氷の覇王と歌姫の不器用さ
王は騎士団の訓練場に足を運んでいた。そこでは珍しくギドが団員の指導をしている。団員は王の存在に気付きすぐさま騎士流の礼の姿勢をとるが、ドッと溢れる汗に気付いた。
当然ギドも違和感を感じ取っており、木剣でトントンと肩をたたく。
「なーにあったんですか。陛下」
「黙って手合わせしろ」
ギドは暫し瞬きを繰り返した。ここまで怒り狂っている王を見るのは初めてだったからだ。いつもは頭にきたとしてもあくまで冷静だった。
こりゃ本当によっぽどのことだと察したギドは茶化すような真似はせず団員達に休憩がてら見てろと指示を出し、広くなった練習場に立つ。
「木剣でいいですか?」
「真剣だ」
王の言葉に周りにいる兵士達がざわめく。ギドはフッと笑い、壁にかけてある真剣を手にする。
「仰せのままに」
お互い真剣を構えたところでライドが前に出る。
「開始の合図ぐらいは出しましょう」
「おう。頼むわ」
それではとライドが声をかけると王は剣を低く構え、ギドは前で構える。
「始め!!」
真っ先に王が前に出た、下からの切り上げの一撃。ギドは読んで避けるが、そこから更に振り下ろしの二撃目もバックステップで避ける。その一撃は土で出来た硬い訓練場の床を裂くほど力がこめられていた。
王は昔からライドやギドといった騎士団長直々に剣術を仕込まれていることから駆け引きをするような動きをする。だが、今の王は酷く愚直で勢い任せだ。
ほんと・・・何あったんだ?
ギドはひとまず落ち着いて話をするには今行われているストレス発散に付き合うしかないだろうと今度は前に出る。ギドの突きを王は剣で弾くも、蹴りが迫り腕で防ぐ。自身も飛んでダメージを緩和するが、今度は振り下ろしの一撃が迫り後ろに飛んで避けた。避けたと思えば今度は拳が顔面に迫り、反射的に避ける。代わりに横蹴りを放てばギドの横腹にめり込んだ。が、そのめり込んだ足をつかまれひねられる。まずいと察した王は剣でギドの顔面を突く。ギドは回避のために一旦離れ、ニヤリと笑った。
「少しは頭冷えてきましたか?陛下」
王は無言で再び前に出て横なぎの一撃を放つも、ギドは容易に避けて見せ、剣を持つ王の手を蹴り上げる。
王はどうにか剣を手放しはしなかったが、意識が手に持っていかれハッと我に返れば、腹部に拳がめり込んだ。
「ガハッ!!」
全くダメージを緩和できずモロに食らった。騎士団団長の一撃は王の行動を大きく制限する。だが、王はそこで止まることはしなかった。すかさず剣を振り下ろし、ギドを狙うがギドはそんな刃を受け止める。
「どうしました。力入ってねえですよぉ!!」
押し返され、腹部のダメージも膝に来ており、若干よろけながら後退する。そんな王に追い討ちをかけるべくギドが動く。王は受け止めるのに精一杯で攻撃には移れずにいた。
ガキィィンッ!!!
王の手にしていた刃は弾かれ宙を舞った。それに一瞬視線を奪われたその刹那、のど元に刃が突きつけられた。
「・・・参った」
王のその一言でギドは刃を引く。
「落ち着きましたか?陛下」
「・・・ああ」
「んじゃ、ひとまず俺の部屋でも行きましょうか。メルフィ、ライド。ここは頼んだぜ」
メルフィとライドはただ一言はいと頷いた。
ギドは王を連れて自室に入り自身のベットに腰掛ける。
「んで、何があった訳?どーせ嬢ちゃんのことだろうとは思うけどなー」
「・・・俺は・・・ディーナを愛せていなかったか・・・?」
ギドはは?と思わず聞き返す。
「自身では精一杯愛しているつもりだった。使命感ではなくただ自然に。ディーナしか考えられないと心から思うほどに愛していたつもりだった・・・っ」
王は片手で顔を覆い、唸るように言う。
「ちょ、ちょっと待て・・・。も、もしかして・・・嬢ちゃんに振られたんか?」
「・・・縁談を受けろと言われた」
ギドは驚いたが、必ず何かあると踏み問いを重ねる。
「嬢ちゃんは何で受けろって?」
「・・・交易の幅を狭めるなと。それから・・・」
王は拳を強く握り締め、黙ってしまった。聞いていたギドはあー・・・と頭を掻く。
「んでお前はそんな嬢ちゃんの発言にキレて出て来たって訳だな」
無言の肯定にギドは王の傍行き、でこピンした。王は予想外の行動に困惑し瞬きを繰り返していた。
「お前は本当に馬鹿だな。お前も嬢ちゃんも不器用すぎ。けど、そこでキレて逃げてくるお前もお前だ」
「何だ・・・と・・・?」
ギドはここで答えを教えるのは簡単だが、ひとまずは王を叱るだけにすることにした。
「お前は嬢ちゃんを愛してる。だってのに嬢ちゃんは自分以外を愛せと言った。それにキレたんだろ?俺はお前を愛してるのにって。けどよ、お前それ口に出したか?」
王の表情が止まる。
「俺が愛してるのはお前だからって言ったか?だからお前以外愛したくないってちゃんと伝えたか?」
「い・・・や・・・」
「だってのにキレて逃げ出して。嬢ちゃんが何でお前にそんなこと言ったかも考えたか?」
「・・・いや・・・」
「変わってねえじゃねえか。前だってそうだ。オメーは嬢ちゃんの気持ちも考えずに突き放しやがった。あの時と一緒だ。確かに今回は嬢ちゃんもオメーを傷つけたが、またお前は嬢ちゃんを傷つけた」
ギドが睨めば王はハッと顔を上げ駆け出した。ギドはそれを見送った後ハアと息を吐き出す。
「本当に不器用だねぇ・・・。あいつも、嬢ちゃんも」
一方、ディーナを探していたマルドアは廊下の隅でうずくまっているディーナをすぐに見つけた。
「おい・・・どういうつもりだ」
答えないディーナに苛立ったマルドアは無理やり立たせる。するとディーナは顔がぐしゃぐしゃになるほど泣いておりそこまでとは予想外でマルドアは硬直する。
このままここに放置する訳にもいかないとひとまず自室に連れて行った。そしてディーナの泣きじゃくりが収まるまで時間は置いた。落ち着いたところで問いかける。
「何であんなこと言った。いや・・・陛下を思ってのことだとは思うが、何故そんなこと言い出した?」
ディーナは鼻をすすりながら掠れた声で口を開く。
「陛下には・・・もっと陛下に見合う方がいらっしゃると思ったんです・・・」
「・・・まあ、陛下がお前のような村娘を婚約者に選んだこと自体奇跡だからな」
マルドアの言葉にディーナは頷き、やはりそういうことかとマルドアはため息をつく。
「それで自分に自信がなくなり、陛下にもっと見合う女性を探してもらうために縁談の話を受けるように言った訳か」
「はい・・・」
ディーナと向かい合って座っていたマルドアは不意に立ち上がりディーナに近づいた。
「阿呆か貴様はぁ!!!」
そして頬をつまみ思い切り引っ張った。痛みとマルドアの行動にディーナは動揺していたが、続いて口を開くマルドアの言葉に意識を持っていかれる。
「貴様が自信をなくすのは勝手だ!!だが陛下を貴様の勝手な私情に巻き込むな!!貴様で不相応なら陛下は貴様に婚約など申し込んでいない!!貴様は陛下の気持ちを踏みにじったんだぞ!!!」
マルドアにそう怒鳴られ、ディーナの目から再び涙が零れ落ちる。マルドアは手は離したが、責めることはやめない。
「自分では不相応だと感じたなら相応になる努力ぐらいしてから主張しろ。・・・第一貴様は陛下が自分以外の女を愛してそれでいいのか?」
「・・・いいと・・・思ってました・・・」
マルドアは頭に血が上った。「なら婚約など解消しろ!!」そう怒鳴ろうと口を開いた直後、ディーナが叫んだ。
「でも!!嫌だったんです!!!」
は・・・?と硬直し、開こうとした口が止まる。
「陛下がこれから他の女性と仲良くされるんだと思うと・・・」
さっき以上に涙が溢れ、ディーナは声をあげるほど泣いた。それを見てマルドアはこの馬鹿は・・・と呆れた。
「それだけ泣くほど嫌なら何で・・・」
「陛下は・・・私なんかじゃ・・・駄目なんじゃって・・・」
「駄目って何が?」
「一緒に・・・寝るようになっても・・・全然・・・相手に・・・されてないようで・・・。私じゃ・・・って・・・」
陛下が大切にしたいと思うがゆえに手を出さなかったことが不安に繋がったか、とマルドアはまたため息をつく。あーもう、このカップルはなんと面倒なのかとマルドアは頭痛がし始めた頭を押さえる。そして、ビシッとディーナに指を突きつける。
「いいか?陛下はお前を大切にしたいがゆえに手を出さないでおられるんだ。お前はまだ20にもなっていない。その事実を考慮され耐えておられる。これは本来俺が言うようなことではないが・・・陛下は正直お前に手を出さないように必死だ」
「え・・・?」
「お前に手を出しそうで不安だと悩んでおられた。これは試練だと。男が惚れた女をどうにかしたいと思うのは自然なことだ。その自然に反し、お前を大切に思うがゆえに耐えておられた陛下のお心をお前は完全に勘違いし傷つけたんだよこの馬鹿!」
マルドアはドスッ!とディーナの額を指で突く。ディーナは痛みや驚きで涙が一時収まり、混乱した顔でマルドアを見上げる。
「とにかく、今お前がすることは何だ?いや・・・いま会いたいのは誰だ?」
ディーナはすぐさま立ち上がって駆け出した。それを見送った後、はソファに座りこみ深い息を吐き出す。
「俺・・・これから先もこの馬鹿みたいな夫婦喧嘩に付き合わされることになるのか・・・?」
相手を思っての喧嘩という犬も食わないようなものに正直巻き込まれたくないのだが。だが、きっとそうなるだろうとマルドアは苦笑した。




