第三十話②『二人の雰囲気』
焼きたての今川焼きを二個手にした嶺歌はそのまま商店街の外へと出てから黒いリムジンの方へ足を動かしていた。
嶺歌の姿に気が付いたのか兜悟朗はこちらが到着する前に直ぐに外へ出ると丁寧な一礼をする。
(本当、律儀な方だ)
嶺歌がそう思いながら兜悟朗の行動に気持ちを高鳴らせていると「嶺歌さんお帰りなさいませ」という言葉の後にどうかしたのかと彼が尋ねてきた。
予定よりも早く、いきなり一人で戻ってきたのだからそう聞かれるのも当然の事だろう。
嶺歌は今川焼きを兜悟朗に手渡しながら一緒に食べませんかと思い切って誘ってみることにした。
兜悟朗は柔らかな笑みを向けて再びこちらにお辞儀をしながらお礼の言葉を述べてくる。そうして丁重に嶺歌から今川焼きを受け取ってくれた。それだけで嶺歌の心はとてつもない程の喜びで溢れていた。
「実はあれなと平尾君がいい雰囲気だったので、二人きりにした方がいいと思ったんです」
リムジンの中に乗車し、兜悟朗と二人で今川焼きを食べながら嶺歌は自分が抜けてきた理由を説明する。兜悟朗は静かにそれを聞いてくれていた。
「さっきも話したと思うんですけど、あの二人はもう少しでカップルになるんじゃないかなって思いました」
そう言って今川焼きの粒あんを口に入れて味を楽しんでいると、兜悟朗は左様でございましたかと言葉を返してくる。
「お心遣いいただいたのですね、お二方の為に有難う御座います」
兜悟朗はそう言って嬉しそうな、にこやかな笑みをこちらに見せる。
そのような彼の優しげな笑みは、嶺歌にとってとんでもない威力を持っているのだが、本人は気付く訳もあるまい。
嶺歌はほのかに赤らんだ頬をどうにかしようとして「全然です! 美味しいですね」と早口に話題を切り替える。
そんな嶺歌に尚も微笑ましい視線を向けてくる兜悟朗はそうですねと同意の声を出してくれていた。
そのまま今川焼きを食べ終え、今更ながらに喉が渇いた事を実感する。
嶺歌は自身のペットボトルを飲み切っていた事を思い出し、自動販売機で飲み物を買ってこようと兜悟朗の方に顔を向けると、彼はいつの間にか嶺歌の目の前に未開封のペットボトルを差し出していた。
「今川焼きのお礼で御座います。どうぞこちらをお飲み下さい」
嶺歌が奢られることに躊躇いを持つ性格である事を兜悟朗は熟知してくれているのか、そのように言葉を発すると再び優しい笑みを向けてきた。
嶺歌はドクンドクンと激しく動悸がするのと同時に嬉しい気持ちで胸が溢れ出しそうになりながら、そっと差し出されたペットボトルに手を伸ばしお礼を告げる。
嶺歌と合流してから買いに行く様子はなかった事からきっと一人で待っている間に全員分の飲み物を購入してくれていたのだろう。
本当に、兜悟朗は気が利いて完璧で紳士的な人だ。そう改めて感じ、嶺歌は胸が熱くなった。
「夏休み、兜悟朗さんは休暇を取るんですか?」
ふと気になった事を尋ねてみた。
執事と言えども少しの休暇くらいは許されるはずだろう。彼も一人の人間だ。休暇なくして働く事はどんな万能な人間でも不可能だ。
嶺歌だって誇りに思っている魔法少女の活動を年中無休で行う事は流石に無理である。
すると兜悟朗は口元を緩めたままこんな言葉を返してきた。
「休暇は僕には必要ありません。ですからこれまで通り形南お嬢様にお仕えさせて頂く予定で御座います」
「えっ一日も休まないんですか!?」
何の問題もないかのようにそう笑みをこぼして断言する兜悟朗に思わず嶺歌は声のボリュームが上がる。
しかし兜悟朗はそんな嶺歌を前にしても全く動じた様子を見せず、柔らかな表情で問題ありませんと言葉を返してくる。
「嶺歌さんの事ですから僕をご心配くださっているのでしょう」
すると兜悟朗はそう言って嶺歌の方に視線を合わせる。彼の深緑色の瞳はこちらを見据えているにも関わらずどこか温かくて優しい。
嶺歌もそんな彼から目を逸らす事はできず目線を返していると兜悟朗は先程よりも僅かに目を細めて言葉を続けてきた。
「ですが僕にとっての休養は、形南お嬢様にお仕えする事も同然なので御座います。あの方の成長をお見届けする事こそが僕の喜びです。ですからご心配には及びません」
(なんて……)
真面目な人なんだろう。執事の鑑だ。これほどまでに主人に敬愛を持つ執事が他にいるのだろうか。
そう思ってしまうほどに兜悟朗の強い忠誠心を目の前で見て、嶺歌は彼の生き方そのものを心の底から尊敬していた。彼が想い人であるからという理由は一切関係なく、一人の人間として素晴らしくできた人であると、そう感じた。
そんな事を感じ取りながら嶺歌は暫し兜悟朗との時間を過ごす。
そろそろ形南達も楽しんだ頃合いだろうと思った時間になると、嶺歌は形南との約束通りに商店街の方へ戻り、形南と平尾の二人を見つけて合流をした。
彼女らと会話をしながらも嶺歌はそこで先程起きた兜悟朗とのやり取りを思い出していた。
リムジンから嶺歌を見送る時、兜悟朗は微笑みながら嶺歌にこう言葉を口にしていたのだ。
「嶺歌さん」
「今川焼きとても美味しかったです。嶺歌さんが購入して下さったからこそ、美味しくいただく事ができました」
そう言って彼はそれでは行ってらっしゃいませと丁重なお辞儀をして嶺歌を見送っていた。
今思い出しても彼のあの台詞は嶺歌にとってご褒美のような物だった。
(兜悟朗さんて無意識天然……?)
彼に邪な考えがあるとは思えない。
あったとしても嶺歌にとって嬉しい以外の感情は湧かないのも確かなのだが、そう思ってしまうくらいには、兜悟朗に夢中になっている自分に気が付き、形南と平尾に合流したものの、頭の中は兜悟朗への想いでいっぱいいっぱいになっていた。
第三十話『二人の雰囲気』終
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