17. 滑落
私は、これから行われる監査に備えるため、一度領地へ戻されることになった。
城を出て馬車乗り場へ向かうと、我が家の古びた荷車の隣に、見覚えのない立派な馬車が停まっていた。
窓から顔を覗かせたのは、カイル様だった。
「カイル様……!」
私は思わず馬車へ駆け寄った。
「どうして、あんな書類を作ったの? 私は脱税なんてしていないわ」
「全部、事実だ」
カイル様は平然と言った。
「遅かれ早かれ家は取り潰されるんだ。別にいいじゃないか」
「何を言っているの……。カイル様、私と婚約するって言ったじゃない」
一瞬、彼はぽかんとした顔をした。
そして、鼻で笑った。
「は? 僕と君が?」
胸の奥が、すっと冷たくなる。
「気持ち悪いな。君と婚約なんてするわけないだろう」
「……え?」
「それに、僕には愛する人がいる」
その言葉と同時に、馬車の奥から一人の女が顔を覗かせた。
豊かな胸元を惜しげもなく見せた、艶やかな女だった。
「まあ。あなたがエレノア?」
女は私を上から下まで眺め、くすりと笑った。
「ご愁傷さま。カイルのストーカーさん」
御者が鞭を振るった。
立派な馬車は、石畳に車輪の音を響かせながら、颯爽と走り去っていった。
その姿が見えなくなっても、私は動けなかった。
よろよろと、我が家の古びた荷車へ乗り込む。
帰り道。
山間の岩肌へ差しかかった時だった。
ガタンッ。
大きく荷車が傾いた。
「えっ――」
車輪が外れている。
次の瞬間、身体が宙へ投げ出された。
視界いっぱいに、岩肌が迫る。
――ああ。
お父様とお母様も、最後にこんな景色を見たのかしら。
もっと早く。
馬車を買っておけばよかった。
そんなことを思いながら、私は意識を手放した。




