第11話 アカギの木の下の佇まい
貴子は十日から半月ほどの間隔でしか給金を受け取ることができず、その度にようやく実家へ帰ることができた。帰路の途中、村外れの分岐路を必ず通り過ぎるのだが、そこには一本の大きなアカギの木がそびえ立っていた。最初、彼女は木の下にいつも一人の若い男が立っていることに気づいただけだった。その男はいつも幹に寄りかかり、何かを待っているかのようだった。時折、彼女を盗み見ては、気づかれると慌てて視線を逸らした。阿貴は気にとめることもなく、頭の中は早く家に帰ることだけで一杯だった。弟妹たちが彼女を待っており、とりわけ一番下の妹は、いつも貴姉さんが砂糖菓子や点心を持ち帰ってくれるのを心待ちにしていた。
しかし奇妙なことに、その青年は決して欠かすことなくそこにいた。
同じ時間。同じ場所。いつもあのアカギの木の下に立っていた。そしてある日、ついに彼は勇気を振り絞って阿貴の前へと歩み寄ってきた。
「僕は、この先の村に住んでいます」
青年は緊張のあまり、両手をどこに置けばいいのか分からない様子だった。
「阿成と言います」
一拍置いてから、彼は深く息を吸い込んだ。
「あなたとお知り合いになりたい……駄目でしょうか?」
突然の告白に、阿貴は心臓が止まるほど驚いた。彼女は一言も発することができず、ただうつむいたまま足早にその場を立ち去った。かすかに背後から、焦ったような声が聞こえてきた。
「僕は本気です! 僕は志のある人間です!」
その青年こそが、後の謝さんであった。当時の村人はまだ彼のことを「阿成」と呼んでいた。
阿成は村の一般的な青年とは異なり、田畑を耕す農作業はあまり好まなかったが、読書をこよなく愛した。漢塾で学び、公学校の教育も修めていたため、漢文に精通しているだけでなく、日本語も流暢であった。村の人々はよくこう噂していた。
「阿成は頭の回転が速い」
「阿成は肝が据わっている」
「阿成は普通の田舎者とは違う」
時は一日、また一日と過ぎていった。いつからだろうか、貴子はアカギの木の下でいつも自分を待っているあの青年のことを、もう怖がらなくなっていた。それどころか、実家へ帰る前には、心の中で密かに期待するようになっていた。今日は、彼はまだいるだろうか、と。
そして、そんな少女の淡い恋心を、坂口医師は見逃さなかった。
ある日の午後、坂口医師は自転車を押しながら、自ら阿貴の帰路に付き添った。案の定、遠くからでもアカギの木の下にある見慣れた人影が見えた。阿成は日本の医師が同行しているのを見るや否や、一瞬にして顔色を変え、後ろも振り向かずに一目散に逃げ去ってしまった。坂口医師は追いかけることもせず、ただ何事かを深く考えるように、彼の後ろ姿をじっと見つめていた。




