間話 「俺」という人間、風鈴の音
見慣れた色の電車が過ぎ去っていく、朝の駅前。
俺―黒川朔の周りは、人々の恐怖で満ち溢れていた。
尖った髪の毛に、吊り上がった目尻。
おまけに恵まれた体格と、地を這うような低い声。
そんなちっとも『恵まれない外見』から、周囲の恐怖を買うのは当たり前のことだった。
いつも通りの賑やかな交差点で、男女の言い争う声が聞こえた。
女性の方は、見慣れた制服を着て白い杖をついている。
男性の方は、スマホを片手に、両耳にイヤホン。
ぶつかったのなら、悪いのは明らかに後者。
普通、点字ブロックは避けて歩くべきだ。
学生の俺でもわかる常識を、大の大人が実行していない。
心底、腹が立った。
女子学生が一歩も引かずに、正論を述べている。
その声は、ずっしり重たいけれど、向こう側が見えるかのように、透き通っていた。
堂々と、自分を曝け出している。
すごいと思った。
俺は、周りが「俺」を不良だと言うから、恐ろしい不良を演じた。
自分の見た目に埋もれて、自分を出せない俺は、臆病者だ。
俺の足は、勝手に前へ出た。
♦︎♢♦︎
久しぶりに、人のために怒った。
いつも睨んでいると勘違いされることは多いけれど、単に吊り上がっているだけ。
でも、俺が人の目を気にせずに彼女を助けられたのは、彼女が『障害者』だからということもある。
彼女は目が見えない。
俺の見た目も知らないだろう。
だから、彼女には『通りすがりの声が低い人』に見えたはず。
もしかしたら彼女は、本当の俺を見てくれるかもしれない。
そんな期待もしたが、名前も言わずに歩き出したので、もう会うことはない。
それでも、人助けというものは気分がいい。
彼女の風鈴のような声が、俺の心の霧を、少しだけ晴らした。
♦︎♢♦︎♢
昼休み。いつものように、旧校舎裏で菓子パンを食べ、野良猫と戯れていた。
休み時間が終了するチャイムが聞こえる。
いつもなら、そのままこの場所に居座ってサボりを決めるところだが、その日は違った。
校内へ入り、階段を進んだ。
どうしてこの階に来たかはわからない。
ただ、風鈴の音が聞こえる気がした。
男女の言い争う声が聞こえる。
床には、今朝見かけた白い杖が転がっていた。
彼女の前には、この学校でやんちゃをする連中。
彼女の杖が蹴り飛ばされたのは明確だった。
ものすごく腹が立った。
偶然、足が当たっただけなのか、悪意があって蹴ったのか。
そんなことはどうでもいい。
風鈴のような声を持つ、彼女の大事な『目』が蹴り飛ばされたという事実だけが、俺の感情を高ぶらせた。
気がついたら俺は、彼女の後ろに立って、力任せに壁を叩いていた。




