第26話 みんなでお買い物 - しょっぱいあんパン
「男性奴隷をご希望でしたか」
「男性でなければ駄目ってことは無いんですが。ちょっと予想外だったので」
「ヒカル様、私、男性に負けないように働きます」
「ねぇ、ヒカル」
オワッ、いつの間にか、ももちが横に立っていた。
「さきちゃん、私たちについて行くって。それと、奴隷はニヘイさんが良いな。同性の方が気を使わなくて良いし。さきちゃんも、ここに来た時、優しくしてくれたニヘイさんが良いって」
「ということなので、予定通り、ニヘイさんを買い取ります。それと、さきちゃんを連れて帰ります」
「おう、それは良かった。私もニヘイが、優しそうな貴方に買い取られて、ホッとしました。それでは、さっきの部屋で、手続きをしましょう」
ももちは、「同性の方が気を使わない」って言ったけど、僕にしてみれば、3人の異性と暮らすことになる。しかも、3人とも可愛い。絶対に気を使いそう。
部屋に戻ると、トーベンさんは、契約書と、書き込みがびっしりとある薄い冊子を持ってきた。契約書については、先ほどの奴隷に関する説明を盛り込んだもので、それに了承のサインをするだけである。冊子については、奴隷同士の結婚の取り扱い、奴隷は冒険者パーティーに入れないこと等、いろんなことが書いてあり、言い方は悪いが、取扱説明書のようなものだ。
契約書にサインした後、実際の売買手続きに移った。まず、ニヘイさんの自己紹介から始まる。
「ニヘイです。人族の18歳です。生まれてからずっと、ビギン育ちです。スキルは、[商業]、[料理]、[芸術]を持っています。生活魔法が使えます。秘書業務、家事全般が得意です。」
「ヒカルです。人族の19歳です。生まれは...」
「ヒカル様、主人側の自己紹介は、不要です。あとは、代金の支払後、隷属魔法の行使になります。代金の1500万モグにつきましては、先ほど、ホーマ様に、ヒカル様の口座から責任を持って支払う旨、確認いたしましたので、隷属魔法に移ります。」
仕事、早いな。1500万モグって言ったら、日本円で4500万円程度、家一軒の値段だ。それを約1時間で済ませてしまうのだからな。
「それでは、ヒカル様の血を頂きます。」
そう言ってトーベンさんは、何かをブツブツつぶやきながら、スポイトのような器具を、僕の腕に押し当てた。針で刺した訳でもないのに、スポイトの管に僕の血が上っていく。管が僕の血で満たされた後、次は、管の先をニヘイさんの額に押し当てて、ブツブツとつぶやいた。管の血がどんどん減って行く。きっとニヘイさんの中に入ってるのだ。血がすべて無くなって、隷属魔法が終了した。
「ご主人様、これから先、よろしくお願いします」
ニヘイさんが、ニコッと笑って、そう言った。僕は、ゾワット鳥肌が立った。
うまく表現できないけど、隷属魔法前の笑顔と何かが違う。屈託のない笑顔が、強制的に笑わされている感じ。笑顔まで隷属させられている感じ。本物の笑顔を奪ったような、とんでもないことを、ニヘイさんにしてしまった気がする。
「トーベンさん、隷属を解除するにはどうすれば良いのですか」
「手数料はいただきますが、ニヘイさんから貴方の血を抜く魔法を使います。」
「今、それをして貰うことは、出来ますか」
「やろうと思えば出来ますが、しかし、負債を返していないのにやると言うのは、感心しませんな」
「ヒカル、落ち着いて。解除はいつでもできるんだから。」
「ああ、そうだね。トーベンさん、あわてちゃって済みません。」
「いえいえ、ヒカル様は優しいお方ですね。今はつらいかも知れませんが、ニヘイさんは、スキルを3つも持つ、才能のある方です。その内に、奴隷から解放されるでしょう」
「さきちゃんは、隷属魔法を使わずに、引き取ることはできますか。」
「はい、パン屋への賠償金、街への不法侵入の罰金、手数料、合わせて1万2000モグいただければ、お引き取りいただけます。」
「では、それでお願いします。」
こうして、僕は、さきちゃん、ニヘイさんを身請け(?)し、奴隷商館を後にした。
時刻は丁度、午後3時だった。ゲッター邸の感謝・歓迎の宴へは午後7時なので、時間は十分にある。とりあえず、一度ハウスに帰って、それから買い物にでることにした。
途中、さきちゃんが辛そうに歩いていたので、噴水広場のベンチに腰掛けて貰った。
「具合が悪いようだけど、大丈夫?」
「さき様は、おとといから、殆ど食べ物を口にされていないんです」
「だって、黒パンは固いし、スープは何の肉を使っているのか分からないし、水は生ぬるいし。もういや、まともな物を食べたい」
「虎の子のあんパン」と言うのは、こういう時に使うんだろうな。
「まともかどうかは、分からないけど、ハイ、これ」
「えー、「山本のずっしりあんパン」と「九太郎の和み茶」、どうしてこれが」
「死んだとき、持っていたんだ。[収納]に入れて置いたから、古くはなっていないよ」
よっぽどお腹が空いていたのか、さきちゃんは、もどかしげにあんパンの袋を開け、パクパクと食べ出した。そして、途中で、食べながら涙を流していた。
「さきちゃん、久しぶりのあんパン、嬉しいのは分かるけど、それじゃあ、塩あんパンになっちゃうよ」
「帰りたいよう、帰りたいよう。今頃は、私の卒業・入学祝いをやっているはずだ。美味しい物をお腹いっぱい食べているはずだ。これからは、あんパンもケーキもパフェも食べられないんだよ」
「食べられないとは限らないよ。まだ、全部のお店を見たわけじゃないから。それに、無かったら作れば良いじゃない。材料を買うお金は、ヒカルがいくらでも出してくれるよ」
ももち、ナイスアシスト。
「僕は錬金術士だから、道具だったらなんでも作ってあげる。材料も沢山買ってあげる」
さきちゃんは、あんパンが無くなる頃には、泣き止んでいた。そして、「和み茶」をゴクゴクと飲み干すと、スクッと立ち上がった。
「私、元の世界では、車にはねられて死んでるはずだから、悩んでもしょうがないわね。転移出来ただけでも有り難く思わなくっちゃ」
ニヘイさんだけは、不思議そうな顔で僕らを見ていた。
ハウスに戻ると、僕らは1階のリビングに集まった。
[収納1]から鉄の木の丸太を取り出し、[錬金術]で人数分のマグカップと皿を作りだし、次に、包丁やナイフを作り、緑魔石を使ってミスリル並に強化した。瞬時に作り出していくので、みんな、呆けたように僕の手先を見つめている。そして、アポの実とバナの実を取り出した時、我に返ったさきちゃんが騒ぎ出した。
「どうして、そんなことが出来るの、リンゴとバナナは、どこから出てきたの」
「最初の丸太の時点で驚けよ」と思ったが、取りあえずは、
「[収納]スキルと[錬金術」スキルの合わせ技だよ」と説明した。
「私も[収納]を選んだわ。整理整頓が上手になるスキルかと思ってたのに。要するに、なんでもしまっておけるわけ?」
と、さきちゃんがキラキラした目で言った。
「おいおい、掃除しなくても大丈夫なスキルじゃないよ。でも、自動で掃除してくれるんだよね」
「もう少し、慎重にスキルを選べば良かった。正直、[忍術」以外はどうでも良かったのよね」
「そんなに、残念そうな顔をするなよ。[暗器」なら、お望みの物をいくらでも作ってやるぞ。それに、あくまでも僕の予想だけど、[忍術]と[俊足]を組み合わせると[影分身]が出来るようになるかも。[テイマー]も役に立つスキルだぞ」
「本当に[影分身]ができるのなら、伝説の忍者になれるわ。ヒカル、今度修行に付き合って。で、[テイマー]って、どんなスキル?」
「そこから? [テイマー]のこと知らずに選んだの?」
「カタカナのスキルがあったから、なんだろうと思って」
あの短い数分に、頭がハゲそうになるくらい集中して、5つのスキルを選んだ、僕の努力って何?
「動物とお友達になるスキルだよ。忍犬だって使えるし、馬の考えていることも分かるようになるかも」
「ということは、私の直感でスキルを選んで、間違い無かったってこと」
「そだねー。で、そんな話はともかく、後で足りない物をメモして、買い物に行こう。ニヘイさんを中心にリストアップしてね。それと、2階に寝室が3部屋あるから、自分の部屋を選んでね。」
「ヒカルは3階で寝るの?」
「僕は、ここの、ソファーで寝るよ」
「いけません。ヒカル様をこんなところで寝させる訳にはいきません。私がここに寝ます。」
「いや、ニヘイさん、寝室だったら3階に5室あるんだけど、あんな広い部屋では眠れないからね。今日は、ソファーで寝るけど、その内、物置を改装して寝室にするよ」
「で、買い物だけど、替えの服も買ってね。ニヘイさんもメイド服はやめて、普通の服にしてね。」
それから、水差しを作って、清水を入れ、みんなのマグカップに注いだ。ニヘイさんとさきちゃんは、スイスイとアポの実の皮を剥いている。異常に早い。さすが、[料理]スキル持ち。
清水は、きよみず・さきちゃんに評判が良かった。美味しい美味しいと、ゴクゴク飲んでいた。それから、アポの実とバナの実を食べながら、お菓子談義が始まった。さきちゃんは、この春からパティシエになるための専門学校に通う予定だったそうだ。
この世界には、お菓子と言えば、果物の甘露煮、クッキーや高価な砂糖菓子くらいしかないと、ニヘイさんから聞いて落ち込んでいたが、小麦粉や卵や牛乳が普通に売ってあり、砂糖も高いけど手に入らないわけではないとも聞いて、喜んでいた。
さらに、[収納2]は温度調整機能があり、冷蔵庫代わりにできると僕から聞いて、アイスクリームが作れるとガッツポーズしていた。
さきちゃんは、スマホと大容量のソーラバッテリーは持ってこれたけど、ネットがつながらないから、役に立たないと嘆いていた。僕が、オフラインWeb辞書、オフライン検索データを持っていると伝えると、少しはレシピ検索ができると喜んでいた。アイドルのコンサートビデオは、男性アイドルのビデオじゃないので要らないと、冷たく拒否られた。女性ファンが多い女性アイドルグループのビデオもあるのに、残念。
女子会トークに混じってキャッキャしていたら、午後4時を回っていた。ニヘイさんによると、お店は午後6時から7時には閉まるということなので、慌てて買い物リストを作って、出発した。
買い物を始める前に、ももちとさきちゃんには、小金貨1枚(10000モグ=3万円)を渡し、ニヘイさんには、小金貨10枚を渡した。
ニヘイさんは、こんなに必要ないと言ってたけど、明日以降の分も入っていると伝えて、受け取って貰えた。大店の娘だった割に、節約家みたいだ。
買い物は、ニヘイさんがいてくれて助かった。
僕はこの街で買い物をしたことがない(除く奴隷)。さきちゃんは、パン屋しか知らない。ももちは、市場や商店街を回った経験はあっても、忍者としての情報収集をやってたみたいだ。
前の世界のように、コンビニや、スーパーマーケットや、デパートがないので、必要な物は、お店をひとつひとつ回って揃えないといけない。どの店に売ってあるのか、検討が付かないので、そんな時は、ニヘイさんのアドバイスが役に立った。
先ずは、衣料品探しだが、これが大騒ぎだった。この世界は、プリント柄の生地がないので、貴族や富裕層を除いては、地味な単色の服だけなんだが、それでも、組み合わせがどうのこうの、スカート丈がどうのこうの、となかなか決まらない。結局、明日、時間をかけて購入するということで、寝間着のような物とシーツとタオルを買っただけだった。
次に、市場に食料品を買いに行った。肉と調味料と果物は、僕が持っているので、野菜や卵、お茶やミルクを買うだけだった。案外早くすんだ。それから、鍋や食器を買っていたら、午後6時になったので、慌てて帰ることにした。
帰り道、パン屋を見つけたさきちゃんが、どうしても白いパンを買いたいと粘ったので、寄り道した。黒パンへの憎しみか、ロールパン大のパンを40個ほど買おうとしたので、さすがにニヘイさんがとめて、10個だけ買った。
ハウスについたのが、午後6時半、女性絡みの買い物は、想定以上に時間がかかる。
多分、モモチとさきちゃんは、オーク肉は食べないと思ったので、ニヘイさんにホーンラビットとフォレストタイガーの肉を渡したら、フォレストタイガーの肉は返された。奴隷になる前も、フォレストタイガーの肉は、めったなことでは食べられない高級肉とのこと。何かのお祝いの時に食べましょうと、提案された。
アポの実10個とバナの実10本、盗賊のウエストポーチに入っていた、胡椒、塩、砂糖の袋を出したら、一瞬、驚いた顔をして、それから考え込んでいた。[料理]スキルが、夕食の献立を構築しているのだろうか。
ゲッター邸の感謝・歓迎の宴に行く時間になったので、全身に浄化もどきを掛けていたら、ももちが目ざとく見つけ、教えて欲しそうにしていたが、とりあえず、明日話すということで、ハウスを後にした。




