第16話 ようやく見えたビギンの街 - 今日中に着けるの?
これまでの流れからすると、今日中にビギンの街に着くのは、無理なような気がします。
[訂正]
最後の方、「北に向かって流れいる」を「北に向かって流れている」に訂正します。
「僕の名前は、ヒカルです。先ほど申しましたとおり、駆け出しの錬金術師です。今回はご無事で何よりでした」
「ヒカル様は、このあと、どうされるのですか?」 と、スカーレット嬢が心細そげに尋ねてきた。
「ヒカルって呼んでください。とりあえず、ビギンの街を目指しています」
「じゃあ、ご一緒できるのですね」 スカーレット嬢の顔が明るくなった。
「ヒカル殿が一緒にいていただけたら、心強い」
「こちらこそ、お願いいたします。ただ、心強いと言われましても、最低ランクの魔物を倒しただけですから」
「いやいや、ゴブリンも30匹程まとまればEランクにはなりますぞ。装備もしていたし、オークも数頭いたから、Dランクの冒険者が数人いないと勝てないはずです。しかし、奴等、何故逃げ出したんだろう?」
さすが、男爵家の執事、ああいう目に遭っても、見るところは見ている。しかし、なんてごまかそう。
その時、スカーレット嬢のお腹が、クーッと鳴った。
「ヒカル殿、厚かましいお願いだが、何か食料があれば譲っていただけないか」
「たいした物はありませんが、アポの実とバナの実だったら沢山ありますのでどうぞ」
「おお、森の弁当と森のおやつですか。近頃は、ワームのせいで採取が大変で、品薄になっていたと聞いております。遠慮無くいただきます。」
「あっ、バナの実の皮は返してくださいね。スリップ油を作るので。」
「スリップ油とは?」
「バナの実から取れる油で、上に乗ったらツルツル滑る油です。ゴブリンと戦った時にも、この油をまいていたので、ゴブリンが滑って転んで混乱して、逃げて行ったみたいです」
「成る程、そう言うことでしたか。スリップ油とは、初耳です」
口から出任せであったけれど、とりあえずゴブリンが逃げた理由を信じ込ませることができたようだ。でも、ポンポンと嘘が出てくる。もしかして、[諜報]の[謀術]スキルが発揮されている?
失礼だとは思ったが、2人が食事をしている間に、[鑑定2]を使った。
名前[アルト・モーツ]、種族[人間]、年齢[56歳]
出身地[サクラ王国]、称号[騎士爵]、職業[執事]、レベル[5]
HP[82/200]、MP[10/10]
ス キ ル:剣術(初級)[ 98]、作法(中級)[ 80}
生活魔法[ 10]
ステータス:STR(筋力)[ 30] VIT(体力)[ 21]
DEX(器用)[ 34] INT(知力)[ 62]
AGI(敏捷)[ 18]
名前[スカーレット・ゲッター]、種族[人間]、年齢[16歳]
出身地[サクラ王国]、称号[男爵令嬢、ビギンの聖女]、職業[無職]
レベル[2]、HP[68/100]、MP[100/160]
ス キ ル:回復(初級)[ 65]、生活魔法[ 10]
ステータス:STR(筋力)[ 10] VIT(体力)[ 10]
DEX(器用)[ 24] INT(知力)[ 28]
AGI(敏捷)[ 18]
思った以上に、アルトじいやの数値が低い。56歳という年齢の割には、レベルが僕と同じだし、ステータスの総計も165しかない。「パーティー・絶好調」のコフスも冒険者ランクはDであるが、ステータス総計が100程だった。逆に考えると、僕のステータスオール300が、異常に高いのかも知れない。僕と同じ転移者でも、割り振りポイントが100しか与えられていなかった。僕の割り振りポイントが10000というのは、この世界では、常識外れとも言える。今後、スキルへのポイント割振が、再度可能になった時、僕自身、極端にチートな存在になるのかも知れない。それはそれで、チートな転移者は、異世界(小説)では良くあることなんだが。
それと、スカーレット嬢の称号「ビギンの聖女」が気になる。異世界(小説)通の僕が思うに、恐らく、回復スキルを街の貧しい人々に無償で使ったことで、そう呼ばれているのに違いない。そうすると、回復(中級)持ちの僕が同じ事をすれば、「ビギンの大聖人」と呼ばれるようになるのだろうか。そんな恥ずかしい称号は、絶対にいやだ。と言いつつ、フラグが立ったような気がする。
食事も終わろうとしていたので、出発の準備をするため、マイミー鞄経由で忍刀と手甲をしまい、金剛杖を出そうとしていた時、アルトじいやが聞いてきた。
「それは、魔法鞄ですな」
「ええ、容量は少ないのですが」
「魔法鞄を持つのが、冒険者の最初の目標ですからの。その年で持たれているのは
さすがですな」
「実は、この鞄は、錬金術師だった祖父の形見なんです。そうでなければ、僕のような駆け出しには、高値の花です。」
「そう言えば、私の腹の傷にヒールポーションを使っていただいたが、あれはエクストラヒールポーションですか。そのあと飲ませていただいたポーションも、最近患っていた手の痺れが取れたので、エクストラキュアポーションなのでは。それもお祖父様の形見だったのですか?」
「いえいえ、祖父から貰ったものですが、どちらもハイヒール、ハイキュアです。」
「そうですか、一度手の痺れを治すため、ハイキュアポーションを飲んだことがあるのですが、少しも効かなかった。ハイキュアポーションとしても、かなり品質が高いのでは。屋敷に戻ったら、相応のお礼はさせていただくつもりです」
「そんなに恐縮されなくても、ハイヒールもハイキュアも、素材さえあれば直ぐに作れますから」
「ご冗談でしょう。ハイヒール、ハイキュアと言えば、上級の錬金術師さえも失敗しながら完成させるポーションですぞ。お祖父様がそう仰っていたのなら、錬金術師としては、かなりご高名な方だったのでは」
「僕が生まれた頃に亡くなったので、詳しいことは覚えていません。それより、お食事が済んだようですので、そろそろ出発しましょうか」
「おお、そうじゃ。ここも安全とは限りませんな。早く街に戻って、安心したいものですな」
なんとか「死んだ祖父」に押し付けて、追求の手を躱した。元の世界で生きているお爺ちゃん、ごめんなさい。
早速、出発しようと思ったが、スカーレット嬢が裸足であるのを忘れていた。この先ずっと背負って歩くとなると、体力は許しても、気持ちが落ち着かない。16歳の聖女様の体温と息づかいを、背中で感じるなんて、もう無理。
さて、どうするか。その辺の草でわらじを作ることも考えたが、残念ながら作り方を知らない。2人が見ているから、スマホで調べることもできない。
しばらく考えて、[収納1]に眠る魔物の毛皮に思い至った。毛皮を重ねて靴底にして、それを足に紐で結んで靴にしよう。いわゆるサンダルだ。初期のモカシンのように、毛皮で足を包み込むことも考えた。しかし、なめしてもいない毛皮で包み込むと、足がけもの臭くなりそうな気がして、通気性のあるサンダルにした。
[収納1]の中で、脂肪やタンパク質を取り除いたフォレストウルフの毛皮を3枚、マイミー鞄経由で取り出した。
それらを重ねて、ナイフで靴底の形に切り取ったものを2つ作った。3枚がバラバラにならないように、錐で穴を開けて、紐で結んで1つにまとめ上げる。ステータス300のおかげか、あっという間に出来上がっていく。その作業を、スカーレット嬢は、嬉しそうな目で、アルトじいやは、何か言いたげな目で見ている。きっと、「錬金術初心者にしては、手際が良いですな」とか言われるんだろうな。
そうして出来上がった靴底に、再度、錐で紐を通す穴を開けた。
次にポケットに入っているタオル地のハンカチから、汚れやほこりを[収納1]へ送り、清水を掛けて塗らした。そして、スカーレット嬢の前で片膝を付いた。
「スカーレット様、足を私の太ももに乗せてください。」
「そんな、ヒカル様に足を乗せるようなことはできません。」
「靴を履いていただくために、必要なのです。急がないと何が現れるか分かりません」
スカーレット嬢は、ためらいながらも、眩しいくらいに白い足を僕の太ももに乗せた。僕は、その足を濡れたハンカチで丁寧に拭いた後、先ほどの靴底を紐で足に結び付けた。もう片方の足も同じように靴底を結び付けた。まるで、下僕になったような気分だ。
「スカーレット様、履き心地は如何ですか」
「ありがとうございます。とても、よろしゅうございます。私、このサンダル、一生大事にします」
「いや、その皮、なめしていないので、直ぐに悪くなります。お屋敷に着いたら、捨ててください」
そう言うと、スカーレット嬢は、少し悲しそうな顔をした。しかし、この世界でもサンダルと言う言葉は、通用するのか。
「さあ、これで準備完了です。北に向かって出発しましょう」
3人で北に向かって歩き始めたが、直ぐに、アルトじいやが聞いてきた。
「ヒカル殿、先ほど作っていただいたサンダルですが」
そらきた、早速質問だ。答えは用意している。
「僕は、子供の頃から手先だけは器用で、サンダルはいつも作っていたので、割と速く作れるのです」
「作られる速さにも驚きましたが、使われていた道具は、いろいろな道具が付いていて便利なものですな。初めて見ました」
気になったのは、そっちかよ! この場合の答えは一択だ。
「これも、祖父から譲り受けたものです。祖父は、いろいろと工夫するのが好きな人だったと聞いています」
「おお、そうだったのですか。先ほどの水を入れた筒もそうなのですか?」
「えっ、ええ、そうです。旅の時など、重宝しています」
「便利な道具と水を入れた筒、私は今まで、どちらも見たことがありません。これは是非、商業ギルドに登録されたら如何でしょうか。一財産にはなろうかと思いますよ」
登録とは、特許出願のようなものか。案外進んでいるじゃないか。それにしても、ポーションの品質、ゴブリン退治、水筒、スリップ油、五徳ナイフといろいろやらかしているな。あんまり表に出たくないのに、派手に、錬金術師デビューとか冒険者デビューすることになるのだろうか。まあ、そうなったらその時だ。名前が売れて、貴族や役人とのしがらみが増えたり、悪党から狙われたりするようなことがあれば、最悪、ほかの国に逃げて、やり直せば良いのだから。
この時、自称「異世界(小説)通」のヒカルは、殆どの異世界(小説)において、ギルドは国家を超えた組織であること、ギルド間の情報網が発達していることを忘れていた。
「えぇ、まあ、そうですね」
アルトじいやの提案に、曖昧な返事をしながら歩いていると、草原が途切れ、崖になった。ビギンの森は高台にあるようだ。崖は、切り立った崖ではなく、注意すれば歩いておりることができる程の傾斜だ。崖を降りると、そこからまた草原が続いている。
崖から見下ろすと、左手に川があり、北に向かって流れている。流れの先に、教会の赤い屋根が小さく見えた。
「あれが、ビギンの教会ですね」
「そうです。川の流れに沿って小道があるはずです。それに沿って歩きましょう。お嬢様の足では、街に着くのは、日暮れ頃になるでしょう」
3日目にしてやっと、ビギンの街が見えた。今日中に着いて、お肉を沢山食べるのだ。




