3-10:フェンリル討伐
清一郎たち武道系探究者との出会いから二週間余り。
俺はメインの武器をメイスと定めて現時点での最強強化を終えている。メイス系のベース武器は硬い木の棍棒だ。清一郎はこれを見たから武器種のメイスではなく棍棒と言っていたのだろう。で、これを突甲虫の甲殻、甲針虫の針、狼の牙で強化したら……釘バットみたいな見た目になった。
冷遇武器かと目を疑うような見栄えであるが然に非ず。『同程度の素材で作られる武器は攻撃可能頻度等を総合するとおおよそ同程度のダメージ効率になる』というゲームならではの原則により、攻撃力としては問題無い。メイス系本来の『打撃』だけでなく、針と牙のおかげで『突撃』も半分乗るし、麻痺効果(弱)も付いている。性能面から見るに冷遇などされておらず、単にデザイナーのセンスが残念なだけだった。
草原の狼を相手にしてメイスの扱いと四足獣の挙動観察に慣れた後は日に二回のフェンリル挑戦を再開して死に憶えを続行。ステータス画面に表示される死亡回数がそろそろ三ケタに到達しそうな勢いだが、戦闘を重ねるほどにスキル熟練度が溜まって少しずつ強くなってもいく。昨日の午後の回では僅差の敗北というところまでこぎつけた。
「今日で、いける」
そんな確信と共に、第十階層への扉を潜った。
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ボス戦用エリアに佇んでいたフェンリルは俺の侵入に気付いて咆哮を上げる。
狼王フェンリル。
大層な名前を冠していても実態はただのデカい狼だ。名前に由来する神話的な特殊能力などは有していない。開幕に発する大気を震わせる咆哮も単に煩いだけ。無視して突っ込めば咆哮モーション中の無防備なフェンリルに先制の一撃を叩き込める。
――『強撃』!
攻撃アビリティには再使用までの待機時間があるから使える場面では躊躇わずに使って回数を稼ぐのが良い。開幕の先制攻撃がまさにそのチャンス。
俺渾身の一撃にフェンリルが怯む。
――続けて……『三連打』!
メイス系の攻撃アビリティが発動し、俺の体は自動的に動いてフェンリルを三回連続で打撃する。アビリティの種類によってはこうしてシステムアシストの有無に関係無くプレイヤーから体の主導権を奪ってしまう。
そういうアビリティには頼らない方が良い。
清一郎からはそのようにアドバイスされている。
先程の待機時間が~の話とは反するが、俺はこのアドバイスを有り難く受け入れている。
何故ならば発動したら最後、敵の攻撃を予測しても設定された通りに体が動いてしまい、回避も防御もできないからだ。特に連撃系のアビリティは全段ヒットすれば大ダメージが期待できる反面、自由を失う時間が長い。待機時間を気にして乱用せず、使うならばタイミングを見極める必要がある。
”怯み”中こそがそのタイミングだった。
邪魔されず、綺麗に全段入れられる。
そして三発入れたらフェンリルが怯みから復帰する前に安全な距離まで離れておく。
……麻痺らなかったか。
甲針虫の針に備わる麻痺毒はそれほど強いものではなく、何度も注入して蓄積させないと効果を発揮しない。その点で手数を稼げる連撃技は麻痺武器との相性が良く、俺もダメージだけでなく麻痺にも期待して『三連打』を使ったのだが……残念、まだ毒の蓄積が足りていない。
時間の経過で蓄積率が下がっていくのを考慮すれば続けて畳み掛けたいところ。
だけども焦りは禁物だ。
怯みから復帰した直後のフェンリルは高確率で再度の咆哮を放つ。そしてこの咆哮は戦闘開始ムービー的な最初の咆哮とは異なり、ただ煩いだけではない。いや、煩いだけと言えば煩いだけなのだが、あまりにも煩すぎるのである。至近距離から直接大音量を浴びせかけられれば耳がやられる。
そらきた。
予め距離を離しておいたのはこのためだ。
さらに耳を塞いでダメージをカット。
視線はフェンリルから逸らさない。
咆哮を終えたフェンリルの体が僅かに沈む。これは跳躍して飛び込んでくる前兆だ。この時注目するべきは前足だ。前足の力の溜め具合で飛び込んでからの攻撃が予測できる。どちらかの足に偏っていれば逆側の足の爪、左右均等なら噛み付きだ。
今回は……左前足の爪で薙ぎ払ってくる!
予測した結果を信じ、盾を構えて右に跳ぶ。
直後、盾を構えた左腕に衝撃と痛みが走り、HPバーが削られた。
防具の防御力+体の頑強度を敵の攻撃力が上回れば、盾や鎧で防御しても差し引き分が貫通してダメージを受けてしまうのだ。しかし度重なる負け戦で育った『盾』『鎧』と『VIT上昇』がダメージを軽減し、同じく育った『HP上昇』により母数が大きくなり、結果HPバーの減少は“僅か”と表現できるレベルに収まっていた。
フェンリルの側面に回り込んでメイスを振るう。
一撃。
一拍置いてもう一撃。
一拍置いて……フェンリルの巨体がスウッっと遠ざかるのを見て俺は大きく後ろに跳んだ。一旦逆側に力を溜めてからの側方タックルだ。調子に乗って攻撃していれば成す術も無く吹き飛ばされていただろうが、敢えて一拍置くことで予兆を見逃さなければちゃんと予測できる。自分で後ろに跳んで衝撃を逃がしつつ左腕の盾を前にした十字ガードで受けてしまえば貫通ダメージは許容範囲内だ。
死に憶えで蓄積してきたフェンリルの行動パターンと観察で読み取れる前兆を紐づけて“客観視”による冷静な判断力で攻撃予測を行い、確実に回避か防御をすればこちらの攻撃チャンスになる。時にはそのチャンスを捨てて回復薬を使用。待機時間が明けたらすかさず『強撃』、隙を見つければ『三連打』、そして麻痺が入ればここぞとばかりに攻めたてる。安全な立ち回りを徹底して戦闘を安定させてしまえばこちらのものだ。これまで積み上げてきた全てがガッチリと嵌り、着実にフェンリルのHPを減らしていった。
戦闘開始から四十分ほど経過して、
『アオオオォーーン!!』
HPが残り二割を切ったフェンリルが赤いオーラを纏う凶暴化状態に移行した。凶暴化とその際の咆哮のみ予備動作が無い。初見時にはいきなりの咆哮で耳をやられたものだが、それは死に憶えた。フェンリルの動作ではなくHPバーの残量から予測して事前に対処してしまえば良い。
咆哮を終えたフェンリルの体が僅かに沈み、前足の力の溜め具合は左に偏っている。
右爪攻撃の予兆に見えるだろう?
でもそうじゃないんだなぁ。
凶暴化直後の特殊行動として右爪から始まる連続攻撃が来るのだ。右爪、左爪、右爪、左爪、最後に噛み付きという連撃は下手にガードしようものなら支え切れずに途中で弾かれ、フィニッシュの噛み付きでパクリとやられてしまう。
だが、それも死に憶えた。
振るわれた右爪の下を掻い潜って形振り構わぬダイブを敢行。ゴロゴロと地面を転がる無様な着地は通常なら致命的な隙を生んでしまうところだ。でも大丈夫。この連続攻撃はフェンリルにとっての連撃系攻撃アビリティであるようで、発動したら途中で止まらず、避けられても最後の噛み付き動作までを必ず行うからその間に態勢を立て直せるのだ。
特殊行動さえ終われば行動パターンは元に戻る。凶暴化の影響で攻撃力とスピードが上がるのだってもちろん死に憶えている。攻防と回復のタイミングに若干の修正をして戦闘続行。
そしてさらに十分ほどが経過して。
フェンリルに飛び込みから噛み付き攻撃の予兆があった。
俺とフェンリル、双方のHPバーはどうか?
攻撃アビリティの待機時間はどうなっている?
位置関係はどうだ?
OK、OK、OK、少し後退して距離を調整して……これならいける。
『グルァッ!』
――『盾殴り』!
迫りくるフェンリルの噛み付き攻撃に『盾殴り』を合わせる。相討ちして双方のHPが減る。俺の方が減り具合が大きいのは想定内だ。自分から狼の口中に腕を突っ込んで噛み付かれる形になるのも予想通り。こんな大きな狼に喰い付かれたら一瞬で腕など食いちぎられてしまいそうだがこれはゲームだ。受ける被害はHP減少と痛みだけ。鋭い牙に腕がズタズタにされる激痛は“客観視”の深度を一段階上げて誤魔化してしまう。
“客観視”の深度を上げると『自分事なのに他人事』の度合いも上がる。痛みが緩和される代わりにこちらの反応や動作も鈍くなってしまうのだが、この状況であれば些細な問題だ。
草原の狼と同じくフェンリルの噛み付き攻撃は『噛み付き時の大ダメージ』と『噛み付き中の継続ダメージ』という多段判定になっている。つまり、噛み付き中はフェンリルの動きが止まるのだ。加えて打撃が効果的な頭部が超至近にある。“客観視”でいくらか鈍くなったところで外しようが無い。
――『強撃』『三連打』!
一撃目に『強撃』効果を乗せた『三連打』が全段ヒット。
これが決定打となった。
フェンリルがゆっくりと倒れ、自然と俺の左腕が解放される。
最後、なんだか哀れっぽい鳴き声を残してフェンリルは光の粒子となって砕け散った。俺のHPは一割チョイ残しというところ。計算通りである。
「よっしゃあっ! やったあぁっ!! ……って、痛い痛い痛い!? 痛いってばコンチクショウ!」
嬉しさから思わず“客観視”を解除してしまったのは失敗だった。遠ざけていた痛みが一挙にぶり返してきて、慌てて回復薬をガブ飲みする俺。
おおう、くらくらする。
レベルアップと『HP増加』の効果で相応に高くなっているHPは流石に下級回復薬一本で全回復とはならない。回復薬を短時間中に過剰摂取すると発生する状態異常――いわゆる“ポーション酔い”――もこの際はご愛敬。
ちょっと締まらなかったが……これにてフェンリル討伐達成である。




