3 - 裏世界と書いてダンジョンと読む -
「いらっしゃーい。何かくれ」
『神ニ対スル挨拶トシテ、不適切デス』
「俺にとっては大事な客だよ」
この世界では、神々が人間の行いを見ている。
気に入った人間には、稀に品物を寄越してくる。いわゆる《投げ銭》だ。
もし人気が出れば、一生遊んで暮らせるような贈り物が届くらしい。
以前届いたのは、山神から貰った薬草酒だ。
売却価格、一万八千円。電気代とガス代になった。
別の日には干し肉。四千二百円。三日分の食費になった。
その前は真っ黒な石。三百五十円。交通費にもならなかった。
とはいえ、俺みたいな無職からしてみれば馬鹿にはできない。辛うじて家賃や生活費を払いながら生きていける理由でもある。
「今日もなんか貰えるといいな」
『戦果ニ依存シマス』
「へいへい、頑張りますよ」
そんな話をしているうちに、目的地が見えてきた。
以前は戸建てが建っていたのだろう。四方を住宅に囲まれた更地だった。入り口には黄色い規制柵が設置され、その近くに自治体の腕章をつけた男が立っている。
すでに参加者の何人かが、配信髑髏を呼び出していた。
「まもなくゲートが出現しますので、皆さん準備をお願いします」
監視員の男が拡声器で呼びかける。
「境界が安定するまで近づかないでください。それまではどうか待機を」
俺は少し離れた場所に移動した。
待機しているのは八人。俺と同じ刀持ちもいれば、斧を背負った者もいる。
その中に、初心者だとわかる少年がいた。雑兵の装備には傷ひとつない。どこか不安そうな顔で周囲を見回し、隣にいる年配の男に話しかけた。
「すみません。俺、『裏世界』初めてで……本当にここに出るんですか?」
「ああ。今は何もないがな」
年配の男が笑った。
「『裏世界』の入口ってのは、発生時刻に合わせて開くもんさ」
「中はどうなってるんです?」
「入ってみなきゃ分からんな」
「え?」
「今回は事前に調査済みだから情報はある。古い村落型だそうだ。中の怪異も低級だよ。だがまあ、安全とは限らない」
少年の表情が固くなる。
「やっぱり危険なんですね」
「向こうはこの世じゃないからな。一歩入れば別世界だ」
男の説明は、大体合っている。
裏世界。通称ダンジョン。世界各地に突発的に発生する、現実から切り離された領域だ。日本なら廃村。古びた神社。山道。入る場所によって様相が変わる。中にいるのも、当然日本の化物―― "怪異" が中心だ。
ただし、海外では事情が違うらしい。
同じ現象でも、その土地に根づく神話によって中身が変わるのだ。
俺がネットで見たアメリカのダンジョンには、棍棒を持ったゴブリンがいた。
日本では滅多に出ない。逆に向こうで、天狗や河童を探しても見つかるまい。
「お待たせ致しました不来方氏ーッ!」
俺を呼ぶ声に振り向く。細長い男が駆けてきた。
「拙者、八雲尊。ただいま参上つかまつりましたぞ!」
男の名は八雲尊。俺の友人だ。
瓶底眼鏡に細い顔。異様に高い背丈。長い手足をばたつかせながら走る姿は、風の強い日の案山子みたいでヒョロガリな体系だ。服はチェック柄のシャツにデニム。どう見ても一昔前のオタクだった。
まあ、Tシャツにジャージで肥満体の俺も、他人のことは言えないが。
「遅かったな」
「失敬、失敬。道中で女郎蜘蛛に道を塞がれましてな!」
「嘘つけ。昼間からそんなの出たらニュースになるだろ」
「ばれましたか、ハハ」
愛想笑いのたびに、背中のリュックがガシャガシャと鳴る。手に持った武器は槍で、刃先が十字に分かれていた。俺と違い、金にものを言わせたイイ装備だ。
八雲は息を整えると、どこか不満そうな顔で周囲を見やった。
「しかし、不公平ですな」
「何がだよ」
「日本が和風ファンタジーなのが!」
「また始まったよ」
「だってそうでしょう!」
八雲が眼鏡を押し上げる。
「世界がファンタジーになったのなら、普通は剣と魔法でしょう! ドラゴン! 大聖堂! 聖剣! なのに日本は妖怪、幽霊、鬼ばかり!」
「いいじゃん。日本っぽくて」
「役職だって《聖騎士》ではなく、《護法使い》ですぞ!?」
「じゃあ海外行けば?」
「英語が無理ですぞ!」
「なら諦めろ」
世界が書き換えられたとき、地球全部が一種類のファンタジーになったわけではない。国や土地ごとの神話や伝承に合わせて、現実化した空想の形も変化した。
そしてそれは、国における覚醒者の名前にも影響した。
海外では《騎士》や《魔術師》と言われる一方、日本では《護法使い》と呼ばれている。当初は政府によって陰陽師や呪術師という名前が提案されたそうだが、噂によると絶大な権力を誇る「やんごとなき家系」の圧力でそう命名されらしい。
八雲にとっては、それが昔から不満のようだ。
「某もエルフに恋したかった……」
「日本のお姫さんも悪くねぇぞ」
「例えば?」
「清姫とか」
「焼き殺されるではありませんかァーッ!?」
「静かにしてください!」
監視員の声が飛んできた。
「まもなくゲートが発生します。全員、規制線より後ろへ!」
空気が変わる。周囲の《護法使い》たちも、一斉に身構えた。
何もない、むき出しの更地。
そこへ、歌が聴こえ始めた。
――夕焼け小焼け……。
子供の声。一人ではない。何人もいる。遠くから聞こえているようでもあり、耳元で歌っているような錯覚さえ覚える。
俺の横で、配信髑髏の火が大きく揺れた。
『空間異常ヲ確認』
「来たか」
空き地の中央。何もない虚空に、黒い小さな染みが滲みだす。
焦げ跡だ。最初は拳ほど。そこから縦に横に、紙に火を近づけたみたいに端からじわじわと空間が焦げていく。
「毎度の事ながら不気味ですな」
「ここだけ見ればホラーだよ」
焦げ跡が人間の倍ほどの高さまで広がり、そこから木目が浮かび上がった。
白い紙。黒い縁。金色の引き手。最後に、墨で描かれた山と夕日。
現れたのは巨大な襖だった。何もなかった更地の中央に、建物にも繋がっていない襖だけが立っている。いつの間にか歌は止んでいた。
しばらくして、すう、と。襖が勝手に開いた。
夕焼けが残るこちらとは違い、向こう側は完全な夜だ。
古びた石畳。木造家屋。子供の笑い声。線香の匂いが流れてくる。
「境界安定!」
監視員が声を張った。
「先行調査班の情報では低級『裏世界』です。ただし、内部状況が変化している可能性があります。異常を確認した場合は即時撤退してください!」
俺は左手で鞘を押さえ、鯉口を切った。
「行くぞ、八雲」
「合点承知ぃ!」




