4 - 初心者への手ほどき -
巨大な襖をくぐった途端、冷たい空気に鳥肌が立った。
頭上には怪しく光る満月。道の両側には古びた木造家屋。俺を含めた九人全員が通り終えるのを待っていたように、背後の襖が音もなく閉じた。
「いやはや、雰囲気ありまくりですぞ」
「お前、こういう和風ホラー好きじゃなかった?」
「ゲームなら大好物ですぞ。現実になると別ですが」
「だな。言えてるぜ」
先頭を歩くベテランが振り返り、口元に指を立てる。
「静かに。初心者は真ん中を歩いて。左右にも気を配るように」
メンバーの何人かが息を呑んだ。
俺も刀に手を添えて警戒する。
低級『裏世界』なら出てくる怪異も大半が雑魚だ。とはいえ、ここで死んでもゲームみたいにリスポーンするわけじゃない。一瞬の油断が命取りになる。
そんなことを考えていると、右手の民家からガタリと音がした。
続いて左からも。さらに屋根の上でも瓦が鳴る。
「来るぞ!」
ベテランが斧を構えた瞬間、家屋の窓が内側から砕けた。
「ギィィィッ!」
飛び出してきたのは、子供ほどの背丈をした餓鬼だった。
骨と皮だけの細い手足に、不釣り合いなほど膨れた腹。黄色い歯を剥き出しにしたそいつに続き、屋根や路地から同じ餓鬼どもが現れる。
「十一、いや十二ですかな?」
「数えてる暇あったら構えろ」
「ご安心なされぃ!」
九人に対して十二体。数だけなら向こうが上だが、低級怪異ばかりなら問題ない。
俺は視界の隅に意識を向け《ステータス》を開いた。そこから項目を一段下へ送り、《戦技》――《瞬歩》を選ぶ。
「ふッ!」
選択した途端、脚に力が集中し、身体が自分の意識より早く前に出た。迫りくる餓鬼の爪をかわし、腰を落としたまま刀を振りかぶる。
続けて《戦技》――《一文字切り》。
システムの補助に引かれて刃が横一線、鬼の首が石畳を転がった。
《低位怪異を討伐しました》
《経験値を獲得》
表示を眺めている暇はない。すぐに二体目が襲ってきた。俺は迎え撃つべく構えたが、視界の端から十文字槍が突き出される。
「《穿突》!」
餓鬼の胸を貫いた八雲が、そのまま得意げに眼鏡を光らせた。
「いかがですかな、某の華麗なる槍捌き!」
「よくやったけど、前見ろ」
「ぬおっ!?」
八雲は慌てて槍を横に振り、背後から来た餓鬼を薙ぎ払った。
「ふぅ、危ない危ない。油断大敵ですな」
「でもまっ、雑魚で助かったよ」
見れば、パーティメンバーも善戦していた。斧持ちが一匹を頭から両断し、別の護法使いは槍で二体まとめて貫く。九人それぞれが相手取ったことで、さっきまで徒党を組んでいた餓鬼どもは見る間に減っていった。
「う、うわっ!」
中央から悲鳴。例の初心者だ。目の前の餓鬼に腰が引けている。
「《戦技》使え!」
俺が叫ぶと、少年は泣きそうな顔で叫んだ。
「ど、どれ!?」
「ステータス開いて《戦技》! 一つくらいあるだろ!」
「あるけど、どうやって――」
「選べばいいんですぞ!」
八雲まで口を挟む。
「あとは身体が勝手に動きます!」
少年は慌てて視線を動かした。泳いだ視線が、しかと見開かれる。
次の瞬間、それまでとは明らかに違う勇ましい挙動で応戦した。
「うわっ!」
振り下ろした刀が餓鬼の肩口に食い込み、そのまま胴を切り裂く。
自分がした行いなのに、少年は驚いた顔でつぶやいた。
「い、今のが《戦技》?」
「そんなもんだよ」
俺は足元に噛みつこうとした一匹を蹴り飛ばし、刀で止めを刺した。
「《戦技》は覚えた技をシステムが自動で出してくれる。最初は任せりゃいいけど、それだけに頼りすぎると相手に隙を見せるから注意な」
「は、はい!」
「おお、不来方氏が先輩らしいことを」
「おお、じゃねぇよ。また来るぞ」
八雲の頭上から餓鬼が降ってきた。
「うひぃ!?」
槍を振り回して追い払う。少年の顔から少しだけ緊張が抜けた。
これくらいでいい。低級『裏世界』は、初心者が実戦を覚える場所だ。
「でも……」
少年は自分の刀をしげしげと眺めた。
「《戦技》って、一つしか使えないんですか?」
「レベルを上げれば増えますぞ。もしくは、アイテムから覚える手段もありますな」
八雲はそう答えてから、急に声を潜める。
「ですが世の中には――《戦術画》という特別枠がありましてな」
「せんじゅつかく?」
「選ばれたヤツだけに発現する固有能力だよ」
俺が続きを引き取った。
「《戦技》と違って覚えるものじゃない。神々から贈られたり、『裏世界』ボスを攻略したり、とにかく特定の条件下でしか手に入らない代物だ」
「へぇ……っ!」
少年の目が少しだけ輝く。
なぜか八雲が胸を張った。
「能力の内容も千差万別! まさしく主人公の証ですぞ!」
「偉そうに言ってるが、コイツは持ってない」
「余計な一言ですな!」
「じゃあ、お兄さんは?」
少年が俺を見る。
「……一応、あるよ」
「え、どんな能力ですか!?」
期待に満ちた目を向けられても困る。
俺はステータスの一番下にある項目を開いた。
【戦術画】――【親魔】。
「怪異に警戒されにくくなる。あと、仲良くなりやすい」
「…………」
え、それだけ? っていう少年の顔。
「なんだよ」
「いや、別に」
「弱そうって思ったろ」
「思ってません!」
「ケッ、嘘つけよ」
「術画持ちというだけで贅沢ですぞ!」
「戦闘中、一回も役に立ったことないけどな」
「んん~っ! 某も欲しいですぞ~っ!」
くだらない話をしている間に、最後の餓鬼がベテランに斬り伏せられた。
急に静かになる。さっきまで耳障りな叫びに満ちていた石畳には死骸が転がり、その身体が黒い塵となって消えつつあった。
《戦闘終了》
《経験値を獲得しました》
『同時視聴神数:三』
「お、増えた」
メダマの声に思わず顔が緩む。
「今の戦いで?」
『新規視聴、一柱ヲ確認』
「地味だったのにな」
「神々にも初心者の成長を見守る趣味があるのでしょう」
「それなら俺じゃなく、こいつの配信見ろよ」
そう言って少年を指さした直後――
ちりん。
集落の奥から、鈴の音が鳴り響いた。
場の空気が変わる。誰もが閉口して声の方向を見た。
提灯が並ぶ道の先。そこに赤い光が、禍々しく渦巻いていた。
「……八雲」
「ええ。ダンジョンボスですぞ」
「だが、この圧力は……」
低級『裏世界』。出現するのは、餓鬼のような雑魚怪異。そう聞いていた。
だが、光の渦から放たれる圧倒的な殺意を前にすると、さっきまで気にならなかった線香の匂いが、妙に濃くなった気がした。




