第44話 初デート
インターハイ予選での激闘が終わり、すべての騒動が一段落した。
夏休みに入った水鏡高校のグラウンドには、けたたましい蝉の鳴き声と、吹奏楽部の楽器の音、そして――俺の腹の底からの大声が響き渡っていた。
「フレーッ! フレーッ! すーいーこーう!!」
俺、久慈浦駿は、炎天下のグラウンドで汗だくになりながら、応援団の演舞を全力で通していた。
親父の会社が倒産し、環境のせいにして一度は逃げ出したこの場所。青春なんてどうせ無駄だと斜に構えていた俺だが、あの忌まわしい、そして愛おしい赤い紐のおかげで、再びこの学ランに袖を通すことができたのだ。
グラウンドの隅では、相棒の大河が「おっしゃ! 駿、声出てるぞ!」と相変わらず暑苦しく拳を突き上げている。
額の汗を拭い、視線を少し横へと向ける。
弓道場の開け放たれた窓から、真剣な眼差しで的を見据える神楽舞衣の姿が見えた。
見事にインターハイ出場を決めた彼女は、来月に迫った本戦に向けて、今まで以上にストイックに弓を引き続けている。
俺たちの足首を繋いでいた「比翼の縛」の呪いは、あの日の屋上のキスで完全に消え去った。
お互いに元の日常に戻り、別々の家から登校し、それぞれの部活に打ち込む、ごく普通の高校生活。
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部活終わりの夕暮れ時。俺は弓道場の前で、練習を終えて出てきた舞衣を待っていた。
「駿。お待たせ」
「おう、お疲れ。今日も完璧だったな」
「ええ。あなたが応援団で声を出しているのが聞こえたから、私も気合が入ったわ」
舞衣はふわりと笑い、俺の隣に並んだ。
紐はないのに、俺たちは自然と肩が触れ合いそうな距離で歩調を合わせて歩き出す。
俺は、今日こそ言おうと決めていた言葉を、大きく息を吸い込んで口にした。
「なぁ、舞衣」
「何?」
「明日の日曜日……俺と、で、デートなんかどうだ?」
舞衣の足がピタリと止まる。
俺も立ち止まり、ドクドクとうるさい心臓を必死に落ち着かせながら彼女を振り返った。
「呪いを解いた検証とか、息抜きのための外出とか、そういう言い訳は無しだ。……普通のデートに行こう」
俺が真っ直ぐに見つめると、舞衣はみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。
夏休みに、俺が舞衣を初めての「普通のデート」に誘った。
それは、正真正銘、恋人としての初めての誘いだった。
「ふ、普通の、デート……」
「嫌、か?」
「嫌なわけ、ないじゃない……っ! 行く、絶対に行くわ」
舞衣は両手で熱くなった頬を包み込みながら、嬉しそうに、何度も首を縦に振った。
その約束を取り付けた帰り道、俺の足取りは、紐が解けた日と同じくらいに軽く、フワフワと浮き上がってしまいそうだった。
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翌日の日曜日。
俺は少し緊張しながら、神楽家の立派な門をくぐった。
玄関のチャイムを鳴らすと、「はーい」という明るい声とともに、扉が開く。
「あらあら、駿くん! いらっしゃい。今日は気合が入ってて一段と男前ね」
エプロン姿の志乃さんが、俺の私服姿を見てニコニコと微笑んだ。
「し、志乃さん、こんにちは。その、舞衣を迎えに……」
「おお、駿! 男を見せろよ!」
志乃さんの後ろから、なぜか見慣れたヨレヨレのスーツ姿の男が顔を出した。うちの親父だ。
「親父!? なんで神楽家にいるんだよ!」
「いやあ、この前のお礼も兼ねて、志乃さんにうちの特製きんぴらごぼうのレシピを教えに来たんだよ。そしたら、今日はお前たちが初デートだって聞いてな。つい応援したくなってね」
親父がニヤニヤしていると、奥の廊下から、ズシン、ズシンという重い足音が近づいてきた。
「……久慈浦君」
現れたのは、腕を組んで般若のような顔をした厳さんだった。
「げ、厳さん……」
「門限は十八時だ。一分でも遅れたら、水鏡署の総力を挙げて君を緊急指名手配するからな」
「ひぃっ!? はい、絶対に守ります!」
現役警察官からのガチすぎる脅しに俺が直立不動になっていると、その後ろから、「もう、お父さんったら脅かさないでよ」と、呆れたような声が聞こえた。
ふわりと、甘いシャンプーの香りが漂う。
現れた舞衣は、白を基調とした爽やかなノースリーブのワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っていた。いつもは結い上げている黒髪をゆるく巻き、少しだけ大人びた雰囲気を纏っている。
「……待たせたわね、駿」
「い、いや。……すげぇ、似合ってるよ」
俺が素直に口に出すと、舞衣は耳の先まで赤くして「ありがとう」とはにかんだ。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい! 楽しんでねー!」
「門限厳守だぞ!!」
「駿、頑張れよ!」
両家の親たちからの、三者三様の熱い見送りを受けながら、俺たちは逃げるように神楽家を後にした。




