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やまんちゅの独白


 三番目の私の名はイリヤトーレ。


 強靭なメインとスペアが有れば、それ以上の継承権所持者は不要だ。第三王子は予備の予備。臣下として王を支えることだけが役割だ。

 そのように教育されたし、私も玉座など欲することはなかった。…どう考えても王の業務は、性格的に向いていないのだ。


 正直、私は他人にあまり興味がない。

 正しい言葉だとしても煩くされれば意地でも言うことを聞きたくなくなる。かと言って耳障りの良い言葉ばかり吐く者共を信用もできない。捻くれている自覚はある。


 この性格は環境のせいか生来のものなのか。

 苦言という名のものであるほど…大抵、これは他の誰かや何かのために私を転がしたいのであって、本当に私を思って言っているのではなかろうなとわかってしまうのだ。

 そうでなくとも私の不足なら私の問題、お前に何の関係があろうか?

 事実、第三王子に忠義を尽くすような側仕えはおらず、頻繁に入れ替わるそれらは必ずどちらかの兄の回し者であった。

 不貞腐れているつもりではないが敢えて言う通りにしてやる義理もないと思ってしまうし、実際それで起こる問題も、私にとっては些末なものだった。


 そんな私である故に、万が一にも何かの間違いで私の手元に王位が転がり込んだとしても、発奮することもないだろう。

 民の生活も国の税収も特に向上しない。国を発展させていきたいという気持ちが、まるでないしな。

 予備の予備、大いに結構ではないか。

 それでもまぁ、私という王族の育成にかかった経費と思えば、何某かの物で多少の成果を返すこと自体は吝かではない。その程度の認識だった。


 問題は、強靭で優秀と言われたどちらの兄も、玉座が欲しくてたまらなかったということ。

 黙っていれば長兄が継ぐはずのそれを許容できず、次兄とその支持者達が引っ掻き回す。物心付いた時には既に、派閥は大きく二分されていた。

 遅く生まれた三番目は、兄達よりは身体能力が劣っていた。だから、特に私を王太子に押し上げようという勢力はなく…順調に地盤を固めていた彼らと張り合う気など当然こちらにもなかった。


 私は…兄というものを小さな暴君だと思っていた。

 本人達もその支持者達も、ほんの小さな兄弟喧嘩を必要以上に荒立て、下らぬ争い事の枠を外へ外へと広げていくだけ。

 賢君ならば早急に勝負を決め、周囲への影響を最小限に出来たろう…つまりは特段賢君でないどちらの兄が玉座についても、国の未来は大して明るくはあるまい。それはもう、私が継いでも、恐らくは変わらぬくらいに。

 しかしながら私はやはり大抵のことには興味がなく、兄らも無駄に絡んでこなければそれで良いと信じていた。


 そんなことより、魔法を学ぶ方が楽しかった。

 幸いにも魔法の才はあったらしいし、我が国の有史以前から魔法は存在していた。一般的に使われるものをマスターしても尚、過去の資料を漁りマイナーなものを探しては学んで、研究できた。

 尽きぬ未知が楽しかった。私は飽きもせずに、新たな魔法を探しては覚え、編纂して効率を上げ、組み替えてはオリジナルの魔法を編み出した。


 やがて王立魔法研究所の所長という肩書を与えられ、魔法研究をしていた日々は、まずまず充実していた。魔石への魔力充填効率化に始まり、遺跡から出土したアーティファクトの鑑定・複製・売却まで、魔力と名が付く全てに関係していると言っていいほどの施設だ。雇っている魔法使いは数多かったものの、いつでも人手不足だった。

 貴族だの平民だのと煩い職員もいたが、振り分ける部署は幾らでもあったし、当人が力及ばずとも親や家門に振って使い潰せば良いので、私にとって全くの無能者は存在しなかった。


 しかし…いつの間にやら国一番の魔法使いだと持て囃された私の評判を、本気にした兄達が自陣営に取り込もうと画策。

 どちらが王になろうと知ったことではなかったから、私はどちらにも与さずにいて…研究所(オモチャ)を取り上げられぬようにと仲裁するような言葉でのらりくらりと躱し続けた結果、テロを装った兄達の策謀により死んだわけだ。


 自分の手に入らぬ駒が、相手に取られるのは許せない。

 ならばいっそ消そう…と。


 兄は小さな暴君だ。

 それが、兄というものだ。

 私の研究も、結局は職員のフリをして潜り込んでいた間諜どもに燃やされてしまった。

 有用性云々ではなく、ただ何かを、もう片方の兄の手に渡さないように。


 そんな理由だった。

 そんな程度の理由で、私の命も知識も、全てが無に帰したのだ。


 兄達に殺された私が、兄という存在を憎むのは必然だった。血の繋がりなど何の意味もない。いや、血が繋がっているからこそ、より、愚かしい彼らが憎い。

 しかし彼らは最高位に最も近い身分故に他者全てを見下し、年齢が下であればと更に見下し、自分の役に立たないものをまた無能と見下す。

 愚物共。別に認めてもらいたくもない。

 勝手に私を殺したのだから、お前達も勝手に生きて勝手に死ねばいい。

 願わくば世間にその無能をなるべく多く晒して、下々から蔑まれて無様に死ね。こちらの方こそ、お前達と同じ世界になど生きていたくもないのだ。

 …そんな呪い染みたことを考えて死んだから、世界を渡ってしまったのだろうか…。


 兄とは小さな暴君という意味で、それが兄という存在の全てだ。

 そう信じて生きて、死んだ。そのはずだった。

 けれど、今生の兄は…何だかよくわからない生き物だった。


 私と同様、魔法には並々ならぬ興味があるらしい。未知の話を見るからに歓迎し、冷静に思考するかと思えば子供のように目を輝かせ…一喜一憂する様は、魔法への興味を満たそうと試行錯誤した、自らの遠い日を思い起こさせた。


 兄だから敬えと求めた割には、その言動は全くこちらを見下さない。私の魔法を有用だと褒めるけれど、ならばと使い潰そうともしない。

 如何にも頼りなさそうなのに妙に頼りがいのある、おかしな生き物。友人がいたことはないから比較はできないけれど、それに近しいような気もする。

 もし、これが正しい兄だというのなら、前世の………いいや、うみはうみという生き物なのだという方が、理解ができるか…。


 魔法への興味があれども身体的な素養は無さそうだった。が、クリーンひとつ発動できないあやつの、観察は面白かった。

 日に日に極々微々たる量の、効率という言葉など無価値と言わんばかりの、恐ろしいほどの亀の歩みで、しかし確実に魔力に馴染んでいく。


 微量しか取り込めないのは周囲の魔力が少なすぎるせいだ。

 或いは所持する魔力が少ないこの世界の人間の身体に無理なく馴染ませるには、本来このくらいのペースでないといけないのかもしれない


 かつて遺跡から発見された、勇者召喚の魔法陣と言われるものを研究したことがある。しかしながらそれを作動させられたものは誰もおらず、私もまた、それが実用に足るものだとは思っていなかった。

 異世界から人間を召喚する。

 …馬鹿馬鹿しい。そもそも異世界の存在自体が疑わしい。勇者召喚のお伽噺があるのはその時代一つだけで、恐らく当時の流行りの大衆文芸だったのだろうというのが有識者達の見解だ。

 私もそう思った。魔王というお伽話もまた、勇者召喚のそれとセットでしか発見されないからだ。

 召喚陣の現物も、当時の神殿地下と思われる場に一つだけ。図面に写して資料として残しはしたものの、元が破損している不完全なものだ。いずれ風化し忘れ去られるだろう。それでもまぁ、歴史として残せるものは記録しておくべきだ。


 けれど今………私は、確かに異世界に生まれていた。


 魔素の極端に薄い、暑くて臭くて煩い国だ。室内でさえ王宮より魔道具に溢れていて、確実に私の知る世界ではないと確信できる。

 異世界が実在するのなら、あの遺跡の見方は変わってくる。あの時代にしかない魔王という世界の脅威。対となる勇者召喚。

 滅亡後、新たに興った国では勇者召喚は真っ先に法によって禁止されていたが…研究所の魔法使い達も私も、興国に混乱する人心を安定させるために盛り込まれただけの意味のない法だと安易に考えていた。

 どうでもよく見える法は、いつの時代にもある。それは権力者がより権力を振りかざすための愚かなものであった場合もあり、今でこそ不要ながらも当時は本当に必要なものだった場合もある。


 つまり今は見えなくともあの法が出来た当時には、真っ先に法で定めねばならなかった理由がある。

 違えた者あらば国家として罰さねばならない、或いはそう広く周知しておかねばならないような問題があった…ということだ。

 あれは…異世界というものを研究していたあの国の神殿が、誤って魔王となるような者を召喚してしまい、慌てて追加で召喚した勇者となる者に倒させた…というのが真実なのではないだろうか。


 そして恐らくはその勇者も、国で抑えることができなかった。お伽噺でしか残らなかったのは、正史として残すことができない内容だったから。

 手痛い失敗だから他にはぽんぽん召喚してはおらず、その後も何らかの理由で国力を落として滅亡し、次に立ち上げた国では同じ轍を踏まぬよう、初めから法で禁止されたのだろう。


 そう考えるに至った要因の一つとしては、魔法がないとされているこの国で、今生の兄たる男がペラペラと異世界召喚について話すからだ。

 当たり前の顔をして、召喚も転移も使い古されたよくある物語なのだと笑う。ここは魔法がない世界だと言いながら、神に授けられるなどの場合もあるが、大半が世界を渡る際になぜか大きな力を手にするのだと言い切る。


 召喚陣にある不可解な記述も、ここで謎が解けた。

 召喚される者の条件として「魔素の吸収率が高い者」が術式の中に書かれているのだ。当時は全く意味のわからないことだった。

 魔素の吸収が良いということは、魔力の回復が早いということでしかない。それが私達のいた世界、その時代の一般的な認識だった。


 勇者を召喚したのだから「異世界において最も強い者」などが選ばれるべき条件ではなかろうかと、研究していた我々は首を傾げたものだ。

 わざわざ異世界から取り寄せる人間の条件付け…魔力回復が早いだけの者しか喚べない魔法陣。それは過去の魔法というものを保存する目的で研究した私達にすら「これでは勇者など喚べないな」と思わせた。


 しかし、あの条件は正しかったのだ。


 魔法の使われない世界で育ったが、微量なりとも魔力はある者。それが界を渡る時に一気に魔素を取り込むのだ。

 長い年月をかけ、進化の過程で起こるような変化を、人為的に短時間で起こす。それがあの陣の本質ならば、神殿の所業とも思えぬ傲慢・非人道だ。後の法で禁じられることも納得である。

 そして喚び出された人間に…身体的な変化が起こることも有り得るだろう。上手く作り変えられれば世界に適応し、変化に耐えられなければ死ぬ。


 実際にあの陣が作動していたというなら、どれほどの召喚が行われ、幾人が生き残ったのか。

 何なら魔王とやらも、召喚される前は平凡な人間だった可能性がある。限られた時代にしか魔王の記述はないからな。災害や大きな事故を例えた言葉遊びという見方もあったほどだ。

 もしや大元は偶然の転移者でもいて…或いは探したのは帰り道だったのかも知れない。

 世界と世界を繋ぐ道、それを形に出来るほどの天才。または私のように魔法研究くらいしか興味のない、金と時間を持て余した人間でも側にいたのか。

 短期間に研究され発展したその陣は、あまりに急激な変化となり過ぎたのだろう。


 とはいえ世界を渡った勇者や魔王でなくとも、死は簡単に訪れる。

過去に遊び尽くした魔素も、学びに学んだ魔法も、死ねば終わり。本当に、全てが、あっけなく無くなった。

 だから。

 これで良かった。


 異世界に来たいのはむしろ自分なのにと、そう叫んだ時の悔しげな顔が今も笑える。

 しかしここが私のいた世界であり、これが勇者召喚の陣であるのならば、召喚を実行した人間は碌なものではない。

 つまりは言葉を理解し、魔法を修めた私が召喚に応じるのが最善。ただでさえ身体が耐えきれるかどうかもわからないというのにあのお人好しを、ましてや一人で送り出せようはずがない。これで良かったのだ。




 我が名は、やまんちゅ。育児放棄された平民の双子の片割れで、うみんちゅの弟である。

 今となってはもう、死に際に何があんなにも悔しかったのかもわからない。そんな風に前世を吹っ切れたこの私こそが、ここに立つべきであった。



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