第4話 重苦しい車内
病院の空き会議室を借りて、親同士、学校関係者、そして当事者である俺たちが集まり、緊急会議が開かれた。
無機質な長机を挟んで、重苦しい沈黙が降り下りる。
「……実は先ほど、私のつてを駆使して、警察の鑑識や知り合いの特殊工作班に連絡してこの事態について調べさせた」
どうやら警察官らしい神楽の親父さんが、苦渋に満ちた声で口を開いた。
「しかしこんな前例はなく、その紐は切ることはおろか、繊維の成分すら特定できなかった。……どうにもならなかった」
厳格そうな警察官の親父さんが、深い絶望を滲ませている。
「こ、この状態のまま別々の家に帰ることは不可能です……」
高梨先生が、俺たちの結ばれた足元を見ながら言った。
「通学も、これからの私生活も、離れることができなくては絶対に無理が生じます」
「でしたら……どちらかの家で、二人を一緒に生活させるしかない、ということになりますね」
神楽の母親がおっとりとした声で結論を口にした。
「う、うちの狭いアパートでは、年頃の男女が一緒に暮らすなんて到底無理です! となると、神楽さんのお宅でお願いできますか……?! なっ駿。おまえからもお願いしろ」
「えっ? おっ、俺はまぁそうするしかないんなら、それでいいけど……お願いします」
うちの親父が、何度もペコペコと頭を下げる。
「おい、久慈浦君」
神楽の親父さんが、地を這うような低い声で俺を睨みつけた。凄まじい威圧感だ。
「い、はい」
「一つ、条件がある。君が家にいる間、娘と君が泊まる部屋のドアは常に全開にしておきなさい!」
「ぜ、全開……ですか」
「そうだ。それから、夜中に一ミリでも不審な動きをしたら……即座に武力行使に出るからな!」
冗談ではなく、本気で殺されそうな眼差しだった。俺はただ、引きつった顔で頷くしかなかった。
こうして俺は、神楽の家に泊まり込むことに決まってしまった。
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「それで、学校のことなんですが……」
高梨先生が恐る恐る切り出した。
「事態が事態ですし、しばらく学校生活はあきらめて、お休みした方が……」
「嫌です!」
大人たちの説得を遮ったのは、神楽だった。
「私には、大事な弓道の大会があるんです。これだけは絶対に捨てられません!」
インターハイ予選を目指して、彼女がどれだけ泥臭く努力してきたか。その執念を知っているからこそ、俺も黙っていられなかった。
「俺も……せっかく三年まで通ったんで、卒業はしたいです」
親父が頭を下げて稼いでくれた学費を、こんなわけのわからない紐のせいで無駄にはできない。
俺の言葉に、神楽が微かに驚いたようにこちらを見た。
「ですが、このまま登校すれば大騒ぎになりますよ!」
高梨先生が頭を抱える。
「それに……こんな非科学的な事がこれ以上騒ぎ立てて情報が漏れれば、国の研究機関などに二人とも連れて行かれてしまう危険があります」
神楽の親父さんが、警察官としての冷静な見地から指摘した。
「一生監禁され、未知の現象の研究対象にされる可能性もある」
一生監禁、研究対象。
その言葉の重みに、部屋の空気が凍りついた。
「だからこそ、隠し通して何か解決の方法を自分たちで探すしかありません」
高梨先生が覚悟を決めたように顔を上げた。
「表面上は『一時の大怪我』として周りの生徒をごまかし、普通に生活しているフリをしなければならないんです」
「ごまかすって、先生、何か案があるんですか?」
俺が尋ねると、高梨先生は「ええ、何とか周りをごまかしてみます」と心もとなく頷いた。
「朝になったら、あっさり解けているかもしれないしね」
神楽の母親の根拠のない楽観的な言葉に、全員が微かな希望を抱いた。
「……分かりました。では、翌日も登校する方向で」
神楽の親父さんがそう締めくくり、一同で同意がなされた。
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病院からの帰り道。
俺たちは、神楽の親父さんが運転する車の後部座席に座っていた。
「…………」
「…………」
車内には、息が詰まるような極限の重い沈黙が降り下りている。
無理もない。俺の左足と神楽の右足が紐でガッチリと固定されているため、後部座席に並んで座ると、嫌でも太ももから肩にかけてがピッタリと密着してしまうのだ。
窓の外を流れる夜の街灯が、神楽の横顔をチカチカと照らしている。
彼女は俺と目を合わせないように、ずっと窓の外を見つめていた。だが、ジャージ越しにダイレクトに伝わってくる彼女の体温と、かすかに震える肩の感触が、彼女の隠しきれない不安を雄弁に物語っていた。
俺だって同じだ。
女子とこんなに密着したことなんてない。しかも、相手は学校一の高嶺の花で、俺を毛嫌いしている女だ。心臓の鼓動が変に早鐘を打ち、手汗がじんわりと滲んでくる。
これから、この女子と同じ家で暮らす。
どちらかの家で一緒に生活するしかないという結論が出た時は、あまりの非現実感にピンときていなかった。
しかし、こうして物理的に逃げ場のない車内で、彼女の柔らかい体温と体育祭後の汗の香りを至近距離で感じさせられると、否応なしに現実を突きつけられる。
ドアは全開、一ミリ動けば拘束、か……
運転席からルームミラー越しに俺をギロリと睨みつけてくる親父さんの視線に、俺は小さく息を吐いた。
明日になれば、嘘みたいに紐が解けている。
今はただ、その微かな希望にすがるしかなかった。




