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子ネズミとライオン



 お疲れ様の挨拶を残し、私は職場をあとにした。

 声をかけられないよう、振り返りもせずにさくさくと歩く。その対象は同僚の、ある男性だ。彼は最近、私を食事に誘いたそうな素振りを見せている。

 プライベートはさておいて、職場では私と彼はそれなりに仲がいい。彼は加島ほど背が高くないし、ちびっ子の私と並んでもちょうどいいバランスだ。しょっちゅう反発しあっていた私と加島とは比べるべくもないぐらい、気だって合う。

 それなのに、私はそれを受け入れる気にならない。

 答えは簡単だ。あれから三年が過ぎようというのに、私は加島を引き合いに出さなければ男の人を量れない。

 失くして初めて気がついた。

 ――私は、加島が好きだったんだと思う。

 ときちゃんか美岐本の伝手を頼って、加島の連絡先や就職先を知ることはたやすい。でも私はそれをしなかった。私と加島の間の、あれ、はもう終わったことだと思うからだ。単に、私がそれを引きずっているだけに過ぎない。

 だってもう三年も経っている。加島だって、本当に私と話をしたいのなら、どうにかして連絡を取るはずだ。

 それがないということは、そういうことなのだろう。

 もうどこにも、私の手の届く範囲の世界にはどこにも、加島はいないのだ。

 それを思って、ときおりひどい喪失感に襲われる。あんな別れ方さえしなければ、あんなひどいきっかけさえなければ、ここまで引きずることはなかっただろう。ある意味では、その出来事があったがゆえに、加島は私の心に刻み付けられることになったのだといえる。加島の所為だ。フォローひとつ入れてくれないとはひどい奴。

 思わず涙が出そうになって、私はそれを堪えたまま、家路への暗い路地を突っ切ろうとした。

 薄暗い街灯の下に、電信柱にもたれている人影が見えた。

 その人物は、こちらに気づいてゆっくりと顔を向ける。

「か、しま」

 加島だった。見間違いじゃないかと、足を止めた私はぱちぱちと目を瞬かせた。しかし加島はずんずんとこちらに近づいてくる。

 すらりとしたスーツ姿。高校ではサッカー、大学では野球をやっていた体格そのままに、切れるような雰囲気はいくらか穏やかになっている。記憶の中の学生らしさはもうすっかり拭い去られていた。

 改めて思う。それなりの時が過ぎたのだと。

「朱子さん」

 記憶のままの加島の声がした。

「なに、してるの」

「会いに来た」

 いまさら、何のために。そう思ったのに、声にはならなかった。期待を裏切られるのが怖かった。いつか、加島が私の信頼を裏切ったように。

 黙ったまま、頼りない角度で見上げる私の顔を、加島はまじまじと見つめてふっと笑った。

「やっぱり、朱子さんだけは違ったみたいだ。初めて、見栄を張りたいと思った。あんたと対等になりたかった。だから我慢したんだ、一人前になってあんたと同じ位置に立ったと思えるまでは」

 会いたかった、と言って、加島は優しく私を抱き締めた。

 なに考えてんだ、と言いたかった。私に彼氏がいたらどうするつもりだったんだ。私が加島のことを忘れてたらどうするつもりだったんだ。

 そう思ったのに、口から出たのは全然違う言葉だった。

「ばか、加島、来るのが遅いよ……!」

 私は加島にしがみついて泣きじゃくった。涙は、あとからあとから溢れてなかなか止まらない。胸が苦しくて苦しくて、息が止まりそうだった。

「朱子さん、それ、自惚れていいんですか」

 涼しい顔の加島に悪態を吐いてやりたかったけど、私はなにも言えなかった。

 なにも言えないまま、加島の胸にしがみついていた。



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