エピソード3
ぐつぐつ、、、コトコト、、、。
静かな部屋に珍しく美味しそうな音が響いている。なんて新鮮な感覚なんだろう。
しばらく御子柴さんが立てる調理音を聞いていると次第に視界が薄っすら狭くなっていく。
こくり、こくりと意識が飛び初めて気付けば俺は眠りこけてしまっていたらしい。
目覚めたのは頬にツンツンとつつかれるような感覚と暖かい吐息を感じた頃だった。
「んっ、、、あれっ、ごめん俺寝てたよね?」
目に飛び込んできた御子柴さんの頬が少し桃色になっていたのは気のせいだろうか。俺は眠い目を擦りながらゆっくりと体を起こして御子柴さんに向き直った。
「ごめん、晩御飯まで作ってくれたのに俺だけ寝ちゃって。御子柴さんだって休憩したかったはずなのに。」
「いや、全然大丈夫!!ほら!!できたから一緒に食べよ!!」
リビングのローテーブルを見るとそこには旅館のような和食が並んでいた。
豆腐とわかめのシンプルなお味噌汁に俺の好物の鯖の塩焼き、大根の胡麻和え、ほうれん草のおひたし、そして色とりどりに盛り付けられたお刺身などまるで高級旅館にでも泊まりに来たようなラインナップである。
「凄いね、、、これ全部御子柴さんが作ってくれたの???」
御子柴さんは得意げに腰に手を当てながら今日の献立を紹介をしてくれた。
「和食好きか分からなかったけど健康って感じがするから作っちゃった!食べられないものがあったら残してもいいからね!」
「いやいや、むしろ俺の好物ばっかりだよ。もしかしてお刺身とか買い出しに行ってくれた?」
「卯月くん、気持ちよさそうに寝てたからささっと買い出ししてきちゃったよ〜。」
なんでだろう。どうして今日初めて話したくらいの俺にそこまで尽くしてくれるんだろう。俺たちの関係はただのクラスメイト、陰と陽、交わる事なんてないと思っていたはずなのに。
そんなことを思いながら御子柴さんの作ってくれたら料理に手をつける。
「美味しい、、、」
ぽつり、ぽつり。気付くと俺の頬には涙が伝っていた。そんな様子を見た御子柴さんはオロオロと慌てふためいている様子。
「大丈夫?!サバの骨刺さっちゃった?!?!ほら!!ご飯飲み込むと良いらしいよ!!」
そんな感じで慌てている御子柴さんを見ていると何故だかおかしくて笑いが込み上げてきた。
「ごめんごめん、そんなんじゃなくてさ。なんか懐かしい気持ちになっちゃって。ご飯ってこんなに美味しかったんだね。」
少し不思議そうな顔をした御子柴さんが何かを察したように俺の隣にやってきてちょこんと腰を下ろしてじっと顔を覗き込んでくる。
「何があったか"今はまだ"聞かないでおくけど、辛い事とか困ったことがあったらなんでも相談してくれていいからね? だから大丈夫、大丈夫だよ!」
そういうと俺の頭をそっと優しく撫でてくれた。
「それに同級生の可愛い可愛い女の子を家にあげてご飯まで作らせちゃってるんだからもう"友達"だからね!!既成事実だからね!!」
「おい今ので全部台無しだよ」
それからは2人でのんびりテレビを見たりトップオブ陽キャ御子柴真帆の学校であった面白い話なんかを聞いたりして過ごした。今までふわっとしか話したことがなかったクラスメイトたちの意外な一面やキャラクターを知ることができ充実した時間になった。
時計の針は間も無く午後9時を回ろうとしている。流石にこんな時間まで帰らないと親御さんも心配になるのではないか。そう思った俺は御子柴さんに解散しようと持ちかけた。夜道を女子1人で歩かせるのはあまりよろしくないと思い家の近くまで送ると申し出たけれど大丈夫の一点張りだったので仕方なくマンションのロビーまで見送ることにする。
「今日はありがとう。本当に送らなくて平気?ご家族に連絡した?」
「大丈夫だよ!卯月くんは心配性だなぁ。歩いて20分くらいだしそんなに遠くないから平気!じゃあまた明日学校でね〜」
御子柴さんはそういうと家の方面へと歩き始めた。
なんだか今日は不思議な日だった。いつもは落とし物にも無くし物にも気をつけているのに1番大事な学生証を落としたり、色々あって学校のアイドルにご飯作ってもらったりいろんな話をしたり。
人畜無害。すなわち誰にも害をなさないように、余計な言動で周囲に影響を与えないように注意して大人しく過ごすことに慣れてしまったはずなのに、御子柴さんと過ごした数時間はいつの間にか素の自分に戻っていた気がする。
「こういうのも案外悪くないのかもしれないな。」
小さな雲から顔を覗かせている月はまるで今の自分と鏡写しになっているような、そんな気がしたのだった。




