40. 侯爵家(2)
侯爵家から、招待状が届いた。
『愛する娘の忘れ形見を、ぜひ我が家で引き取りたい。一度、顔を見せに来てほしい』
「…………」
確か侯爵家の親類には、宮廷に勤める官吏がいたはずだ。
王家と交わした鉱山の契約を知り、侯爵へ伝えたのだろう。
もし、一度目の人生がなかったなら。
私はこの手紙を握りしめ、泣いて喜んでいたかもしれない。
――お母様の家族が、ようやく私たちを受け入れてくれた。
そう信じて。
私は込み上げる怒りを押し隠し、指定された日に侯爵家を訪れた。
以前とは、まるで違った。
屋敷の前には何人もの使用人が並び、あの執事が恭しく扉を開ける。
「お待ちしておりました、お嬢様」
……前は、あんなに冷たい目をしていたくせに。
案内された部屋では、侯爵が満面の笑みで私を迎えた。
「やあ、よく来てくれた。こうして見ると、本当に娘の面影があるな」
「さあ、座ってくれ」
丁寧に勧められるまま、ソファへ腰を下ろす。
すぐに紅茶が運ばれてきた。
香りだけで分かる。
かなり上等な茶葉だ。
「さて、まずは君の名前を教えてくれるかい?」
優しく、穏やかな声だった。
「エレノア・ハワードでございます」
軽く会釈する。
「エレノアか。いい名前だ」
侯爵は満足そうに頷いた。
「それで、いつ我が家へ移って来られる?」
「お断りいたします」
「…………何?」
「こちらへ移るつもりはございません」
侯爵の笑みが、わずかに固まった。
「領地のことが心配なのだろう? それなら我が家の縁者に継がせればいい。君は安心して侯爵家から嫁いでいけばいい」
少し間を置き、さらに続ける。
「妹たちにも、もちろん相応の教育を受けさせよう」
「ありがたいお話ではございますが、お断りいたします」
今度は、侯爵の笑みが完全に消えた。
「……侯爵家を敵に回せば、どうなるか分かっているのか?」
「それでも、お断りいたします」
部屋の空気が、すっと冷えた。
周囲に控えていた使用人たちの視線が、一斉に私へ向けられる。
「…………」
しまった。
騎士の方について来てもらえば良かった。




