氷の覇王は歌姫を思う
ディーナは泣きながら長い廊下を走っていた。
自分はなんて馬鹿なのだろうと。
陛下はいつだって壊れ物を扱うかのように自分を愛してくれていた。本当にあの方の傍が安心できて、幸せで・・・
そんな優しいあの人を私は傷つけ、侮辱した。
謝らなきゃ・・・っ!
ただその一心で走った。角を曲がった刹那同じく走ってきた人とぶつかり思い切り弾かれる。だが、痛みは大したことはなく、包み込まれるような感覚には覚えがあった。ゆっくりと目を開けるとそこには王の顔があった。
「大丈夫か!?ディーナ!」
「陛・・・下・・・?」
何故今目の前に陛下の顔があるのか理解できずに硬直する。だが、直後涙が溢れた。
「なっ・・・何処か痛むのか!?」
自分を心配して慌てる王にディーナは顔を両手で覆って首を左右に振る。
「ごめ・・・なさい・・・」
伝えたい言葉が沢山あるのに涙が言葉を出させてくれない。
王は暫し無言でいたが、ディーナを抱き上げ歩き出した。
「話は寝室で聞こう」
ディーナは素直に頷き、寝室に入ると王はディーナをベットに座らせる。自身は床に膝をつきディーナを見上げる。
「私・・・陛下のお心を・・・踏みにじりました・・・っ!」
「・・・正直ショックではなあったな。だが、俺を思ってのことだろう?」
「陛下は私なんかよりもっと素晴らしい方が合うと・・・っ」
「・・・ディーナ」
王はディーナを呼ぶ声に咎める質を含める。そんな王にディーナは抱きついた。
「でも・・・っ。でも・・・っ。陛下の隣に・・・私以外の人は立って欲しくないです・・・っ。嫌なんです・・・っ」
王は少し驚き、呆れたように息を吐く。
「散々振り回しておいてそれか?」
「ごめんなさい・・・っ!」
王はディーナの頭に手をやり優しく撫でた。
「俺も言葉が足らなかった。俺はお前以外を愛すつもりは微塵もないし、お前以外の女に興味もない。今後一切こんな話はするな。いいな?」
「ごめんなさい・・・っ。陛下・・・」
王は呆れつつも、この少女がこんなわがままを言ったのは初めてだとも思った。そして嫉妬のようなものまでしてくれた。それが嬉しくも思え、今回の騒動もお陰でこれが得られたならいいかとも思えた。恐らく愛しいこの少女が起こした事件だからだろう。
「心よりお慕いしております・・・陛下・・・っ」
「俺も愛している」
「・・・あの・・・」
「何だ?」
「く・・・口付けをしても・・・いいですか?」
少女が真っ赤な顔でそんなことを言ってくるものだから王は驚いた。だが、可愛らしく益々愛しいとも思った。
「ああ。許可をとる必要などない」
王はそっと少女に顔を近づけキスをした。そっと離れると今度は少女の方からキスをした。王は深く口付けしたい衝動を懸命に抑えたのだった。
翌日。マルドアは幸せオーラを出す王を見て騒動は収まったかと口を開く。
「縁談は私の方で全て断っておきます。よろしいですね?」
「ああ」
それにしてもこの冷静沈着であるはずの王は小娘の一挙一動であれほど乱されるとは。妃によって堕落した王達の理由が理解できてきた。勿論、小娘一人ごときに国を傾けさせる気は毛頭ないが。
「私の口から申しあげることではないようにも思うのですが・・・」
「何だ?」
「ディーナは陛下にあまりにも大事にされていることが逆に不安に繋がったようです」
王はピクリと反応する。
「二年といわずすぐ結婚されてはどうです?そうすればどこぞの王子のような輩が出てこないように思いますが」
「ううむ・・・。しかしだな・・・」
この方も真面目だ。一度決めればそうそう簡単に曲げはしないだろう。
「貴方はディーナが心変わりするかも知れないから時を置かれています。それは先日のディーナと同じでは?」
王は目を見開き硬直した。やがてつむぐように口を開く。
「ディーナの愛を疑っている訳ではない。だが・・・俺にディーナは勿体無いとも思っている」
マルドアは心底イライラした。
ディーナと全く同じじゃないか!!!!
何と面倒なカップルなのか。お互いがお互いを思いすぎてすれ違っている。どうして恋人もいない自分がこんな妙な惚気合戦からの喧嘩に巻き込まれなければならないのか。
「私には陛下のお考えもディーナのお考えも分かりません」
「と言うと?」
「釣り合わないと思うなら釣り合うようになればいい。他人の方が幸せに出来ると思うなら、その他人以上に幸せにすればいい。その努力を何故しようとしないのですか?」
王は少し目を丸くした後、瞬きを繰り返し一つうなずいた。
「お前は本当にいい男だな」
「何故私の話になったんですか」
「お前の妻になる者は幸せだ」
「いきなり何を・・・」
とまで言ったところでハッとする。
「ディーナはいりませんよ!?「誰がやると言った」
「いえ、話の流れから・・・」
王は一つ息を吐いた後呟いた。
「まあ・・・お前ほどの男で心からディーナを愛し、ディーナからも愛されているなら諦めもつくがな」
「ディーナは中々骨のある人物だとは思っていますが、女だという認識はあまりありませんね・・・。妹・・・というのが一番しっくりくるでしょうか」
「確かにお前達の言い合いを見ていると兄妹のようだ。・・・俺はディーナを幸せに出来るだろうか」
不意に王が真顔になるものだから、マルドアは王の前で膝をつき胸に手を当てた。
「陛下が望まれるなら私は何だって致します。ディーナを喜ばせることでも何でも」
迷いのない瞳を受け、王は目を細めた。
「ありがとう」
こんなにも臣下に「ありがとう」「すまない」を言える王がどれだけいるだろう。こんな素晴らしい王の妻になる者が不幸であるはずがない。不幸などにさせはしない。妻の幸せが王の幸せにも繋がると分かっているからだ。
「・・・たまに、お前が何故そこまで俺に尽くしてくれるのか疑問が浮かぶ時がある」
「理由など簡単です。私がしたいからしているまでのことです」
本当にそれだけだ。
「俺はいい臣下をもった」
「私はいい王を持ちました」
そんな二人の会話をディーナとギドが微笑ましく見ていたのを二人は後に知る。




