その頃のうみんちゅ
死の筋肉痛にはもはや慣れた。
いや、転げ回りたい程度には痛いし辛いが、流石に連日繰り返せば慣れもする。ましてや初回から、苦痛の波間にであっても弟との会話が出来ていた。
か弱い赤子の涙腺故にボロ泣きは致し方ないが、今となっては下の決壊などない。
困ったのは、野次馬とガチポリスと、なぜか勤務先の送迎の人が三つ巴してること。
(…送迎の人は、一番ここに居ておかしい人材だよな)
しっかりと車を見送ったので、わざわざうみんちゅを探しに来たのでもなければ、出くわすはずがないのだ。やっぱり怪しい勤務先だったのかもしれない。
痛みによる生理的な涙をボロボロ零し、カフカフと苦しげな呼吸をしつつリュックを抱える。
なぜか現れた送迎の人に突然荷物を奪われそうになって、痛みの中で必死に抵抗したのだ。そうするうちにポリスが駆け付け、野次馬が集まってきた。
現状はカオスすぎて、彼にも理解できていない。
やまんちゅの為のオムツ、ミルク、タオル。そして財布代わりのポリ袋。リュックの中身は何度外出を重ねたところで変わり映えしなかった。
しかし、うみんちゅの全財産と言っていい。失えば無一文。ひしっとしがみついて守るのだ。
「知りません、無関係です!」
「ではなぜ、鞄を持ち去ろうとしていた?」
ポリスに職質された送迎の人が、振り切って逃げようとして取り押さえられた。野次馬のどよめき。
もうダメだ、逃げるということは後ろ暗いことをしている…うみんちゅは遠い目をするしかなかった。
あの男が何をしに来たのかは知らないが、捕まった以上は取り調べ確実。知っている限りのバイトマンうみんちゅのことを警察に話してしまうだろう。
勤務先を信用していなかったので、偽名は庸輔氏ではなかった。しかし、本名に一番近い偽名が今後使用不可になった。
今生の名字は、郵便物を確認したところ「山場」であった。
つまり弟は「山場 やまんちゅ」だ。あまりにも山岳。弟をやまやま呼んでいたが、いずれ自分のあだ名もそうなった可能性はある。
そして面接でちょっと失笑されてしまった今回の偽名は「山場 海」。
自分でも、妙にキャンプ場っぽいなとは思っていた。職場では他の人にも「山なの? 海なの?」などと笑われたが、ほぼ本名なので余計なお世話である。
(あ。もしかして、職場からの貸与携帯の回収が目的だったのでは? まさかGPSやらで位置把握されてて…変な方向に歩いて行ったから、不審に思われて戻ってきたってこと?)
赤子を抱えて人目につかない林の奥へ行ったのがバレていたのなら、弟をきゅっとしてしまうか無理心中でも図るかと思われたのかもしれない。
後ろめたいことのある職場だったとすれば、面倒ごとが起こる前に繋がりを隠滅しようと追ってきて…突然リュックを奪おうとしてきたことも理解できる。
どこまでしらばっくれるかは不明だが、これは…取り調べの中で自宅バレしてしまうかもしれない。
「あ」
ひやりとするうみんちゅを、別のポリスメンがひょいと抱き上げた。死角からの不意打ち。さすがに赤子の握力では鞄を支えきれずに取り落とす。
全裸のうみんちゅが、容赦なく人目に晒された。
そう、中身が大幅なサイズダウンしたことにより服は脱げていた。パンツすらも履いていないのだ。ただでさえボロ泣き中なのに、本人的にはとんだ放送事故である。
でも、現実は赤子だからセーフ。
「なになに、殺人事件?」
「あの赤ちゃんのお兄さんが見つからないとか」
「なんであの赤ちゃん服着てないんだ?」
「逆に、お兄ちゃんは服だけが見つかってるらしいわよ」
「兄弟共に脱がせてどうするつもりだったんだ」
「証拠隠滅のためでは…?」
「だとするとお兄さんは既に…」
遠巻きな野次馬達が好き勝手に推測している。いつの間にやらパトカーが増え、警官達が増員されていた。気付けば送迎の人はパトカーに押し込まれている。雉も鳴かずば撃たれまいに…。
取り落としたリュックは別のポリスにさっさと拾われてしまい、途方に暮れていたうみんちゅも誰かの上着にそっと包まれた。
「まずは署に戻るぞ。無線でタオルは頼んどいたが…お前の上着、いいのか?」
「いいです。…あいつが赤ちゃんの服を奪ったんですかね。明日周辺を捜索したら出てくるのかもしれませんが汚れてるでしょうし、押収品になるでしょ。いくら夏だってこれは可哀想ですよ」
(ヒッ。お優しい!)
絶対にお粗相することはできない。うみんちゅの下半身に今生最大の緊張が走る。
それを怯えと勘違いしたのか、彼を抱える若いポリスは不慣れながらも一生懸命あやしてくれた。




