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短編の本棚

ブルーサファイア

作者:九藤 朋
 ある家に兄と妹がいた。その家には父はなく、母が一人で生活費を稼いでいた。幼い兄妹に存分に構ってやることも出来ず、自然と兄妹は二人で仔犬のようにじゃれ合いながら育った。
 やがて彼らが小学生になってもそれは続いた。
 しかし同級生に妹が指摘を受ける。いつまでも兄とばかり遊ぶのはおかしいと。そういうのは普通ではないと。
 妹は意味が解らなかった。解らなかったから兄に訊いてみた。兄は少し目を瞠ると、横を向き、それはその通りかもしれないと言った。
 だから妹は兄より同級生の女子たちと遊ぶようになった。兄は兄で、同級生の男子たちと遊んでいるようだった。
 中学生になり、兄は新聞配達のバイトを始めた。少しでも家計を助ける為だ。妹は、母が忙しいぶん、家事に精を出した。兄と母、そして自分のぶんの弁当も朝早く起きて作った。母は出来た子たちだと言って、こぼす涙を隠さなかった。母に二人は抱き締められ、その温もりに満たされ、そして後ろめたさを感じた。
 妹はアパートの狭いベランダに、鉢植えのブルーサファイアを育てていた。夏になると青い花が美しく咲く。そして秋には珍しくも紅葉する。青い花に目が行きがちだが、秋の紅葉にも風情があった。水を遣らねばすぐに萎れるので、妹は毎日朝夕の水遣りを欠かさなかった。
 夏になってブルーサファイアの花が咲くと、兄も母も妹と花を褒めた。よく丹精したものだと笑顔になった。妹も笑った。
 兄は中学を卒業すると雇ってくれる設計事務所で事務の手伝いを始めた。仕事は忙しく、帰りはいつも遅かった。それでも町工場などで働くよりずっと良い賃金が貰えた。それは家計を助けた。
 妹は兄と母の勧めで高校に進んだ。成績が良いから勉強に励むよう、教師からも後押しされた。妹は部活には入らなかった。放課後は花屋でバイトした。物言わぬ花の世話が好きだった。物言わぬことに安心した。
 やがて母が倒れた。
 もう長くはないと医師から宣告を受け、兄と妹は二人抱き合って泣いた。
 互いの温もりに縋り、癒され、そして幾何かの恐れを抱いた。
 亡くなる前、母は二人に感謝の言葉と、幸せを祈る言葉を告げた。
 兄も妹も悲しみの淵に沈んだ。同時に(くびき)が一つ外れたと感じた。
 兄はそれまでより一層、設計事務所での仕事に励み、妹も家事とバイトに勤しんだ。
 ブルーサファイアは夏になると青い花を咲かせ続けた。秋になると紅葉し続けた。
 青に隠れた赤がずっと色づいていた。物を言わず。
 妹が奨学金で大学に通えることが決まった時、兄に設計事務所の上司から娘の婿にならないかと打診がきた。願ってもない話の筈だったが、兄は丁重に断った。妹はその話を聴いて何も言わなかった。秋のことだった。ブルーサファイアが紅葉してる、とだけ呟いた。
 妹も大学や花屋や他のバイト先で交際を求められることがあった。妹はそれらを断り続けた。大学を卒業した妹は商社で働き始めた。これで自分も一人前だから、兄にこれまでより楽をさせてやれると言った。それを聴いた兄は切なそうに目を細めた。
 二人は周囲の勧めをやんわりかわし、共に独身のままだった。
 二人は堅実な生活を営々と続けた。
 そんな時、妹が倒れた。
 母と同じ病だった。兄は懸命に看病した。頬が痩せこけて、これではどちらが病人か解らない、と妹に言われるほど。
 残された時間は少ない。
 妹は兄にブルーサファイアの世話を頼んだ。朝、夕、二回、水を遣ること。紅葉が終わったら茎を伐って休ませること。夏の暑い盛りに咲く花だけど、水遣りは陽射しの強い時間帯が過ぎてからにすること。
 紅葉の時期もちゃんと愛でてあげること。
 青い花だけでなく、秘めていた色を見てあげること。
 兄は妹の言うことの一つ一つに頷いた。
 涙が流れていた。止めどなく。
 今度生まれてくる時は、と妹が言いかけた。
 だがその続きは永久に失われた。

 兄は妹の死に顔を見た。号泣した。
 ブルーサファイアは毎年、秋になると物言わず紅葉した。






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