4-1:プレイスタイル
本日4-1~4-5まで五話分を6、12、18、20、22時に投稿します。
「城太郎くんのフェンリル突破、そして第十一階層到達を祝して乾杯! おめでとう!」
「や、どうもどうも、乾杯」
俺と豊さんの間でビールジョッキが打ち合わされてガチンと音を立てる。
「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ! うまい! もう一杯! んぐ、んぐ、んぐ、ふう……」
「おいおいいきなり飲み過ぎじゃないかい?」
「大丈夫大丈夫。ここなら変な酔い方はしないよ」
「まあそうなんだけどね……」
実に良い気分で乾杯のビールを飲み干し、NPC店員が即座に持って来たお代わりも半分ほどに減らした俺に、豊さんが心配そうに言う。これは一年ほど前、俺が酒でやらかしているのが原因だ。
どれくらいの酒でどれくらい酔うのか。
どんな酔い方をするのか。
この二点、多くの場合は友人づきあいなんかで飲みの機会を重ねるうちに自然と判っていくものなのだと思う。けれど成人前後から他者との関わりがほとんど無くなっていた俺にそんな機会は無かった。通販で入手した酒で一人宅飲みをしたおり、知らずに量を過ごした俺は悪い酔い方をしてしまい、下手をすれば命に関わる事態に陥ってしまった。幸いにして在宅していた豊さんが適切な対処をしてくれたお蔭で大事には至らなかったが、それ以後は酒に関して俺も豊さんも慎重すぎるくらい慎重になっていた。
が、それは現実世界での話だ。
先日清一郎と飲んだ折、「俺ってこんなに酒に強かったっけ?」という違和感があった。過去のやらかしは強烈な経験として記憶に刻み込まれている。その記憶と比較して、飲んだ量と酔い方が釣り合っていなかったのだ。
で、豊さんに確認したところ、この仮想世界での“酔い”はシステムアシストに似た感じになっていた。現在使用しているリアルモードアバターは身体走査して得られたデータから外見と身体能力はほぼ現実準拠となっている。しかしながら酒での酔い方なんてものを再現するようなデータは得られておらず、医学協会が発表している『アルコール摂取量と酔いの段階』が一律に適用されるのである。そうしたものは数多くのサンプルから導きだれた平均的なものになるので、つまりどうなるかというと、現実でどれだけ酒に弱くてもここでなら平均的に飲めるし、逆に現実でどれだけ蟒蛇でも平均的にしか飲めなくなる。
俺の場合は前者なので、限界がぐっと引き上げられたわけだ。
しかも現実の肉体と切り離された仮想世界だから酒を原因に命を落とすことも無い。
「ないよね?」
「なくはないよ。外の街もゲームの中だからね。“酔い”は状態異常の一種として扱われていて、段階が進めば酩酊から泥酔を経て昏睡に至る。飲み過ぎれば急性アルコール中毒の判定で死ぬこともあるさ。その後死に戻るんだけどね。まあ、死ぬまで行かなくても量によってはキッチリ二日酔いになる。苦しみたくなかければ飲み過ぎないことだ」
「……気をつけるよ」
過ぎたるは及ばざるが如し、か。
気持ち良くほろ酔いくらいにしておくとしよう。
「それにしてもようやく城太郎くんも始まりの街を脱出したか」
「もうしばらくボッチ継続だけどね」
「二か月半だものなぁ。良くも粘ったものだよ、ほんとに」
「レベル補正の話を聞いちゃったから」
今日、フェンリルを討伐した俺は二番目の拠点『森の砦』に到達した。塔は十層ごとに様相がガラリと変わり、十一から二十層のテーマは『森』だ。森の砦は迷宮内に築かれた中継点なので街程の規模は無く、商店や宿屋、小神殿など主要な施設に絞って存在している。それら全てがログハウスのような木造建築なのは木材豊富な森ステージ故だろう。小神殿に安置されている育成神の神像まで木彫りなのはどうかと思ったものだが、石造の始まりの街との差異がはっきりして面白い。
そしてこの森の砦、他のプレイヤーは誰もいなかった。
俺がフェンリル討伐に費やした二か月半でみんな三番目の拠点へと進んでしまっていたのだ。という訳で俺のソロ攻略はまだまだ続く。
適正レベルに拘らなければもっと早くフェンリルを倒せていたのは間違いない。
レベル制を採用しているゲームは適正レベルで戦うと丁度拮抗して面白くなるようにバランス調整されている。苦戦していたモンスターも二つ三つレベルを上げてから再挑戦したら簡単に勝てた、というのはレベル制ゲームのあるあるだろう。
しかしレベル補正を考えれば安易にレベルゴリ押しには走れない。せっかくフェンリルを倒したのにレベル補正でボスドロップがショボくなってしまったら悲し過ぎる。
適正レベルよりちょい低めで頑張った結果、フェンリル戦での実入りは上々だった。狼王の毛皮、狼王の牙、狼王の爪といった素材系アイテムが結構な数で手に入っている。ソロ討伐故の総取りと、上向きレベル補正でドロップ率が上昇した結果だ。
「これからもレベルは抑えめで行くことにした。行ける所まで行って、詰まったら一つ上げるって感じかな」
第十一階層に進んだから適正レベルの上限も上がっているし、経験値の蓄積も十分だ。今すぐにでもレベルアップできるが、それはしない。森ステージに出現する雑魚モンスターがフェンリルより強いなんて事は有り得ないのだから、当面はレベル据え置きでいける筈だ。
「どうやらプレイスタイルが固まってきたみたいだね」
「うん。なんて言うかな……縛りプレイ動画ってあるでしょ? まあ、あそこまで上手くはできないけど、そんな感じかな」
動画サイトに数多く挙げられているゲーム動画のジャンルとして『縛りプレイ』がある。……言っておくがエッチな動画じゃないぞ? 裸装備……これもエッチな意味じゃないぞ? 防具を一切装備しないという意味での裸装備だ。紙装甲どころか、その紙一枚すらもない無防備状態でモンスターに挑み、ノーダメージで完封してしまうような動画だ。他にも特定のアイテムを使用禁止にしたり、定番となる戦法を封じたりといっそマゾなんじゃないかと思えるような厳しい制限を自ら課した上で、それら全てを克服して目的を達成するのだ。見ていて感動すら覚える神動画も多い。
ところでそういう動画の作成主のプレイヤースキルはいかほどだろうか?
もちろん下手糞ではないだろうが、かと言って神懸った超絶技巧の持ち主でもない。
普通か、それとももう少し上くらい。俺はそう見ている。
それが何故ああも不利な状況の中で圧倒的な勝利を収められるのか、それは決まっている。練習したのだ。何度も何度も繰り返し挑戦してモンスターの行動パターンを憶え、モンスターの次の行動を予測できるようになる。予測が外れれば失敗。やり直しだ。何度でもやり直して、最後に成功した一回が神動画になる。いや……成功するまで続けた結果の神動画か。一本の神動画の影には数十数百の試行が潜んでいる。
まさに俺がフェンリルを倒すまでの行跡そのものだ。
俺の縛り要素は補正対策のレベル制限だけだし、ノーダメージ討伐なんて無理だけども。
「他のプレイヤーとは真逆だね。だいたいが適正ギリギリか少し超えるくらいのレベルで、パーティーも組んで、可能な限り少ない回数で突破しようとしているよ」
「そりゃ賞金レースやってれば当然でしょ?」
「レースもあるけど、痛いからだよ。ボス戦ともなれば一撃のダメージが大きくなる分で痛みも大きくなるからね。好き好んで何度も繰り返したいとはマゾでもない限り思わないさ」
「……俺はマゾじゃないよ?」
「城太郎くんが痛いのを嫌ってるのは良く知ってるよ。だからこそここまで頑張れてるのが驚きなんだよ」
「豊さんは俺が早々にギブアップするかもって思ってたんだもんな」
最初の死に戻りの際に豊さんがすっ飛んできたのは良く憶えている。自他ともに認める『痛いの嫌い』な俺が即行でヘタレるんじゃないかと心配していたのだ。あの時は羊に無痛のまま殺されたので無駄足だったのだが。




