第17話 元従士と盗賊 - ビギンの街、目前
2026.4.12
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アルトじいやの話では、崖は、出来の良い冒険者なら、どこからでも上り下りできるが、川のほとりにある階段を使うのが一番安全であるとのこと。崖の縁に沿って、西へと歩いたが、緩やかな下り坂になっており、やがて階段に辿り着いた。階段は、十数メートル程度の高さであるが、手すりもなく、土を削って階段状にしただけなので、足下が心許ない。加えて、階段横の崖の中腹から水が滝の様に吹き出ており、それが川へと続くのだが、うるさくて、降りるのに集中できない。
ステータス300の僕なら、一気に飛び降りることも可能そうだが、スカーレット嬢を見ると、案の定、固まっていた。
「背負われて降りるのも、怖いですか?」
「ええ、目を瞑っていれば、なんとか大丈夫だと思います。」
「おお、そこまでやって頂けるのか。感謝しますぞ、ヒカル殿」
って、僕が背負うとは一言も言っていないぞ。「Dランク冒険者のコフスと同じようなステータスをしているくせに、押し付けるなよ」と言いたいけれど、難しい仕事でもないので、引き受ける事にした。
マイミー鞄を肩掛けにして、階段の前で背中を差し出すと、スカーレット嬢は、僕の首にしっかりとしがみ付いてきた。ゴブリンの住みかから逃げる時も背負ったのだが、その時よりも強い力だ。そのため、僕の背中とお嬢様の胸が密着する。ちょっと気恥ずかしい。
「今から降ります。目を瞑ってくださいね、直ぐに終わります」
この程度の階段は、何の苦労も無く降りられる。階段は思ったよりもしっかりと作られていた。丸太と粘土質の土を使って、ちゃんと補強してある。
「降りましたよ」
「えっ、もう着いたのですか」
スカーレット嬢は、恐る恐る目を開け、そしてゆっくりと背中から降りた。少し遅れてアルトじいやが到着した。
「いやぁ、流石ですな。軽々と降りられた」
会った時から、やけに僕のことを持ち上げる。何か裏でもあるのか?
降りた所は、滝の音でうるさいので、少し歩いて休憩することにした。川に沿って小さな道が続いている。コフスも、この道を教えてくれれば良かったのに。
しばらくしたら、滝の音も聞こえなくなった。立ち止まって、スカーレット嬢が座れるよう、フォレストタイガーの毛皮を敷いた。
「流石ヒカル殿、このような高価な物を惜しげも無く敷物にするとは」
「いやぁ、これしか無かったのです」
嘘です。ホーンラビットやフォレストウルフの毛皮は山ほどあったけど、お嬢様が座るということで、見栄張りました。
「私のために、ありがとうございます」
「それでは、失礼して座らせていただこう。」
アルトじいやは、草の上に座ってもらっても良いんだけどな。
「ところで、崖の階段は、しっかりと補強して作られていたのですが、一体誰が作ったのですか」
「冒険者ギルドと商業ギルドが、人を雇って作らせたのです。ビギンの森は素材の宝庫だから、素材採取する冒険者らが無理して崖を登って怪我するより、階段を使った方が安全ですからな。階段を作ってからは、素材の納品が増えたそうだ」
「成る程、ギブ&テイクということですね。ところで、お二人は、何故あんなところでゴブリンに捕まっていたのですか」
「私のせいです。私が...」
アルトじいやとの話に、いきなりスカーレット嬢が割り込んできた。
「私が、温泉行きを勧めなければ、こんなことにならなかったのです。」
「それは違います。お嬢様は私のことを思ってそうされたのですから。そもそも私の腕が痺れていなければ」
そう言って、アルトじいやは語り始めた。
「私は、ゲッター家の執事ですが、執事の仕事は副執事に引き継いでおり、最近では、護衛を含めてお嬢様のお付きの役をやっておりました。ところが、右腕が1年ほど前から痺れて、剣を振るうことができなくなったのです。このままでは、お嬢様のお付きの役を辞めざるを得なくなり......」
アルトじいやが言うには、そんな折、スカーレット嬢が、叔父のスパーク・ゲッター準男爵から、ビギンの草原にある、痺れに良く効く温泉の話を聞き付け、下見に行くことになったそうだ。
しかし、温泉は見つからず、更には帰路に馬車が故障してしまった。幸い、騎士団長も務める準男爵が、護衛の騎士2人、従士6人、冒険者5人を付けてくれており、魔物に襲われても大丈夫だということで野宿をすることになった。
ところが、深夜に、「ゴブリンだ」と言う声が聞こえ、慌てて馬車を出ると、50匹程のゴブリンと数匹のオークに囲まれていたとのこと。冒険者5人は倒れており、騎士、従士の姿は見えなかった。
スカーレット嬢が捕まったので、アルトじいやも抵抗を止めて、ゴブリンの住処まで運ばれたらしい。隙を見て逃げだそうとした時、ゴブリンに見つかり、腹を刺されてしまったそうだ。
ゴブリンに捕まった経緯は分かったが、騎士は、何をしていたのだろう。職務放棄というより、厳重処罰の対象ではないか。「痺れに効く温泉」というのも、ピンポイント過ぎて嘘くさい。街に戻ったら、一悶着ありそうだ。引き込まれないように、用心しよう。
「そろそろ出発しないと、日暮れまでに街へ着きませんぞ」
時間を見たら12時半、アルトじいやの忠告に従って、僕たちは川沿いの道を北に向かって歩き出した。
しばらく行くと、前方で4人の男が騒いでいるのが聞こえてきた。ただならぬ気配を感じた僕は、2人を待たせて、[隠密]、[神足]で近づいた。
倒れた馬の横で1人の男が片膝を付いており、その回りを3人の男たちが取り囲んで、何かを話している。[聞耳]を使うと、
「魔法で不意打ちとは、卑怯なり」
「こんな所を、のんびり馬を走らせている奴が阿呆なんだよ」
「命だけは取らないから、荷物を置いて、素っ裸になって、どっかに行け」
「そう言って、裸になった途端、斬り殺されるんじゃないか」
「そんなに死にたければ、死んでもらおう」
もう、どちらが悪人かハッキリしたので、転がっていた石を3つ拾い、3人の男達へ投げつけた。2人には、狙い通り剣を持った肩に当たった。残りの1人は、石をギリギリのタイミングで躱し、振り向きざまにこちらへ右手を向けてきた。
右の掌から、通常の空気とは微かに密度が違う塊が飛んで来たので慌てて躱したが、足下の草が、すっぽりと刈り取られていた。
「少しは、やるようだな。しかし数打てばどうなるかな」 男は不敵に笑った。
これは、あかんやつだ。本気出さなければやられる。僕は[猿飛]を発動した。
男は、次々に塊を放つ。躱すと、後ろのスカーレット嬢達に当たる可能性もあるので、忍刀でたたき落とした。「炎の玉」や「氷の槍」と違って目に見えにくい分苦労するが、次第に目も慣れてきた。塊は、「空気のやいば」という表現がぴったりする。風魔法だろうか。
10本目のやいばをたたき落とした後、男の顔に焦りの色が見えてきた。
「くっそ、ちょこまかとすばしっこい奴め、これならどうだ」
そう言って、胸の前で、両手の掌を向かい合わせにして、うなりだした。これは、特大の一発が来るな。そうはさせない。男の隙を狙って、苦無を投げようとしたが、苦無では死んでしまうかもしれない。僕は、咄嗟に苦無をポーション容器に切りかえて投擲した。ポーション容器は見事に男の額に当たり、男は仰向けに倒れて、動かなくなった。
あとの2人はどうなった、と振り返って見ると、既に1人は倒れており、もう1人は、今、正に、襲われていた男に切りすてられているところだった。
数秒で決着が付き、静寂が訪れた。聞こえるのは襲われた男の激しい息づかいだけだ。息づかいが収まった頃、男が話しかけてきた。
「そこのお方、助太刀感謝する。」
恐る恐る近づくと
「そんなに用心されることはない。ワシは、この間まで、ライリー辺境伯の騎士団で従士をしていたソルグスと言う者じゃ。仕事を辞めて田舎暮らししようとビギンの街に行くところを、盗賊に襲われたのじゃ。貴殿の助太刀が無かったら、命を奪われるところじゃった。改めて感謝する。」
と、その元従士は、右手を胸に当てて、深々と頭をさげた。
「僕はヒカルと言います。錬金術師です。助太刀と言われても、石を投げただけで、ソルグスさんの剣あればこそです」
「そうは言っても、一人は、お主の投擲で死んでおるからの。二人は石が肩に当たって、剣が持てなくなっておったので、殺すのは簡単だった」
僕は、ポーションが額に当たった男が死んでいると聞いてびっくりし、確認するために、あわてて駆け寄った。息をしている様子はないし、心臓の鼓動も聞こえない。腰が抜けて尻餅をついた時、僕の手が男の腰に付けたポーチに触れた。
「魔法鞄の新しい所有者になりました。」
頭の中に声が響いた。どういうことだ、頭が混乱している?その時、コフスの言葉を思い出した。『その時(死んだ時)は、その魔法鞄を最初に手に取った奴が使えるようになる。』
この男が確実に死んでいることが、分かった。だからこの男のポーチの所有者が僕になったんだ。「死んだ。人を殺した....」ゾワッと鳥肌が立ってきた。
「なんじゃぁ、人を殺すのは初めてか?気にすることはない。あいつらは盗賊だ。ワシらがやらなければ、別の善良な者が被害に遭っていたかも知れない。盗賊は、襲って捕らえた者は、女・子供を売り飛ばす以外は、みんな殺しておるからの。しっかりせい」
ソルグスから背中を叩かれて、我に返った。そうだ、そうなんだ。この世界は、そう言う世界なんだ。遅かれ速かれ、こういうことは起きただろう。それが今、起きただけだ。そう考えると、妙に落ち着いた。いや、落ち着き過ぎる。INT(知力)[300]が関係しているのか?
「あいたた、ウインド・ブレードで切られたところが痛み出した」
そう言ってソルグスは右膝を押さえた。さっきまで気が付かなかったが、結構出血しているようだ。
僕は、駆け寄って[ハイヒールポーション]を振りかけた。半分ほどかけたところで、傷口がふさがった、というより傷が無くなった。。
「ほう、良く効くポーションだ。まさか、エクストラヒールってことはないだろうな?」
「ええ、ハイヒールです。」
「それを聞いて安心した。エクストラヒールだったら、お代を払ったら破産するからな。すまんが残っている分を、あの馬に使ってくれないか。あいつは長年の相棒なんだ」
ぼくは、そばで蹲っている馬に近づき、ポーションの残りを振りかけた。同じように傷がなくなり、馬は立ち上がった。
「さて、取りあえず、休憩だ。あの木陰に行こう。あの2人は?」
「ゴブリンに襲われたところを助けたのですが、ビギンの街に帰るところです。先を急いでいるので、これで失礼したいのですが」
「イヤイヤ、そう言う訳にはいかない。盗賊退治の報酬とか、盗賊の持ち物の分配とか、ポーションのお礼とか、いろいろあるからな。あのお嬢さんの足で、先を急ぐのは大変だろう。ワシの馬に乗せてやっても良いぞ」
2人と話したが、スカーレット嬢の足に疲労がたまっており、このままでは動けなくなりそうなので、一緒に休憩して、馬に乗せて貰うことにした。
もう17話ですが、まだ転移して3日目の午後1時頃です。1日が長いです。
18話では、何事もなければ、ビギンの街でお肉を食べている予定です。何事もなければ。




