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団長は話がわかるほう。


 ガチャガチャと金属の擦れる音が煩く響き、新たなる一団はすぐに姿を現した。

 やまんちゅは、その鎧に付いている紋章に見覚えがあった。王直属の近衛騎士団だ。


「…ほう、騎士団か。お前のおイタがバレたようだぞ」


 殿下、とあの老いた魔法使いが言ったのたから、陛下は別に居るのだろう。そして、王を守るべき近衛騎士団が主の居ない場所へと駆け込んでくるのなら、勅命での討伐か捕り物の側面が強い。

 この召喚の首謀者が王である可能性は、どうやら消えた。


 過去の兄達への恨みを晴らすと称して、王族を皆殺しにしても構いはしないが…と、複雑な胸中へ意識が傾きかけた瞬間。

『もうこの身体で生きなきゃいけないんだ、前世の名前なんか無意味だぞ』

 …そんな声が頭をよぎる。


(それはそうだ。私はイリヤトーレであっただけの、やまんちゅなのだ。国盗りは目的じゃない。統治とか面倒くさい)


「レンゼル殿下…! うっ、…こ、これは…」


「団長! 危険です、既に召喚が成されています!」


 足元を凍りつかせた集団と、召喚陣の上に立っているやまんちゅ。関係性は一目瞭然だ。

 また浮いていても良かったのだが、魔王として討伐隊が組まれるのも困りものだと自重した。


(こちらに来てしまった以上、私にはやらねばならぬことがある。まずは、そう…客分として遇してもらわねばな?)


 まずは衣食住だ。迷惑料代わりに、今日の宿だけでも確保する。あわよくば滞在に城とは言わないまでも、邸の一つくらいは融通させたい。経費込みで。

 元王子様は図々しいのだ。


「…まさか本当に…? 召喚が成功したというのか?」


 現れた一団の誰もが、どこか呆然としたようにやまんちゅと周囲を見比べている。

 過去には彼とて「異世界など眉唾。召喚など絵空事」と断じたのだ。その気持ちはわからなくもない。


(あやつだな。一団の指揮官、騎士団長と話をせねばならない。相手は肩章からも判断できる。紋章も格好も、そうそう変わらないものだな)


 耳で聞いた年数ほどには、大きく変わるものはないらしい。引き継がれ、重んじるべき名誉や伝統とわざわざ言うからには、そんなものなのかも知れない。

 世は封建時代。変革はあまり率先しては好まれない。

 まるで日本で転生し過ごした日々の方が夢だったかのようだ。あまりにも、世界が変わらずに、…前世の記憶のまま過ぎて。


「成功と言えるぞ、異世界より人間を拉致することにはな。…が、しかし私の魂は過去にこの国の人間のものであった故、私が向こうにいなければ陣の働きがどうであったのかはわからぬことだ」


 騎士の先頭…一人目は扉を開けた副官だ。二人目が団長。肩章だけではなく、一人だけ翻る長いマントをつけているところからも、彼が集団の頭であることはわかる。

 やまんちゅが生きていた頃も変わらず、団長だけは長いマントだった。任命時に王から下賜される伝統の品なのだ。そうそう意味もなく変更されることはない。

 

「金属鎧の集団か。氷漬けにしやすい、な? どうする、お前達。私を征圧してみるか? 敵対するか否か、意向を聞いてやろうではないか」


 騎士達は気色ばんだが、どうやら練度は高い。逸って挑発に乗るような愚か者はおらず、皆じっと堪えて指揮官の指示を待っている。

 敵対を選ばれると、少し面倒に思えた。


(この私が易々と従うと思われると厄介だ。しかしなぁ、あまり危機感を強めて、後々討伐予定を組まれても困る)


 これから腰を据えて、この召喚陣を改良しなくてはならないのだ。魔王やまんちゅが異界から兄を招いたとあっては、無力な兄も討伐対象になってしまう。

 こちらでならば幾らでも、守る手段は有りそうに思えても。


(うみは、良い顔はせんだろうな)


 魔王の兄という称号と、力任せにもぎ取る待遇。表情豊かな兄が、しっぶい顔して高速で首を左右に振る様を幻視する。何なら一歩と言わず十歩は離れて他人のふりをされそうだ。

 やまんちゅには良さがわからないが、片割れは目立たないことに何某かの美学を見出しているようだったので。


「皆動くな。…君が、喚び出された異世界の勇者か。確かに、並ならぬ魔力を感じるが」


「さて、魔王になりたいとは思わぬが。この国のためにと使い潰されるのも御免被る。私は一人でも生きていけるのでな」


「この世界のことを学ぶ時間も要るのでは? 我々はそれなりに協力し合えるのではなかろうか」


 騎士団の長は、理性的に交渉を行うことにしたらしい。

 取り押さえなければならないはずの「レンゼル殿下」が、逃げようもない状態であることも関係しているのだろう。多少引き上げる時間が延びても、問題はないということだ。

 召喚が成された場合のことも、万が一程度ではあるが想定はしていたのだろう。ぽっと出の異世界人を連れ帰るか処分するか。団長であるからには、それだけの裁量がある。


「私の魂は過去この国の人間であったので、数百年の誤差はあれども大体の知識は既にある。…ところで、拉致犯たるこの国は私をどう扱うつもりかな。私は今後の待遇についての話し合いこそ望むが、それはこの召喚を許すという意味ではない。かつての歴史はこの召喚を法を以て禁じていた。ましてやこの陣は向こうで、私の今生の兄をも傷付けたのだ」


「…本当に、知識もあるのか…魂がこの国の者であったという可能性も、確かにゼロではなさそうだが。まず…詫びよう。召喚は国としての意志ではなかった。だが第二王子による召喚だ、国が君への補償について見て見ぬふりをするようなことはない。共に王城へ参られよ。先に伝令を出しておくので、処遇については陛下よりお達しがあろう」


 男はちらりと召喚陣の周りの人間達を見回した。

 無事なものはいない。

 等しく足が凍り付いて床と一体化し、自力では一歩たりとも動くことなどできないようにしてある。


「第二王子他関係者を逮捕する。彼らには捕縛の指示が出ているのだ…連行のため、この、氷の魔法を解いていただけるだろうか」


「よかろう」


 氷をサッと溶かした。水溜りを消すのは騎士団へのサービスだ。ずぶ濡れの者を拘束して歩くと、捕縛した側も濡れてしまうから。

 本来ならばやまんちゅが気にするようなことではないが、脳内で「湿り気がぁ〜、冷たいィ〜」と情けない声を上げるうみんちゅを思い、仄かに一笑した。

 安心しろ、お前の弟は有能だぞ。すかさず脳内の兄が「さすやまァ!」と親指を立ててニコニコしたので、やまんちゅは満足げに胸を張る。

 周囲は彼の些細な変化も逃さず見つめてはいたが、魔王様のご機嫌が麗しいならばと、敢えて突っ込む者は居なかった。


 急に解放されたほとんどの者が足を押さえてその場に倒れ込んだ。一人だけ豪奢な王族(仮)から順に騎士団に支え起こされ…しかし拘束具を嵌められている。

 首に嵌められたのは魔封じの首輪だ。一目で分かるほど、無骨なデザインは時を経ても変わらない。

 下手にオシャレに改良すると違法奴隷の温床になるので、かつては限られた数を執拗なほどの管理で運用していた。前世のやまんちゅにも作れる知識はあったが、それを書き残すような危険は冒さなかった。もちろん、自分のためにだ。


 しかし、王族をこうも隠しもせず罪人扱いで引っ立てるのなら、レンゼル殿下とやらには召喚以外にも罪状があるのかもしれない。召喚陣が違法なのは亡国の法で、やまんちゅのいた頃の法ではなかった。時を超えて、法が復活しているとは考え難い。


 罪人達が引き出される中、やまんちゅは足元の魔法陣を解読するべく目を走らせる。

 …氷を消す際にも感じたが、やはり力の行使にも解除にも手間がかからない。もしも多少の不都合があっても、魔力量でのゴリ押しが可能な感じがする。

 勇者か魔王かと言われるのも納得だ。


 足元に広がる陣は彫り込まれた古いものを下敷きにして、何かの塗料で描いているだけのようだ。ざっと見たところ条件付けはさして変更がない。いや、それでも変更はされている。


「魔素を取り込みやすく…成程、この世界に馴染みやすい、と加えたのか。元々この世界に生きた私であれば、確かに馴染みやすいのかもしれぬな」


「古代魔法文字まで読めるのか。その、貴方は…前世は王族であったと…そう名乗りを上げたと聞いたのだが…」


 ふと、騎士団長が私の隣に並んだ。

 特に口止めをしたわけではない。赤子の身体のうちに上げたの名乗りを聞いた者が、そのままを騎士団に伝えたのだろう。

 もちろん前世のことなので、現在の身分の詐称でないことはフォローしておく。身分社会というのは、そういったことにはひどく厳しいのだ。


「事実だ。私が死んでから三百年ほど経っているそうだが、家系図から抹消されていなければ、我が名も辿ることはできるであろうよ。それから、そもそも私は今魔法でこの姿になってはいるが、実態はミルクが主食の赤子なのだ。意識もあり魔法も使えるが、落ち着いたら赤子に戻ってしまう身の上であることも、頭の片隅に入れておいてくれ」


 当面はこの姿を維持するが、永年このままではいられない。

 術には解かぬ期間に応じた反動もある。如何に何かを身代わりに立てるとしても、どこかのタイミングで一旦は元の姿へ戻らねばならない。

 次にかける時には術式を改良し、格段に負担を減らすことはできるだろうが…それも今すぐとはいかないだろう。

 拠点となる場所は必要で、そこをガチガチに防衛してからでなければ、お昼寝するのも容易ではない。


「………あまりにも情報過多すぎて…。失礼ながら、虚言癖があると言ってもらえた方がいっそ楽だった気がしてきた…。しかし、それこそ初めからあの場にいた者達からも、証言が取れてしまうのでしょうね。…ああ、もう取れてしまったようだな…」


 会話の途中で部下に手振りで調べに行かせたものの、程なくしてそれが神妙な顔で戻ってくる様子に騎士団長は片手で顔を覆う。

 飲み込みづらくはあったのだろうが、やまんちゅが何を言うより前に、小さく首を振って自力で気を取り直していた。流石に、お飾りの団長ではないようだ。


 しかしながら先程より警戒されたのか、強制連行の体でなくとも、おかしなことをさせずに目的地(王の前)まで連れて行こうという強い圧を感じる。

 抵抗する理由は、こちらにもない。

 この世界には当面の滞在を予定しているのだ、客室を用意してもらわねばならない。


(警戒ばかりを焚き付けて、滞在先が柔らかなベッドから地下牢へ化けてしまっては困るな)


 こちらからの手土産だと思えば、味方もなく退路のない場で情報を引きずり出されるよりも、穏便に幾らかを渡しておくのも悪い手ではないはずだ。

 能力を開示すれば、敵対的な異世界人ではないと判断される可能性は高い。あわよくば城に留まることもできるだろう。

 自分でも詳細に現状を知っておきたいところだし、ついでに恩着せがましく披露しておいてやろう。そんな風にやまんちゅは画策する。


「私は元々魔法を使えていたが、界渡りにより格段に能力が上がったようだ。以前と全く違うのが自分でもよくわかる。…時に、そちらとしては、召喚された者がどの程度の力を持つ生き物であるかを把握しておきたいのではないか?」


 前世、教会では個人の能力値を確認することができた。

 そこだけがピンポイントで時を経て変わることもないだろうと、彼は睨む。


 それは昔々に使われていたアーティファクトの一部機能を再現したもので、なぜだかどうあっても隠蔽や改竄ができないという代物だった。

 そして神殿がその魔道具の根本的な解析に非協力的だったので、素材は通例的に優先して「寄付」された。


 つまり王家と言えどもその素材を手元に数を集めるのは「不信心」で、研究は「冒涜的」だと世間が見るような下地が既に出来上がっていたのだ。

 大元のアーティファクト自体がかつて神殿遺跡から出土したものだから、神の奇跡という言葉だけが便利に使われている印象だった。

 能力値は大々的に公開するようなものではなかったが、暗に、開示するので見ても良いですよ…と伝える。


「…なんと。よろしいのですか」


 手札を全て明かすということは、言葉の上だけでなく敵対を望んでいないという意思表示である。

 …界渡りをしたやまんちゅを、この世界の誰かが止められるのかどうかはさておき。


「教会には能力を開示させる魔道具と、それを書面に写し取る魔道具があるはずだ」


「…ええ。であれば是非、入城前に教会での情報開示に協力いただけるでしょうか。事前の鑑定書提出のうえ、王の御前でもう一度開示していただけるのであれば、諸々の手続きも早く済みましょう」


 うみんちゅ曰く『ステータス・オープン』というヤツだ。本名、年齢、出身地、能力などが隠蔽できずに暴かれる。

 開示の際に立ち会う聖職者には、更にもう少し踏み込んだ情報を表示させる術が伝わっているらしい。

 前世の彼自身には特に表示がなく、外部には記録が残されていないので、他に何を表示させるのかまではわからないのだが。

 今まで情報のなかった異世界人のステータスが記録として残るだけでも、王家としては「今回の不始末にも多少の益があった」と言えるはずだ。


(作り方こそわかっているものの、なぜそうなるのかという理由がわからないという、厄介な魔道具でもあったな。私ならば全機能を再現できるようになりたいし、改竄不可の防護性も読み解いてみたいがなぁ…)


 王家ですら解明していない魔道具(神の奇跡)

 だが、今はその奇跡に保障される方が…そう、傍目にわかりやすい。

 なぜなら神殿は「お伽噺では勇者の後見」であるように、対外的には高潔で清廉な機関であり、そこに隠し立てのない記録を残す、残せるということは世間に己を「悪しきものではない」と示すのに等しい。


「うむ。私も今の自分の力を客観的に理解しておきたい。…前世も特に争いたいわけではなかったが、今生は特に、兄が平和主義者でな。そちらが危害を加えてこない限りは、無闇に敵対するつもりはないことだけは伝えておく」


「それは本日一番の朗報だ」


 信じたかどうかはわからないが、相手は肩を竦めて少しだけ砕けた態度を見せた。



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