表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

5.ヴァーディース大陸炎上(5)



 ファングラーダ国、西方の国境。地平線まで続く草原には、おびただしい数の軍勢が展開していた。

 攻め方はマルカッタ王子パルコプレシスが率いる、マルカッタの勇士と傭兵たちからなる混成軍。赤の軍旗をはためかせ、平野を炎の色に染めている。

 対する迎撃側はファングラーダ王子、ネロ・ディクタール・コンモドゥス・ファングラーダが指揮をとる、精兵ぞろいのファングラーダ正規軍である。

 広い緩衝地帯を間に挟んで両軍は停止していた。

 兵たちの見守る中、それぞれの国の代表――パルコプレシスとネロが単騎で前線へと進み出る。二人は声の届く距離まで来ると、馬を降りた。


「パルコプレシス! 残念だ!」


 まずはじめにネロが口を開いた。兵の耳にも届くよう、怒鳴るように会話する。


「先日まで友人だった僕らが、まさか戦場で再会を喜びあうなんてな!」

「喜び……? いや、まったくその通りだ! 俺は喜んでるぜ!」


 パルコプレシスの長髪が、風にのって軍旗のごとくなびいた。


「お前ほどの男とやりあえる――それも『神器』でやりあえるなんてな! 俺は侵略した国ぜんぶ投げ出しても惜しくないほど感激している!」


 パルコプレシスは赤銅色の巨大な戦斧を大上段に構えた。

 それだけの動作で空気中にチリチリと火の粉が舞う。

 その戦斧こそ『神器』。炎神シャクナドゥの遺せし武具『陽炎之斧ヘカトンケイル』であった。


「震えろ。怯えろ。俺を楽しませろ。ネロ、いいか。俺は俺の視界内の土地すべてを焼き尽くす。緑豊かな平原を、灼熱の地獄に変える。だから先に言っておくが――ちゃんと俺を楽しませてくれよ。灰になるのはそれからだ」


 ネロは顔をしかめる。パルコプレシスは完全に闘争に酔っていた。


「前々から思っていたことがあるよ」

「なんだ、ネロ。命乞いなら無駄だ。なぜってこの戦い、千年長生きするより楽しいからだ。命なんて捨てろ捨てろ。楽しもうぜ、なあ」

「――君は王族の器ではなかった」


 ぶわりと、魔力風がネロの足元から放たれる。

 ネロは懐から、黄金でできた一本の矢を取り出していた。


「光神マリーマリスの『神器』――『至高之矢ヘルメイアース』。君を止めるために仕方なく、『封印宮』から借り受けた」

「光の『神器』! そいつのお出ましを待ってたぜ!」


 パルコプレシスは有頂天だった。

 ネロは目の前の敵の様子には動じず、兵たちのどよめきもまったく気にせず、ただ静かに瞼を閉じてつぶやいた。


「マリーマリス。わが父祖の神。大陸を地獄に変えようとする男に――死の制裁を」


 『神器』たる征矢はネロの手の中で、太陽の輝きを宿す。


「ネロ! ネロ! ネロ! もう待ちきれねえぜええええええッ――!」

 

 神話時代以来の『神器』と『神器』の衝突。

 支配権の拡大を目指す男と、支配権の安定を目指す男の戦争が、まさにいまはじまらんとしていた。



 支配権の破壊を目指す男――ガラオールはアマリリスとミラを率い、地下へ向かっていた。


「それじゃあ爺さんども、あばよ!」


 地底に隠された「封印宮」の入り口は、学園運営委委員会円卓の直下にあった。ガラオールは入り口を守る老王たちを叩き伏せ、難なく隠し階段を滑り下りる。

 「封印宮」を守護していた運営委はみな、床に転がり意識を失っている。かつては大魔術使いであった彼らだが、老いさらばえた身でガラオールたちを止めることはできない。


「どうした、さっさと行くぞミラ」

「どんくさいぞ奴隷ミラちゃん! おっぱいが重すぎて動けないのなら、ねじ切ってやろうか? そうしてアタシに移植すればガルは喜ぶし一石二鳥」


 先に階段を下りたガラオールとアマリリスは、薄暗い通路から声を張り上げる。

 ミラは老王たちを眺めやり、立ち尽くしているのだった。


「まさか、学園にこんな秘密があったなんて……お父様もそれを隠していたのね……」


 『神器』の真実と学園の隠された存在理由を聞かされたミラは、半信半疑のままこの部屋までついてきた。

 しかし老王たちの激しい抵抗と、地下へ至る階段を目の当たりにして、いよいよガラオールの話が本当だと信じざるをえなくなってきている。


「早くしろ! 家族を助けなくていいのか!」


 怒鳴られて、ようやくミラは階段を一段下った。

 プロテジェール王女ですら知りえない秘密を知っているガラオールとアマリリス。二人はいったい何者なのか。ミラは得体のしれない寒気を感じた。地下階段が湿っぽく、気温が低いから……というわけではない。

 自分の知らないところで、未知の者たちが、神々の秘密を用いて大陸を左右しようとしている事実に巨大な恐怖を感じているのである。

 狭苦しい通路を急ぎながら、ガラオールは真実を明かしていく。


「プロテジェール王――お前の父親は二十八年前に学園を卒業している。その際に『神器』の秘密を当時の学園運営委員に告げられ、実際に雷神バリアンドーの武具『鳴動之盾セイレーン』を手にしていたのだ」

「バリアンドーの、『神器』……」


 神話でのみ語られていた伝説の武具が、まさか学園の足元に埋まっていたとは。

 にわかには信じられない。が、大陸の現状と自分に降りかかった理不尽な不幸が、この話にたしかな真実味を与えている。


「なぜ、あなたがそんなことを知りえるのですか? 並みの貴族――王族ですら知らされないことを――?」


 当然の疑問をぶつける。


「むしろこちらが逆に聞きたい」


 ガラオールは問いを問いで返した。


「どうして支配者どもは、絶対の秘密を絶対の秘密として数千年も、そしてこれから永遠に、隠しおおせるなどと思っていたのだ?」


 奢りが過ぎる。王は完全ではない。王は物言わぬ草木ではない。


「王侯貴族が数千年、その支配を続けたように、俺たちもまた奴隷として数千年、死すら生ぬるい苦境に耐えてきたのだ。そしてその数千年は決して――ぼんやりと、豚や鶏みたいに無為無策のまま過ごされてきたわけではなかった」


 王のいるところ、彼にかしずく貴族あり。

 貴族あるところ、彼に仕える奴隷あり。

 王侯と奴隷の身分差は、天の頂と海の底ほどに開いているかもしれないが――所詮はどちらも地上で暮らす人間。案外と近い場所で暮らしてきたものだ。


「わかるか? 俺たち奴隷が戯れに王に『足を舐めろ』と命じられた時、奴隷は必ず王の足に密着する。密着していれば王の会話は奴隷に聞こえる。王の会話を聞いた奴隷は、得た情報を他の奴隷と共有する」


 人の口に戸は立てられないと言うけれど。

 奴隷とて家畜扱いされながらも、やはり人間には違いないのである。

 黙して屈辱に耐えるだけでなく――悔しさや復讐の決意を胸に刻みながら、いつか、いつの日か――目に物を見せてやると激情を燃やし、次の世代に命を繋いできた。

 何年も。何十年も。

 何百年も。何千年も。

 そして奴隷たちに共有、蓄積される情報は膨大なものとなる。

 やがて奴隷のなかでも統率力に優れた者が現れ、独自の自衛組織を生み出していく。

 社会から零れ落ちた、夜の稼業を生業とする者たちを中心に――

 盗賊シーフギルド。暗殺者アサシンギルド。剣奴グラディエーターギルド。


「そして、時は来た」


 永い歴史からしたたり落ちる、「情報」という名のわずかな滴を集めに集め、奴隷社会はひとつの武器を完成させたのだった。それが――


「『神器』の存在、というわけだ」


 最後の仕上げをしたのはドニャ・エルヴィーナ。

 古い歴史書を漁り、各地の奴隷の口伝を聞いて回り、ギルドの伝統を読み解き――

 ドニャ・エルヴィーナは大いなる結論に至ったのだ。


「なぜ俺たちが、その親が、そのまた親が、奴隷のまま苦痛と汚辱の生を送らなければならなかったのか? その秘密をドニャ・エルヴィーナは獲得した――いや、ドニャ・エルヴィーナ個人の功績じゃない。数千年の間に生きた、すべての奴隷の手柄だ」

「そんなことが……」

「ありえない、か? いいや、ありえる」


 ガラオールは断言する。

 いかなる学問も技術も魔術も、その発展は気が遠くなるような古代からの叡智の蓄積があってこそ、はじめて可能となるものなのだ。

 いまの時代に身につけられている服も、食べられている料理も、話されている言語も、歴史という砥石に磨き続けられてきた結果こうした形に出来上がったのである。

 人間を家畜と分ける要素は、「蓄積」ということだ。

 多くの生物は子に、あるいは孫に財産を残さない。

 しかし人間は物理的な財産はもとより、知的な財産を後の世代に贈る生き物である。

 情報。

 それが奴隷の最大の財産にして最大の武器であった。

 通路はもはや最深部に差しかかり、四方はまったくの闇に包まれている。

 夜眼が利くガラオールとアマリリスはともかく、ミラはどこが天井でどこが床で、どちらが自分のやってきた道なのかもわからなくなっていた。 


「ついた、よ」


 乾いた声でアマリリスが言った。

 ミラはようやく「闇」以外のものを目にした。

 前方に、自ら光を発する物体が浮かんでいる。それは巨大な鉄扉の取っ手であった。


「到着。これが『封印宮』の門」


 光源は取っ手のみ。門の全容は視認できない。

 ミラはガラオールの語った名もなき奴隷たちの歴史を想いながら、門の前に立ち止まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ