死病です。生まれつきのもので、なるべくしてMになりましたからMでなくなる術もありません。いずれ欲望のままに突き進んで死に至るか、それとも一生を満たされないままに終わるか、どちらかしかありませんでした。……この実験の存在を知るまでは」
自ら死に近付いていくタイプの致死病か……いや、ちょっと違うような気もするな。真理恵さんは切実なのだろうけれど、欲求を満たそうとすれば死に近付くというのは、例えば喫煙者が煙草の吸い過ぎで肺癌になるとか、酒飲みがアル中になるとか、そういうのと同じカテゴリになるんじゃないだろうか?
これを病気と称して良いのかどうか。
別の“自ら死に近付いていくタイプの致死病”を知っているだけに釈然としない……そうか、それがあったな。
「真理恵さん、餓死してみたらどうだい? 餓死のデスペナルティは相当痛い筈だよ」
餓死のデスペナルティは雄二さんの発作を再現している。内容は『全身を耐え難い激痛に襲われる』というもの。知名度の低い病を知ってもらおうという意図の他に、痛みを嫌ったプレイヤーが引き籠りになるのを防ぐ目的がある。「アレを体験して二度目を受け入れられるようなら、そもそも引き籠りにはならないだろう」と豊さんは断言していた。
俺はそのペナルティを体験していないし、今後も体験したいとは思わない。が、あれがどれだけ痛くて苦しいかは知っている。雄二さんが発作を起こした現場に居合わせ、その苦しみ様を目の当たりにしたこともある。少なくともゲームの中でモンスターから与えられる痛みを遥かに上回るのは間違いない。
真理恵さんが病を自称するなら、別の病を再現したペナルティを喰らってみるが良いと、ちょっと意地悪な気持ちが混じった提案だったのは否定できない。そんなに痛いのが好きならあれを味わってみろって感じだ。
しかし……俺はまだ真理恵さんのM度を過小評価していたようだ。
「餓死ですか……あれは凄かったです……」
なんと、既に体験済みのようで、しかも頬に手をあててうっとりしているではないか。
「フルパワーで激しく“全部責め”をされているようでした」
「ぜ、全部責めってなに!? あ、いや、いいや、なんとなくわかるから言わなくていいよ。しかし全部責めかぁ……」
痛みを快感に変換するMの人にとって、『全身を耐え難い激痛に襲われる』という発作は激しい全部責めに相当するらしい。全部責めは……まあ字面どおりの意味なのだろう。
「餓死だけは死に戻りがマイルームなのです。掲示板の噂ではペナルティを受けている姿を他のプレイヤーから隠す意図があるのではと言われていました」
「……あまり人に見せられる絵面じゃないだろうしな」
「はい。人様にお見せできるような有様ではありません」
「俺が言っているのは真理恵さんとはちょっと違うけどね」
激痛にもがき苦しみ七転八倒する様を見せつけられたらゲームを楽しむような雰囲気じゃなくなるだろう。俺はそういう意味で言ったのだが、真理恵さんのは明らかに猥褻物陳列罪的な意味だ。人に見せられないのは同じでも全然違う。
「真理恵さんにとってはデスペナルティがデス御褒美になるわけか……もうそれだけやってれば良いんじゃないか?」
「いえ、あれはあれで良いものなのですけれど、刺激に境目が無く混ざってしまい、逆にぼやけてしまいます」
「ああ、どこもかしこも痛くて逆にどこが痛いのか判らない、なんてのもあったな」
「私はもっと一つ一つの刺激を大事にしたいのです」
「さいですか」
内心溜め息を吐きまくりだ。
あの発作ですらドMの真理恵さんには御褒美になってしまう。この世に神様がいるのなら、病気にかからせる相手を間違っているだろうと文句を言いたい。




