覇王の側近は不器用
イルリカはトボトボと一人で歩き、深いため息をついた。自分は勝手に期待し、勝手に落ち込んでいる。身勝手この上なく、失礼この上ない。
謝らなければならないと分かっている。あの人はただ純粋に私の幸せを願ってくれただけだ。
それだけなのに。それだけなのにどうして・・・っ涙が止まらないんだろう。
俯いたまま立ち止まり、溢れる涙を拭うこともせず、胸元を握り締めた。
痛い。胸が酷く痛い。怪我なんてしてないのに。どうして?我慢出来ないぐらい痛い。この痛みは何なんだろう。
昔興味本意で読んだ恋愛小説。そこには揺れ動く女の子の心の繊細な描写があった。繊細なのに理解できない事実が嫌でその小説は途中で読むのをやめた。
あの心が今なら分かる気がする。
ならばこの思いは恋と呼べるものなのだろう。好きだったんだ。初めて人を好きになった。けど、叶わなかった。聞いたことがある。初恋は実らないと。その通りなのかも知れない。
ディーナやレオナを愛するのとは違うこの感情はなんと辛いものだろう。
「お姉ちゃん?」
「イルリカ?」
名前を呼ばれゆっくりと顔を上げれば可愛い妹と可愛い妹を奪った国王の姿があった。何も考えずディーナを抱き締め、声をあげずに泣いた。ディーナは少し驚いてようだったが、イルリカが落ち着くような歌をそっと歌ってくれた。
イルリカが落ち着いたところで部屋に移り、普段使わない客室に三人で入った。
「どうしたの?お姉ちゃん」
「・・・私は、自分がこんなに卑しい人間だなんて思わなかった」
ディーナはイルリカの言葉の裏が読み取れず困惑していると王が口を開く。
「マルドアが関係しているか?」
イルリカは黙っているつもりだったが、反応してしまい誤魔化せないと悟った。
「やはりか・・・」
「マルドアさんと喧嘩でもしちゃったの?」
「・・・私が勝手に怒ってるだけ」
ディーナは更に訳が分からずかける言葉が見つからなかった。イルリカは理不尽に怒るようなタイプではないし、マルドアも意味なく他人を怒らせるような人間ではない。
「マルドアについてだが・・・あいつは酷く不器用だ。美味いと言える紅茶をまともに淹れられるようになったのは紅茶の淹れ方を習って一年後。同じ味を定期的に出せるようになるまで更に二年かかった」
マルドアの美味しい紅茶を思いだし、ディーナは驚く。あれが出来上がるまでに三年の月日が掛かったのだ。あの優秀なマルドアが。
「あいつは俺に美味い紅茶を出してきたときはたまには休憩してくださいのその一言のみだった。あいつは俺が熱心に紅茶の淹れ方を練習してるあいつを知らないと思っていたんだろうな。扉が少し開いていることにも気付かず『どうしたら陛下に褒められる紅茶が淹れられるんだ!』と喚いていたからな」
優しい王の呟きには慈しみが滲み出し、懐かしむように目を閉じた。
「『美味いぞマルドア』と言ってやると嬉しそうに頷いて、隠していたんじゃないのかと内心思ったな。その後は定期的に美味い紅茶が淹れられたら持ってくるようになった。真面目な奴だ。本当に」
王は真っ直ぐイルリカの瞳を見つめる。
「奴の行動の裏には必ず意味がある。美味い紅茶の裏に俺に誉められたかったという真意があるようにな。あいつはその裏を決して口に出しはしない。だから・・・良く考えて察してやってくれ。お前ならそれが可能なはずだ。マルドアが認めた相手なんだからな」
「真意・・・」
「偉そうに言ったが、結局選ぶのはお前自身だ。好きにしていい。城で働いて貰いたいという思いはあったが、俺にお前を拘束する権限はない。お前が生きたいと思う世界で、生きればいい」
イルリカは小さく笑った。
「貴方の何処が覇王なのでしょうかね」
「俺は認めた奴は認めているだけだ。実力もない奴に慈悲はない」
「覇王に慈悲なんて言葉はないと思いますよ」
イルリカはこの王がディーナの相手で良かったと心から思えた。そして自分も自分の道を定めなければならないとそう強く感じた。
一人で考える時間が欲しいだろうとイルリカを一人残し二人は廊下を歩く。
「お姉ちゃんのことありがとうございます・・・。私じゃ何も出来なくて・・・」
落ち込んだようにうつ向くディーナの額に王は唇を落とす。
「イルリカはお前の存在に救われている。お前がイルリカを落ち着かせてくれなければ、俺は話も出来なかっただろう」
ディーナは額に手を当て赤くなりながらもそっと王に寄り添う。
「ありがとうございます。陛下」
そう言って笑うディーナの笑顔に王はんっと何かを飲み込んだ。いつまで経ってもディーナの可愛さには慣れない王だった。




