7. 三年
会計の仕事は、資料整理に始まる。
どれほど正確に数字を読めても、必要な資料を探すたびに紙の樹海を掘り返していては、時間がいくらあっても足りない。
書類が整ってからというもの、王弟殿下の仕事は目に見えて速くなった。
「次はこちらです」
「ああ」
「その領地の前年分でしたら、こちらに」
「……便利だな」
そんな短いやり取りが、いつしか当たり前になった。
資料整理が一段落すると、私は次に休憩時間へ目をつけた。
ある日、部屋の隅にあるテーブルへ紅茶を置いた。
「殿下。お茶をどうぞ」
「ああ」
王弟殿下は席を立ち、目の前のソファへ腰を下ろした。
そして紅茶を一気に飲み干す。
カップを置くと、すぐに立ち上がった。
「…………」
次の日も。
「殿下。お茶をどうぞ」
「ああ」
ごくごく。
カタン。
すぐに仕事へ戻る。
その次の日も同じだった。
(……よく火傷しませんわね)
これでは、まったく休憩になっていない。
次の日。
殿下がソファへ腰を下ろした瞬間、私は向かいに座った。
「殿下。昨日のユグリス領の報告書ですが」
カップへ伸びていた手が止まった。
「何かあったのか?」
「少し気になるところがありまして」
資料を広げる。
殿下はそのままソファへ座り直した。
次は菓子も置いてみた。
紅茶を飲みながら資料を見る。
菓子をつまみながら仕事の話をする。
そうして少しずつ、殿下がソファに座っている時間は長くなっていった。
いつしか監査室には、
紅茶を飲みながら仕事をするという、妙な休憩時間が定着していた。
それから少しずつ、任される仕事も増えていった。
報告書の確認。
数字の照合。
監査前の資料準備。
気づけば、三年。
私は王弟殿下の片腕と呼ばれるまでになっていた。
そして宮廷では、いつの頃からか私たち二人をこう呼ぶ者まで現れたらしい。
――双氷の門番。
もっとも。
その呼び名を、当時の私は知る由もなかった。




