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第十一章 眠れる力 その5


 ウルスは走った。誰かが自分のことを呼んでいるのだ。一体誰なのかわからない。しかし自分が行かねばならないことはウルスにはわかっていた。噴火の轟音響く中でウルスには声が聞こえていた。しかしその声はルウたちには聞こえていなかった。

 ウルスにはわかっていた。その声を聞いてはいけない。聞いてしまったらみんなとお別れしなければいけない。だからあの時ウルスは固まってしまった。殻に閉じこもることであの声を遮断したのだ。しかし魔女は言った。「これはきっかけだよ」と言ったのだ。

 ウルスにはわかっていた。その声は聞かねばならない。たとえみんなと別れることになろうとも。その声が僕に何を求めているかはわからなかった。でもガグリの末弟が教えてくれた。僕はあの声の主を助けに行くのだ。

 ウルスは行かねばならない。それが何処かはわからない。自分が立派な山になるために旅をしなくちゃならない。その第一歩だ。

 ここが僕の旅立ちの時なんだ。

 そしてウルスはまだ噴火の止まない山の頂上を目指して走った。


    *  *  *


 重い瞼を持ち上げると、目の前はまだ闇の世界だった。一体何があったのか、気づいた時には闇しかなかった。ソビィは、ソビィは大丈夫だろうか。ああ、やはり連れてくるのではなかった。私は判断を間違えてしまった。ああ、なんということだ……


「反省なら後にしてくれるかい」


 皮肉に満ちた懐かしい声とともに、目の前の闇がぬっと一段と濃くなった。そして徐々に輪郭が浮かび上がり、よく知る魔女の姿が現れた。


「そろそろ起きてもらわないと困るよ、学者先生」


 遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。


「安心おし、坊やは無事だよ」


 魔女のその一言を聞き、トウリは安堵の表情を浮かべた。そして再び漆黒の闇の中に意識を落とした。


    *  *  *


「それで君たちは、たったこれだけの水でこの船を守るためにここに残ったっていうのかい?」


 ソビィは巨大カップに溜まった水を見ながら、少しあきれ口調でそう言った。


「ああそうさ。ウルスに手伝ってもらってね。これだけあれば火山の火だって消せるさ」


 ブッカはむしろ、えっへんと誇らしげに鼻を擦った。


「そのウルスだけどね。彼はいったいどこへ行ったんだい」


 ソビィはきょろきょろと周りを見回した。いつもここにいるはずの巨体が見えない。

 ルウはソビィのために噴火してから今までの出来事を話した。アビコがトウリとソビィのために飛んだこと。ガグリの三兄弟のアイデアで水を運んだこと。そしてウルスの旅立ちのこと。それらのことを一生懸命に話した。



「そうか、そんなことがあったなんて」


 ソビィは長い沈黙の後に「僕もさよならしたかったな」と小さく呟いた。


「あー思いだした!」


 突然、ルウが叫んだ。


「そう言えばあの三人が戻ってこないわ! あの子たちいったいどこまで追っかけてったのかしら」


「ほっとけばいいんだよ。そのうち帰ってくるさ」


 ブッカはそんな無責任なことを言うが、ソビィは深刻そうな顔で山の方を見た。さっきより風が強くなっているように感じる。上空から見た限りでは火の勢いは山の中腹まで迫っていた。さらにこの風ならカナンの辺りだっていつ燃えたっておかしくない。


「ウルスは山に向かったんだろ。あの三兄弟まで山へ入ったとしたら、それはちょっと危険だぜ」


 ルウはそれを聞いてすぐにでも走りだしそうだったが、すんでのところでソビィに止められた。


「駄目だぜ。君が行ったところでどうにもならない」


 ソビィはわざと冷たい言い方でルウを止めた。ブッカもわざとお気楽な声で、


「そうそう、それにあの三人だってそこまでバカじゃない。さすがに山にまでは入らないよ〜ハッハッハッ」


 と笑ったが、それを聞いてルウの不安は一層増した。


「いいえ、あの三人ならきっとどこまでもウルスを追いかけるわ。そうに決まってる。私やっぱり行かなきゃ!」


 ルウはふたりの制止を振り切って甲板を駆け下りた。そしてそのまま風のように走り出した。


「お、おい、まてよ!」


 ソビィは慌てて追いかけた。ブッカはどうするか迷ったが、追ってゆくソビィに向かって甲板の上から目一杯の大声で叫んだ。


「おーい、きみにルウのことはまかせるよ! 僕はこの船を守ることにしたぞ!」




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