ドーナツ争奪戦
始まりは迷宮が持って来たマスドのドーナツだった。
例によって例のごとくうちに入り浸る男三人は、俺も含めて小腹が空いていた。でかした、迷宮、とマスドの紙袋に伸ばした俺の手は、虚しく空を切る。
「四つしかないんです。ちゃんと分け合って食べましょう」
「はい! じゃあ俺、三つで良いです」
「割り算ができんのか、この阿呆」
ん。迷宮がマスドの紙袋を持って、すすす、とうちのリビングの隅、ベンジャミン君の所まで離れる。専守防衛の構えだ。警戒心が強い。まあ、分倍河原の鼻息の荒さを見ればそれも無理はない。
「ジャンケンしましょう」
「どれだけ業突く張りなの、分倍河原」
「一人一個で良いですよね。俺はオールドファッションで良いです」
皿に並べたドーナツを見て小野寺が控え目な笑みを見せる。
「え、俺もオールドファッションが良い」
「俺は天使クリームで」
「全部食べたい全部」
ばらばらやん。我欲がみんな先行してるやん。それでうちの台所をわが物のように使い、レトルトの冷製コーンポタージュを飲んでいる迷宮は心臓が強い。まあ、ドーナツを持って来た功労者だし。でも、もっとたくさん買ってくれば良かったのに。男四人だよ? そりゃ四つじゃ足りないって。
「金欠なので」
俺の心の声が聴こえたかのようにポタージュを啜りながら迷宮が答えた。金欠ならやむなし。むしろ、金欠でも手土産を持参するその心意気や良し、である。
「分倍河原。人が胸中で語っている隙を狙ってドーナツに手を伸ばすんじゃない」
「ええ~だって欲しいもん~お腹空いたんだもん~~~~」
「全力で可愛くないからな」
それからドーナツを中心にした喧々諤々の論争が始まった。
人間って醜い。
俺は論争の間にドーナツ気分が失せた。
「オールドファッション、譲る。俺は冷やし中華を喰って来る。後はお前ら好きにしろ」
「え! 俺も行きたい、冷やし中華喰いたい」
節操なしか、分倍河原。
そしてその隙を逃す小野寺と迷宮ではなかった。分倍河原がドーナツから目を離した数秒の間に、四つあったドーナツは、消えた。
あーんあーん、とウソ泣きする分倍河原を、しょうがないからラーメン屋に連れて行くことにしたのだが。
後ろをぞろぞろ、小野寺と迷宮もついてくる。
いや、欲深いな!?
「奢らないよ?」
迷宮が物言いたげにじっと俺を見つめている。
ちょっと待ってよ。分倍河原と迷宮に奢ると、小野寺にも奢らざるを得ないじゃん。今度は俺が金欠になる。
蝉が鳴いてる。
俺も泣きたい。
可愛らしいドーナツ争奪戦がとんだ出費をもたらす結果になり、俺の財布は痩せた。