3-9:天音家の事情
「清一郎、苦労してるんだな……」
「苦労してるのはお互い様だろ」
「いや俺は……苦労してるって言うなら豊さんだ。あ、豊さんは俺の親代わりの人な」
両親の事故死、大学中退して無職。順風満帆の人生とは言い難いけれど、俺は基本的に自室に籠っているだけだ。血縁があるとは言え独身の身で俺を引き取って育ててくれて、今も養ってくれている豊さんの方が絶対に苦労している筈だ。
「ま、俺の事は良いだろ。それより清一郎たちがここで訓練してるのってやっぱりKODのためなのか?」
「ん? いやそうじゃない。うちの流派の『次の世代』問題って奴でね」
「後継者争いとかそういうのか」
「んー……そうではあるけど城太郎が考えてるのとは違うだろうな。俺の母ちゃんが今の天音流総帥なんだけど、母ちゃん本当は別の流派なんだ」
「へ? そんな事があるのか?」
「あるんだよ」
そうして清一郎が話してくれた天音流剣術の『次の世代』問題を纏めると……。
天音流剣術はKOD需要で乱立した新興の道場や訓練場とは異なり、古くから日本に伝わる古流の剣術が源流になっている。清一郎の祖父母の代で分派して天音流剣術を名乗るようになった。そして清一郎の母親は天音流を修めた後に源流となっている流派に預けられて修業を続行。自身で新たな工夫も加え、天音新流として再分派する。
天音新流=天音流+αと、そう考えると判り易い。
清一郎の母が親元に戻り道場と総帥の地位を継いだ時点で流派名を天音新流にしてしまえば良かったのだが、そうはできない理由があった。+α――清一郎の母が新たに加えた工夫の部分、その中核となる技を使えてこその天音新流であり、これが成されないうちは天音新流に改名できない、と。
「そういうものなの?」
「流派ってのは受け継いでいくからこそ流派なんだ。川の流れのように先代から次代へ、その次の世代へってね。継いで、工夫を加えて派生するのはアリだけど、継げないならその流派は名乗れない。次の世代である俺たちが誰も継げなければ、天音新流は母ちゃん一人で終わっちまう」
清一郎の母が道場を継いでから二十数年。後進の指導に励み、天音流としては大きく発展したけれど、件の技を会得して天音新流を継ぐ者は誰一人として現れていない。
「年齢的に母ちゃんもそろそろ厳しくなってきてる。タイムリミットが来る前にどうにかできないかって時に藤田さんからこの加速実験の話を聞いたんだ。今のVRなら仮想世界の中で修業した成果を現実に持ち出せるからな。何年分も猶予が貰えるここは修業場所としてもってこいだよ」
清一郎の母親だと四十代の後半くらいだろうか。いくら剣術家として鍛えていても衰えが始まる年齢に差し掛かっている。母親が現役のうちに結果を出そうとしている清一郎は親孝行な息子だ。ついでに織姫も孝行娘。梓は……なんなんだ? 梓は天音流の技を学ぶために弓術の流派から出張って来てるんだったか?
「それにしても仮想世界で修業して現実に持ち出せるのか。知らなかった」
「昔は現実でできることを仮想世界に持ち込む感じだったらしい。そうやって持ち込まれたデータを蓄積して現実再現演算エンジンだったかな、それを育てていって、今の仮想世界はほぼ完全に現実の世界を再現できてるそうだよ。おかげで仮想世界できるようになれば現実でもそのままできるようになる。もちろん技術的な部分だけだけどな。ここでいくら筋トレしても現実の体が鍛えられる訳じゃない」
「そりゃそうだ」
「こういうのはリアルモードを使ってないと関係無いから城太郎が知らなかったのも当然だね」
そして仮想世界をここまで育てたのが雄二さんの上司である藤田さんだったそうだ。まあ業界全体の取り組みだろうから雄二さんや豊さんも一端を担っていたのだろう。
しかしまあ……母親の技を継ぐための修業か。
『何かを成したいと強く願いながら、その為の時間が足りないと感じている人達』
改めて豊さんの言葉を思い出せば清一郎たちはまさに探究者だった。
「俺も姉ちゃんも梓も、モドキというかちょっと惜しいというか、一歩手前の似たような技は使えるようになってるんだ。でも、その残りの一歩が遠い。これまでに二十何年間で誰も修得できなかった技だからな。ここで修業すればできるようになるのか、それは判らないけどやるだけやってみるさ」
断固たる決意を語る清一郎はとても凛々しい面構えをしていた。
整った容貌と相まって同性の俺ですら見とれてしまう程に。
ヤバい……俺はノーマル、ノーマル……。
ふう、落ち着いた。
「そうすると清一郎たちはこの実験が早く終わっちゃったら困るんだな」
「まあなあ……プレイヤーの皆さんにはお手柔らかにお願いしたいところだね」
「豊さん達運営側も色々考えてるみたいだからそう簡単には終わらないと思うよ」
豊さんから聞いたゲーム進行遅延策の数々を披露すると清一郎は「良く考えてるなぁ」と嬉しそうに笑っていた。
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清一郎は良く食う男だった。
俺の二倍から三倍くらいの勢いで肉が消費されていく。それでいて下品にならず、かえって見ている方が気持ち良いくらいの爽快かつ豪快な食べっぷりだ。
午後に行った検証で確かな手応えを得られた件を伝えると「そいつは良かった」と我が事のように喜んでくれて、ついでにいくつかアドバイスも貰った。清一郎は本当に良い奴だと思う。
「客観視? へえ、そういうのがあるのか」
「俺がどうにかこうにかやってられるのもこれのお蔭だよ。ま、やり過ぎると逆に鈍くなっちまうから加減が難しいんだけどな」
「なるほどねぇ……」
俺の方の事情と客観視の話には何とも言えない表情をされてしまった。
同情はいらないぞ?
「ああ、そうだ、ちょっと気になってたんだけど」
「なんだい?」
「清一郎たちの名前だよ。俺が言うのもなんだけど“太郎”とか“一郎”とか名前に入れるのはちょっと古めのセンスだろ? なんか織姫とずれるんだよな。名付け親が違うのかと思って」
「それか」
ハハ、と笑う清一郎。
「両親がさ、どっちも自分の子は自分で名付けたいって譲らなかったらしいんだ。って言ったって相手の子でもある訳だろ? だから俺と姉ちゃんの命名権を二人で分けたんだそうだ。俺の名付けは母ちゃんで……母ちゃん昔からネーミングセンスがベタベタだったらしくてさ、男だったら太郎次郎とか一郎二郎とか、使命感レベルで“そうしなきゃいけない”って感じだったらしい」
「使命感とまで言うか」
「で、姉ちゃんの方は『結婚する時に捨てた元の姓と自分の名前から一字ずつ』取って織姫になった」
「ああ、清一郎の母親が天音流の跡継ぎだから相手に変えて貰ったのか」
「天音流の総帥は天音姓の方が良いからね。まあ俺は名付けが逆じゃなくて良かったと思ってるよ。俺が姉ちゃんみたいに名付けられたらどう漢字を組み合わせても女っぽい名前になってただろうし、母ちゃんのセンスで女の子だと梅とか竹とかが入りそうだし」
「それは……確かに」
清一郎の方は古風な響きが逆に良い感じに嵌っているけれど、織姫の外見と言動で梅子とかだったらギャップが酷過ぎる。俺の城太郎がどうなのかは……まあ良いか。
「それともう一つ、清一郎たちってゲームのほうはどこまで進んでるんだ? 息抜き程度でフェンリル倒せるなら結構行ってるんじゃないか?」
「いや? 息抜き程度ってのは本当で積極的に攻略してるって訳じゃないからそんなに進んでないよ。この間ようやく三つ目の拠点に行けたくらいだな」
「じゃあ違うのか」
「違うって、何が?」
「ゲーム内の掲示板で読んだんだ。プレイヤーは賞金レースがあるしできるだけ早く実験を終わらせたいから時間が許す限りギリギリまで攻略しようとしてる。そんな中でたまにふらっとやって来てプレイするだけなのにトップグループに食い込んでる美女揃いのパーティーがいるとか。てっきり清一郎たちのことかと思ったんだが」
「待った。なんで美女揃いのパーティーを俺達と勘違いする?」
「いやまあ……言わなくても判るだろ?」
清一郎の中性的な容貌は“女っぽい顔”と捉える事もできるが、一人でいれば女と見間違えることは無いと思う。しかし隣に織姫がいるのを遠目から見たなら見誤る奴が続出しそうだ。遠目であっても織姫の立派な胸は確実に人目を引く。そして遠目であっても織姫と清一郎の容姿が非常に似通っているのは判るだろう。するとどうなるか。“胸の大きな美女”とそっくりな“胸の小さな美女”というふうに誤認する。そうしてバイアスがかかってしまえば髪型や体型もボーイッシュやスレンダーという単語に置き換わってしまうだろう。梓は美女と言うより可愛い女の子タイプだが、三人一纏めにして評するなら“美女揃い”になってもおかしくない。
というような推測を俺は言わなかったのだが、
「言われなくても判ってしまう現実が憎い!」
ちゃんと伝わっていた。
「はぁ……ったく、それ、たぶん母ちゃんたちだよ。母ちゃんたちも探究者枠でこっちに来てる。俺たちの指導が無い日にちょこちょこゲーム攻略してるらしい」
そして気が抜けたように言うには、清一郎の母親たちの一行が”美女揃い”パーティーの正体ではないかという事だった。




