歌姫の鎮魂歌
幹部会議も終わり、三長官はそれぞれの地に帰るということになり、ディーナは王とマルドアと共に見送りに来た。
「見送りなんてええのに。子供じゃあらへんのやから」
ラシオンはため息混じりに呟く。アルルは辺りを見回し、唇を尖らせた。
「あの美人さんはいない訳?最後に口説きたかったのになー」
「イルリカは部屋で勉学に励んでいる。残念だったな」
フンッと鼻を鳴らすマルドアにアルルはニッコリと笑う。
「じゃあ今度来るときは薔薇を108本持ってくるね」
「な!?」
バイバーイとアルルは笑みを残して自分の馬車に乗って行った。
口を開けたまま呆然と見送ったマルドア。それを見てディーナは王を見上げる。
「108本の薔薇って何か意味があるんですか?」
「・・・欲しいか?」
「私は庭師さんが懸命にきれいに咲かせてくれてる庭の薔薇で十分です」
思ったことを伝えれば王は分かったと少し落ち込んだ様子で薔薇の意味が分からないディーナには理由も分からなかった。
気を取り直したマルドアはラシオンに目を向ける。
「ラシオン。お前がここまで勤めあげてくれるとは思っていなかった。感謝している」
ラシオンはいつも通り冷静に返すのかと思いきや。
「な、なんやねんいきなり!べ、別に褒められるほどのことなんかしとらへんわ!」
思いきり照れた様子で言葉を紡いでいた。ディーナが疑問に思っているのを悟り、王は小声で呟いた。
「ラシオンにとってマルドアは憧れの存在でな。マルドアに頼まれたからラシオンは外務省長官の席にいる」
なるほど・・・とディーナは二人の様子を見守る。ラシオンはも、もうええわ!と照れ隠しに馬車に飛び乗り逃げ去ったよだった。
最後に残ったベネは静かにディーナに歩み寄り口を開いた。
「鎮魂の歌を・・・歌ってはくれないか?」
「鎮魂歌ですか?分かりました」
拒否する理由もないとディーナは目を閉じ歌を奏でた。透き通るような歌声は空気に溶けるように広がった。
歌い終わり、まぶたを押し上げて驚いた。ベネが静かに涙を流していたからだ。ディーナがどうしたのかと問う前にベネが言葉を紡いだ。
「俺は・・・妻と息子のために以前の政治をぶち壊したかった」
「え・・・?」
ベネは聞き返すディーナの瞳をまっすぐ見返す。
「俺の妻と息子は・・・本来そんな風に呼べる間柄じゃない。俺がずっと、思っていただけだ。共に生きようと何度言ってもあいつは首を縦に振らなかった。息子もだ。何度も噛みつかれた。母を守ろうとな。優しい子だった。彼女は強情で、美しく、そんな彼女達にいつも食べ物を差し入れていた。彼女たちはスラムの人間だったからな。しかし、そのせいで・・・彼女達は同じスラムの人間に殺された」
ディーナはその言葉に目を見開いた。自分の行った善意が愛しいものを死に至らしめる結果となったなら、どれほどの痛みと絶望だろう。計り知れない思いにディーナはかける言葉が見つからず俯いた。
「俺は二度と、生きるために殺さなければならない国を作りたくない。生きるために殺される人間を見たくない。そのために国の根幹に食い込んだ。もしもの時は国を乗っ取る覚悟で」
ハッキリとした下剋上の意思に王は何も言わない。彼はそれを覚悟の上で彼を農設省長官に任命しているのだから。
「ーーさせません」
そう言ったのはディーナだった。
「陛下は絶対に前王と同じ政治はしません。陛下の政治でまた別に苦しむ人はいるかも知れません。それでも、再び同じ悲しみは生まれません」
私が愛した人は全ての民の幸せを願うような人だからーー
迷いなく確信を持って告げるディーナを王は抱き寄せ額にキスをした。
「あぁ。その通りだ」
王はベネに告げる。
「俺は前王の政治は決して繰り返さない。俺は俺なりの国を作り上げる。俺の望む国のために、力を貸してくれ。ベネ・ホールト」
ベネは王の前で膝をつき、胸に手を当てた。
「貴方が俺の従うべき王である限り、俺の全てを貴方とこの国のために」
「ーーありがとう」
ベネは小さく微笑み立ち上がると、ディーナに視線を向けた。
「君が王の婚約者で良かった。妻と息子のために歌ってくれてありがとう。歌姫。君に心からの敬意を」
ベネは自然な仕草でディーナの手をとり、その甲に口付けた。慣れてないディーナは驚き、その反応にベネは小さく笑う。
「これは高貴な者に対する挨拶だ。村娘だった君には慣れない行為だろうが、慣れていかなければいけないよ」
「は、はい・・・」
「では、またお会いできること楽しみにしている」
軽く頭を下げ、ベネは馬車に乗って去って行った。
その直後ベネに口づけされた手が勢いよく引かれ、その指先に王が口付けた。その後指を絡ませ、上から順に唇を落としていく。
「へ、陛下・・・?」
ドキドキと跳ねる心臓と共に次第に赤くなるディーナ。流すようにディーナに視線を向けたその仕草は色っぽいのだが、何処かいじけているようにも見えた。
ディーナは絡み合っている王の指先にキスをした。
「私は貴方が大好きですよ。陛下」
照れ笑いする少女の言葉に王は衝撃を受け、きつく抱き締める。
伝えはしない不安はまだ婚約止まりにしている意味のまま。
しかし少女はその不安を汲み取り、王を安心させる。
マルドアはさっさと結婚すればいいのにと思いながら、空気の現状を甘んじて受け、そっとその場を離れたのだった。




