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第三十話①『二人の雰囲気』



「平尾様! 嶺歌(れか)! こちらのコロッケを食べても宜しいですの!?」


 商店街の中で形南(あれな)は興奮気味に店のコロッケ屋を手のひらで指し示しながらそんな事を尋ねてくる。


 嶺歌は笑いながら頷き、平尾も「も、もちろん」と言葉を返していた。


 その返しを受けた形南は更に嬉しそうな表情を見せると迅速な動きで店に立ち寄り、コロッケを選び始める。


「どちらのコロッケがおすすめですの?」


「お嬢ちゃん、ウチはじゃがいもコロッケがおすすめだよ」


「ではそちらをお願いしますの!」


 店の中年女性とそんなやりとりを行った形南は財布を取り出し会計を始める。


 そんな形南の様子を後ろから見守っていると平尾がポツリと「可愛い……」と言っている声が聞こえた。


 恐らく無意識下で発せられたもので、心の声が出たものなのだろう。嶺歌が平尾に声を掛けると彼はいつも以上に驚いた様子でこちらを見返していたからだ。


「平尾君も別種類のコロッケ買ってあれなと分けたら?」


 目を見開いて未だにこちらを見返す平尾を無視してそんな提案をしてみると彼はええっと戸惑いながらもしかし満更でもなさそうである。


 形南が会計を終える前に行ってこいと彼に喝を入れると平尾は抵抗する事はなくそのままコロッケを買いに足を動かす。


 そうして驚く形南の前で平尾がかぼちゃコロッケを購入すると「ふ、二人で分けない?」と提案をしていた。


 形南は心底嬉しそうに笑みをこぼし、そんな二人を微笑ましく一歩離れた距離から眺めていると店主の女性が「何だい? 付き合いたてかい?」と笑顔で声を掛ける。


 形南はまあ! と言いながら頬に手を当てて喜び、平尾は「ちっちがっ……います」と顔を真っ赤にして否定していた。


 そんな二人を見た店主は笑いながら「青春だねえ」とお釣りのお金を平尾に手渡すと再び形南と平尾の空気感が変わり始める。


(おっなんかめちゃいい感じ?)


 二人の様子を間近で見ていた嶺歌(れか)は彼女らの雰囲気が付き合う一歩手前のものであると感じ取った。本当に、あと少しでこの二人は進展するのかもしれない。


 自分はここにいない方が更に二人の関係の発展につながるのではないかとそう考えていると「嶺歌!」という鈴が転がるような明るい声が嶺歌の名を呼んだ。


「嶺歌も一口お食べなさいな! とっても美味しいのですの!!」


 形南(あれな)は天真爛漫な笑みでこちらに駆け寄ると心底楽しそうにそのような言葉を発してくる。


「ありがと。じゃあ一口ちょーだい」


 そうして形南に差し出されたコロッケをひと齧りいただく。


 形南は高貴な令嬢である事からこのような食べ回しを好まないと思っていたのだが、そうでもないようだ。もしかしたらお嬢様だからこそ、憧れがあったのかもしれない。


 嶺歌は形南にもらったコロッケをゆっくりと咀嚼しながら美味しいと声を出すと形南はそうでしょう!? と嬉しそうに笑顔を見せる。


 嶺歌はそんな形南の笑みを見て、このまま抜けても良いものだろうかと悩み始めた。


(あれなは三人で回りたくて誘ってくれたんだしあたしが気を利かせて離脱しても逆効果かな? うーむ)


 そんな思考を始めていると横では平尾が形南に半分に分けたコロッケを手渡していた。


 彼が素手で鷲掴みしているのは自分の分のコロッケで、形南には素手で触っていなさそうな方を渡しているのを見ると、平尾の形南への配慮が感じられる。


(うん、やっぱりベタ惚れじゃん)


 形南(あれな)と平尾のそんなやり取りを目にしてやはり離脱しようと嶺歌(れか)は決意した。


 形南とはまた二人で出掛けられればいいだろう。今はこの二人のくっつきそうでくっつかないもどかしくも幸せな状況を少しでも堪能してもらいたい。


 嶺歌は形南と平尾の方まで足を進めていくと二人に向けて言葉を発した。


「悪いんだけどあたしあっちの方に見たいものがあってさ。でもかなり癖のある店だから一人で行きたくて。だから二人は二人で楽しんでてよ」


 そう言ってすかさず平尾に目線を送る。


 強い意志を込めて形南と二人きりのチャンスを無駄にするなという意味の視線を送ると平尾はそれを察知したのか小さく頷いた。


「まあ、けれど(わたくし)もそちらにご一緒したいですの。ねえ平尾様?」


 形南が嶺歌を見てから平尾にそう言葉を投げると平尾は「そ、そうだね……」と言葉を漏らす。


 簡単に形南のペースに巻き込まれそうな平尾に嶺歌は違うだろうと鋭い視線を送ると彼は焦った様子で「い、いやでもさ……」と言葉を続けた。


「い、和泉さん隠したい趣味があるとかないとか……く、詳しくないけど」


「あら……そうでしたの?」


 何とも失礼な虚言を吐かれたものであるが、しかしナイスな返しに嶺歌は笑みを向ける。


 形南がそのくらいの事で嶺歌を見限る事はないと知っている為まあいいだろうと平尾の言葉に同調してみせた。


 そうして「ほんとごめん、後でまた合流しよ!」と明るく手を振ると形南も分かりましたのと微笑ましそうにこちらに手を振り、平尾も片手を上げて慣れない手つきで手を振る。形南には怪しまれていないようだ。


 嶺歌は安堵しながら形南と平尾の視界から離れた場所でそっと二人の行動に目を向けてみる。


 形南はとても幸せそうにコロッケを頬張っており、平尾はそんな形南を隠しきれていない熱い視線で見つめていた。


 両片思いの二人は、第三者から見ればとても分かりやすく、微笑ましいものであった。


 嶺歌も自然と口元が緩み、二人の姿を目に焼き付けるように眺めてからその場を離脱した。


(さて、どこ行こうかなっと)


 形南(あれな)たちを二人きりにしたはいいものの、自分がこの後どうしようかは全く考えていなかった。


 一人で商店街をぶらぶらと歩くのもいいのだが、形南に見つかっては困る。


 そんな時、嶺歌(れか)は今川焼きの良い匂いがすることに気が付いた。


(今川焼き、いいな……)


 そしてそこで思い付く。今川焼きを買って兜悟朗(とうごろう)のいるリムジンへ戻り、一緒に食べるのもありなのではないかと。


(兜悟朗さん今川焼き好きかな)


 そう思い至るともう行動に出るしかなかった。


 嶺歌の心は面白いくらいに弾み出し、今川焼きを受け取った兜悟朗の顔が自然と思い浮かぶ。ああ、自分は兜悟朗に本気で恋をしているのだとそう改めて実感しながら、その感情を素直に喜んだ。片思いであるが、それがとてつもなく楽しい。


 形南にも共有したこの感情は、今もっと多くの人にも共有したいとそう思える程に大きなものへと変化していた。


(よし、買っていこう!)


 嶺歌は直ぐに店の方まで足を向けると今川焼きを二個注文するのであった。



next→第三十話②(7月24日更新予定です)

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