終章 その後のおはなし その3
両手に持ったパンを交互に齧りながらブッカは走る。
「おおいルウ、ちょっとまってくれよ〜」
「はやく、はやく……って、まあブッカったらパンをかじりながら走るなんて、なんてお行儀の悪さなの」
「なーに言ってんだい。これがぼくのスタイルなんだい! 君だってやってみればいいのさ。走って食べるパンってのは格別だぜ」
「まあ、そんなの真似するわけないじゃない。……ちょっと美味しそうだけど」
「だろだろ? ほら、ぼくのパンを少し分けてあげるよ。そうだ! どうせならジャムの魔法で野いちごのジャムを出しておくれよ。ちょちょいのちょいって」
「ジャムの魔法なんてあるわけないじゃない。魔法ってそんなんじゃないのよ」
「なんだい、魔法ってそういうもんじゃないのかい? そんなんじゃ全然役に立たない。魔法っていったいなんなんだい」
「さあ私にもわからないわ。うん、まだわからないの!」
ふふふ、と笑いながら再びルウは走りだす。おおい、まてよとブッカが追いかける。前をゆくルウはいつも風のように走る。ブッカはいつも不思議でならない。ルウはどうして猫のぼくより早く走るんだろう? でもその謎はなんだかわかってきたぞ。ルウはきっと風なんだな。うん、そうさルウは風の魔女なんだ!
ようやっと大岩ガ浜へ着いたルウは目を輝かせた。
「見て、白鳥号が浮かんでるわ!」
「何言ってんだい、船なんだからあたりまえだろ」
「だって、私浮かんでるとこなんてはじめて見るんだもの! でもそうね、これが当たり前の姿なのよね」
そう言ってルウは改めて白鳥号を見た。その白く美しい船体は今ではもう半分は水の中だ。波を受けて船首飾りが揺れているのが見える。
(ついに白鳥号に乗るのね!)
「あっ、あれはソビィじゃないか」
白鳥号の船室に火が灯り、そこに人影が見えた。少し猫背のハンチング、その人影は遠くから見たってソビィだとわかった。よく見ると他にも人影が動いている。きっとブッカ以外の船員はもう働いているのだろう。ふたりは桟橋を駆け抜け、白鳥号に飛び乗った。
「おはよう、ソビィ!」
「わっ! びっくりした。なんだい君、もう来たのかい? む、そっちの船長どのは来るのが遅いんじゃないのかい」
「やあやあ、みなさんごくろうさん。ソビィ、君はまったくわかってないね。いい船長ってのはね、いつでも楽をしていいのさ。なぜかって? それはね、腕のいい船員にすべてをまかせているからさ」
「なんだい、それじゃあ君はまるでお飾りじゃないか」
「ああそうさ、なんなら船首飾りもぼくの像にすればいいのさ。そしたら《夜の貴公子ブッカ号》って名前に変えなきゃいけないね」
「やだわ、そんなの。全然よくないわ」
ルウは猫の軽口にもムキになって頬を膨らませる。ブッカは「ジョーク、ジョーク」と笑っていた。ソビィはそんなふたりを見ながらため息をつく。
「まったく君たちは騒々しいな。今最終チェックをしているんだ。もう少し外で待っててくれないか。ああブッカ、君は船長なんだから少しは仕事をしてもらうぜ」
ソビィに追い出されたルウは再び浜へ戻った。ふと大岩の上を見ると、そこにはガグリの次兄の姿があった。
「あの場所から始まったのよね」
ルウは軽やかに大岩を登った。ガグリの次兄はランタンの灯りで本を読んでいた。ルウが後ろから声をかけるとギョッとして振り返った。
「な、なんだよ! 魔女っ子かよ、びっくりしったじゃねっか」
「ふふ、ごめんなさい。ねえ何読んでたの」
ルウが覗き込むと次兄は慌てて本を後ろに隠した。
「な、なんだっていいだっろ」
「まあ、教えてくれたっていいじゃない。あなた、トウリ先生の学校へ行ってるんでしょ? 学校は楽しい?」
「わっかんねよ。でも本は……楽しい」
そう言って照れくさそうに本を見せてくれた。その本はルウも幼い頃に読んだことのある童話集だった。
「もっともっと難っしい本も読んでみてぇ」
照れくさそうに、しかし力強く次兄がそう言うと、ルウは「うん」と頷いた。
「ねえ、あなたも船に乗るんでしょ?」
ルウがそう聞くと次兄は首を横に振った。
「お、俺は乗らねぇ、ここで見るんだ」
次兄はむすっとそう言って、再び本を読みはじめた。なんだか機嫌を損ねたようだが、あいにくルウは気にしない。
「ねえ、あなたたち最近一緒にいないわね。いったいどうしたの?」
ルウの確信をつく問いかけに、ガグリの次兄はビクっと体を震わせた。
「べ、別にどうもしねっよ。ただ俺たちは……うーん、やっぱうまく言えねっよ。で、でも兄弟ってのはいろいろあんだっよ」
「ふーん、まっいいか」
別に仲が悪くなった訳ではなさそうだ。ただそれぞれに芽生えた小さな若葉は、別々の方向に向かって伸びていこうとしているのだ。ルウは再び本を読みはじめたガグリの次兄の背に向かって「じゃあね」と声を掛けて大岩を降りた。そしてしばらく退屈を持て余しながら浜辺でぼんやりしていたが、やがて後ろからがやがやと賑やかな声が聞こえてきた。振り向くとカナンとマルミの住人が続々と集まってくるのが見えた。ルウはみんなと挨拶をかわし、おかみさん達とのおしゃべりに花を咲かせた。
やがて昼鳴りの鐘が鳴った。
「ルウ!」
桟橋の上からソビィがルウを呼ぶ。呼ばれたルウは急にどきどきしてきた。ぐっと胸に手を当て目を瞑る。深呼吸をひとつ。そしてゆっくり目を開ければもう大丈夫。ついにこの時がきた!
「今行くわ!」
甲板には船員が勢揃いしてルウを出迎えた。ブッカ船長は「ようこそ、白鳥号へ!」と大げさに、マルミの漁師達は笑顔で、そしてガグリの末弟は腕を腰にあて仁王立ちで。ルウはソビィに先導され、少し照れながら船に乗った。
「いよいよなのね」
「そうさ、いよいよだぜ」
ソビィはにやりそう言って機関室に入ってゆく。他の船員もそれぞれ持ち場に戻る。甲板にはルウとブッカだけが残った。
「気分はどうだい?」
「もう最高よ!」
あの日、湖底に眠る白鳥号を見つけた時感じたあの《素敵な予感》は今現実となった。高まる気持ちをこらえきれないルウは、甲板から湖を、そして浜辺を見渡す。この夏のさまざまな出来事を思いだしながら。いろんな人と出会い、ちょっぴりさびしい別れを経て、昨日とは違う今日の私になる。そして白鳥号よ、まだ見ぬ明日へ私を連れてって!
みんなの顔が見える。みんなこっちに向かって手を振っている。ルウがそれに応えようとした時、浜の入り口にふたつの人影が見えた。
「おばばさまー!」
ルウは身を乗り出してめいっぱい手を振った。
おしまい
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ちなみにこのお話は初めての長編作品です。短編がいくつかあるので、いつか投稿させていただきますね。そしてまた長編にも挑んでみたいと思います!




